第41話「唐突に、聖竜様がそう話しかけてきた」

「ハーブ畑、最初はどうなることか思ったけれど、順調ね」


「はいー。ハーブは育て慣れていますからー」


「効果の方は俺が作った時ほどではないようだがな。予想通りだが」


「それでも飲むと効果を実感できるハーブティーというので大分凄いですよー。お料理とかにも使えますし、今後は品種を増やしたいですねー」


 ドーレスが商売の旅に出て7日後、俺とサンドラとリーラは森のハーブ畑にいた。

 庭師のアリアを伴って、畑の様子見だ。

 地面に直植えだったり、スティーナが木で箱を組んだ土のなかだったりと、様々なハーブが生育している。

 森を切り開いた畑は結構な広さだ。最初は大変だったが今はエルフ達も世話をしてくれるので、大分楽になった。

 

 既に一部のハーブは出荷を始めていて、俺が育てた物ほどではないが、それなりの価格で取引されている。

 聖竜の森の土で育てられた植物は強い効果を持つことが証明されたわけである。


「ハーブはいいんですが。魔法草の方はなかなか難しいですねー。色々と試したんですが、半分くらい失敗してしまいましたー」


 しゅんとしながらアリアが言った。色々と言うのは俺が説明した以外の栽培方法も試したことだ。魔法草は品種によって育て方が違い、難しいところもある。庭師といえどアリアも初挑戦なので試行錯誤の日々だった。


「半分できれば上出来よ。アルマスがいるとはいえ、魔法草を一から栽培したのだから。ポーションにした場合も常識的な効果だったみたいだし」


「俺が非常識みたいに言うな」


「……………」


 俺の発言にサンドラとアリア、それとずっと横にいたリーラまでがじっとりとした視線で見つめてきた。


「……とにかく、ここで作られたポーションは通常よりも品質が良いみたいだから、出荷していきましょう。アルマス製の特濃ポーションは薄めて出荷ね。市場に出す量を調節して……」


 なにやらサンドラがぶつぶつ呟きながら計算を始めた。最近、領地開拓が進んだり、領民が増えたりでこうしたことが増えている。


「サンドラは働き過ぎじゃないのか? あと、アリアも」


「私は平気ですよー。エルフのみなさんのおかげで大分楽をできるようになりましたからー。魔法草もお屋敷で実験できますしー」


「お嬢様の仕事量も増えてはいますが、常識の範囲内です。たまに考え込んでしまうことはありますが、大丈夫でしょう」


「そうか。なら良かった」


 働き過ぎて倒れるなんてことがあったら困るからな。そこは大切にしたい。


「……ごめんなさい。ちょっと考え込んじゃったみたい。それでアリア、何か必要なものはあるかしら? 今ならウイルド領の賠償金で余裕があるのだけれど」


「えーと、道具なんかは買って貰ってますし、人手もエルフさんがいるから何とか。あー、ポーションや魔法草に詳しい学者さんや魔法士さんが必要ですねー。そのうち私とロイ先生の知識では足りなくなりますー」


「たしかに、二人は良くやっているが専門というわけではないしな」


 アリアは普通の庭師だし、ロイ先生はゴーレムが専門の魔法士だ。二人とも優秀だから対応できているが専門家ではない。どこかで限界は来る。今後のことを考えるなら専門家がいた方が良いだろう。


「特にロイ先生はちょっと多忙すぎて心配ですねー」


 アリアはそう付け加えた。ロイ先生は聖竜領で最も多忙な一人だ。土木工事があれば職人達と相談するし、ポーションの生産も行っている。それ以外にも個人的に色々研究していて寝るのも遅いみたいだ。


「魔法士が夜更かしをするのは普通だが、限度があるからな。俺も気にしておこう」


 俺はロイ先生と一緒に仕事をすることも多いし、同じ魔法士として相談に乗ったりもする。多少なら手助けできるかもしれない。


「魔法草に詳しい学者か魔法士……。難題ね……」


「すぐに解決しなくてもいいですよー。でも、そのうち必要になるかとー」


 癖毛をいじりながら言うサンドラに、アリアが気軽な口調でそう言った。

 

「畑の確認はこんなものでいいだろう。良ければ俺の家で休憩していくか? 茶くらい出せる」


 このまま立ち話もなんなので、俺がそう言うとサンドラ達が了承してくれた。


 家が完成した恩恵として、畑に来た人々の休憩所としての役割ができたことがある。

 俺はいないことが多いので、ちょっとした休憩や雨が降ってきた時などは普通に解放しているのである。私物が殆ど無いしな。


「恐らくこうなると思って、トゥルーズが作ってくれたクッキーを持って来ています。皆で食べましょう」


 リーラがそういうと、サンドラとアリアの表情があからさまに明るくなった。トゥルーズの作る物は何でも美味しいからな。俺も嬉しい。


 明るい気持ちで自宅に向かおうとした時だった。


『アルマス。領内に妙な客が来たようじゃぞ』


 唐突に、聖竜様がそう話しかけてきた。


『妙とは?』


『馬車の一団が来たようじゃ。ロイ先生とマイアが出迎えたが、険しい顔をしておる。戻った方が良いと思うぞい』


『わかりました。ありがとうございます』


 こういう時、聖竜様は頼りになる。

 俺の目が金色になったのを察したのだろう、サンドラ達がじっとこちらを見ていた。


「聖竜様が言うには。馬車の一団がやってきたらしい。ロイ先生とマイアの様子がおかしいそうだ」


「馬車……? そんな来客の予定はなかったはずだけれど」


「とにかく戻った方が良いでしょう。聖竜様の言うことですから」


「そうね。ごめんなさい。わたしとリーラは屋敷に戻るわ。アリアは自分の仕事を、アルマスは……」


「俺も行くぞ。聖竜様から言われた以上、何が起きたか確認せねばならない」


 そう言って、俺達はすぐに領主の屋敷へと向かった。


 エルフの道を行き、森を出て、夏の作物が実る緑豊かな領地に戻る。

 領内の道も舗装が大分進み、馬車が走れるくらいになっているし、歩きやすい。


 丘の上にある屋敷が目に入ると、たしかにその入り口に一台の馬車が止まっていた。

 幌付きの大型馬車だ。道が舗装されていなければここまで辿り着けなかっただろう。

 

 どこかの貴族の所有なのだろう、馬車には大きな紋章が描かれていた。

 盾と本を簡易にしたような紋章で、横に薔薇の花が咲いている。

 

「紋章でどこの馬車かわかるか……どうした、サンドラ、リーラ」


 ふと見れば、サンドラとリーラが共に立ち止まっていた。

 その表情は、非常に険しい。これまで見たことがない程に。リーラなど殺気まで放っている。


「……あれは、エヴェリーナ家の紋章よ。薔薇の花は、デジレ姉様ね」


 サンドラの言葉にリーラが小さく頷いた。「なぜ今更……」と小さく言葉を添えて。

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