第40話「夏の朝日が緑一杯の領内を照らす光景を眩しそうに眺めながら、サンドラがそう言った」

 ドーレスが目覚めた翌日から、魔物退治が始まった。魔物は深刻な脅威だからだ。

 そんなわけで、俺はちょっと忙しく働いた。

 

 朝起きたらロイ先生の用意した魔法陣を使ってゴーレムを大量に作った。しばらく手を貸せない可能性もあるから、それも多めに。


 それが終わったら、魔物退治の準備を済ませたマイアを伴っての魔物退治に出発だ。

 それから、氷結山脈に向かって戦うことになった。現地で野営しながらの魔物狩りである。

 氷結山脈での仕事が続くこと5日。

 早くも魔物退治は終盤にさしかかっていた。


「凄いです。毎日あんなに魔物を見つけるのも退治するのも凄いです」


「聖竜様が教えてくれるし、近くにいれば俺がわかるからな。それに、戦力もある」


 感心しながら見学するドーレス。

 目の前では蒼熊と戦うマイアがいる。その長剣は魔法で輝いている。この期間だけ俺が武器を魔法で強化したのだ。


 時刻は早朝。

 山の上にいた蒼熊を追い立て、見通しの良い場所まで誘導したところだ。

 恐らく、これがドーレスを追いかけて聖竜領に近づいた最後の魔物だ。

 魔物の群れが小規模で良かった。これくらいなら山から下りてくる前に片づけられる。


「実際に目にしても信じられません。アルマス様の強さもですが、まさか帝国五剣の直弟子までいるなんて」


 回復の早かったドーレスは俺達の様子が気になったらしく、途中で合流した。

 現地で解体した方が高価な素材を選別しやすいし、純粋な好奇心もあったようだ。

 旅慣れていることと、荷物持ちが必要ということで俺は同行を許した。


「でも……相手は蒼熊なんですが、本当に大丈夫なんですか?」


 ドーレスの問いももっともだ。マイアの立ち向かう魔物は体格が倍では効かない。腕の一振りで人間の上半身など跡形もなくなる化け物だ。


「ああ、大丈夫だ。見ていろ」


 俺がそう言った直後、互いににらみ合っていた状況が動いた。

 その巨体から信じられない俊敏さでマイアに突撃する蒼熊。

 普通の人間ならそのまま吹き飛ばされて絶命するだろう一撃だ。


 だが、マイアは違う。


「はぁあっ!」


 鋭い声と共に横に跳躍して突撃を回避。

 すれ違い様に長剣で足を切り裂くのも忘れない。

 蒼熊の毛皮は厚く頑丈だが、俺の魔法で強化された剣と彼女の技術が上回った。

 蒼熊の後ろ足から赤黒い血が一気に噴き出す。


「グオォォォォオ!」


「叫んだところで結果は変わらない!」


 威嚇するように雄叫びを上げる蒼熊目掛けて、マイアの剣が一閃。

 

「すごっ……です」


 ドーレスがその光景に率直な感想を漏らす。

 マイアの剣は見事に蒼熊の首を切り落としていた。


「見事だ。流石は帝国五剣の直弟子」


「いえ、武器が良いからです。……アルマス殿、この魔法、ずっと武器にかけられません? なんか鋭いし軽いしで最高なんですが」


「駄目だ。今だけだ」


 俺がいうとマイアはあからさまにがっかりした。この魔物退治の間、普通の長剣じゃ不便だと思って剣に魔法をかけたのだが、癖になってしまったか。


「ドーレス、出番だ。解体して素材を用意する、手伝ってくれ」


「はいです! 蒼熊は貴重だし、高いですよー」


 そう言って、実に楽しそうにドーレスは素材を採取する作業を始めるのだった。


○○○


 蒼熊を倒してから二日後、俺達は領主の屋敷への道を歩いていた。

 氷結山脈から聖竜領はまだ遠い。道が細いし歩きにくいのが原因だ。


「だからですね。この辺りの洞窟とか、あるいは地面を掘った地下室に、魔法で作った氷を置いておくんです。そこに魔物の素材を保管して置いて貰えると助かりますです」


「いっそのこと魔法で温度を下げ続けてもいいんだぞ?」


「さらっと凄いことをいうですね。でも、氷だけで大丈夫だと思います」


「ふむ……。食材の長期保存もできるならトゥルーズも喜ぶな。すぐに相談しよう」


 のんびり歩きながら、俺はドーレスと退治した魔物の素材をどう保管するか相談していた。

 それによると、魔法で氷を作って地下室とか洞窟に一緒に保管しておいてくれればいいそうだ。魔物の素材は爪や牙もあれば、肉や毛皮もある。いっそ低温で全部保管してくれれば、ドーレスがその都度選別して売りに行ってくれるらしい。

 

 これまで退治した魔物は俺が魔法で氷らせたりして保存してあるので、保管場所を作り次第、順次移動しよう。


「ドーレス殿はこのまま聖竜領の商品を売り出す行商人になりそうですねぇ」


「それはちょっといいかもですね。ダンさんもそういう手伝いを欲しがっていましたです」


「確かに、宿屋が出来ればダン夫妻は動きが取りにくくなるだろうな」


 魔物退治という想定外の仕事ができたが、聖竜領の開発は順調だ。


 ダン夫妻が経営予定の宿屋兼雑貨屋兼酒場は建築が始まっている。三階建ての大きな建物になる予定だ。

 冬までにはある程度形にしたいということで、もうすぐクアリアから人が来る。

 

 聖竜領の道を整備する職人は、既にクアリアからやって来てロイ先生と作業をしている。 こちらは冬が来る前に工事が完了するだろう。


 畑では夏野菜や一部のハーブの収穫も始まっている。森のハーブ畑でとれたものは、俺が育てたものほど劇的な効果はないが、十分な出来だった。


 屋敷の中にあった食料庫には食材が増えて、トゥルーズが嬉しそうだった。

 それに伴って保管の問題も出て来ていたので、先ほどのドーレスの話は興味深い。

 今は半地下になっている調理場近くの保管庫に傷みやすいものを保管しているので、良さそうなら氷を大量生産して、そこらじゅうに置いてしまおう。


「しかし、ドーレスも上手くやったものだ。最終的にはここに落ちつくんじゃないか?」


「ご迷惑をおかけした分は全力で返すです。嬉しいことに、ここは面白い商材が多いので、商人としては嬉しい限りです」


 ドーレスが聖竜様に認められたのが大きかった。

 彼女はここに来るまでにサンドラと上手く話をまとめたのだ。

 そして、本人の希望もあり、聖竜領の商品を売って、戻ってくる商売をしばらく続けることになったのである。

 彼女はしばらく、領地公認の商人として各地を回ることになる。


 ダン夫妻が聖竜領で外から来る人を相手に商売をし、ドーレスが外へ向かって商売をする。しばらくはこの形で行くことになるだろう。


「ところでドーレス殿。旅先で私に良さそうな剣があったら確保してきてくださいね」


「それと人材、鍛冶屋だな」


「わかっておりますです。最初はクアリアの街を経由したらドワーフ王国の方に向かうですよ。そこで知り合いに声をかけて戻ってくるです。帰りは冬ですかねぇ」


 そんな予定を話しながら森を進み、春の初めに比べてすっかり賑やかになった領主の屋敷の方へ俺達は帰るのだった。


○○○


 それから数日後。ハーブや魔物の素材をリュックに詰めたドーレスは商売へと旅だって行った。


「次に会えるのが大分先だと思うと、少し寂しいわ」


 出来上がったばかりの街道を元気よく歩き出すドーレスを見送ったサンドラは寂しそうにそういった。

 出会いの形はともかく、サンドラはドーレスが気に入ったらしく、良く話していた。


「思いがけないトラブルの割に良い形に収まったな」


「ええ、またアルマスに頼ってしまったけれど、とても助かった」


「気にするなといっている。俺も聖竜様も一緒に住む仲間だ」


 俺がそういうと、サンドラこちらを見て、驚きに目を見開いていた。


「アルマス、わたし達を共に住む一員だと思ってくれてたのね。てっきり監視してるだけだと……」


「失礼な。俺をなんだと思ってるんだ」


 俺が抗議すると、サンドラは悪戯っぽい笑みを浮かべた。くそ、わざとか。


「アルマスに頼るような面倒ごとは、無い方がいいと思っているのだけれどね……」


 ため息を一つ吐いて、サンドラは呟いた。


「俺もそう思うが、向こうからやってくるトラブルというのは結構あるからな。こんな場所でも」


「そうね。覚悟はしておかないと」


 夏の朝日が緑一杯の領内を照らす光景を眩しそうに眺めながら、サンドラがそう言った。



 それから7日後。

 夏の終わりが近づいた頃に、本当に面倒な客がやって来た。

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