第39話「なんだか聖竜様が感心してたので俺は良しとした」

「うぅ……死ぬかと思ったです……」


「流石はドワーフ、頑丈だな」


 あの後、傷ついたドワーフを俺とルゼで応急処置して、急いで領主の屋敷へ運び込んだ。

 氷結山脈から屋敷まで歩いて二日。ルゼがいてくれて助かった。彼女に面倒を見てもらいながら、俺とマイアが交代でドワーフを背負った。


 屋敷に到着し、ルゼとリーラが着替えさせて、空いていた部屋に寝かすと、一日でドワーフは目を覚ました。

 ドワーフは大人になっても人間の子供よりちょっと大きいくらいの種族だが、大変頑丈だ。人間やエルフだったら、あの過酷な氷結山脈を一人で突破なんてとてもできないだろう。


「傷は塞がっていますが、疲労や目に見えない怪我が心配です。頭痛や目眩、他に違和感を感じるところはありますか?」


「いえ、大丈夫です。むしろどこも痛くないおかげでぐっすり眠れました。あと、服の胸が苦しいです」


 ルゼの質問にドワーフはよどみなく答えた。あと、俺の隣にいたサンドラが暗い顔で俯いた。体格的にサンドラの服がちょうど良かったので着せたのだがな……。


「ドワーフは君と同じくらいの背丈で成人する。気にするな」


「お嬢様はそのままでも十分美しいですよ……」


「……優しくされると逆に傷つくわね」


 俺とリーラが励ましたがあまり意味はないようだった。

 そんなことよりも大事なのはベッドに寝かされているドワーフだ。色々と聞かなくてはいけない。


「えっと、ここは聖竜領という場所であっていますか?」


「そうですよ。私はルゼ。あちらが聖竜領の領主、サンドラ様です」


「…………っ!? あ、ありがとうございますです! 助けて頂いたうえ治療まで。魔物の群れに襲われた時はもう終わりだと思ったです……っ」


 ベッドから跳ね起きて頭をこすりつけんばかりの勢いで礼を言うドワーフ。

 サンドラが前に出て、微笑を浮かべつつ応対を始める。


「はじめまして。ドワーフのお客様。わたしが領主のサンドラ・エヴェリーナよ」


「ド、ドーレスと申します。北方ドワーフ王国からやってきたしがない商人でございます。なんとお礼を言っていいものかです……」


 物凄く腰が低いな。商人とはいえここまでは珍しい。


「お礼なら、そこにいるアルマスに言うことね」


 サンドラに促されて俺も前に出る。


「アルマスだ。聖竜領で魔法士……のようなことをしている。いくつか聞きたいことがある。なんであんな場所にいた」


 とりあえず、元気そうなので容赦なく質問する。

 横でリーラが大きめのカップにハーブティーを淹れてドーレスに手渡した。実に手際が良い。


「ここで採れたハーブのお茶です。飲みながらアルマス様の質問に答えてください」


 色々と不可解なので、ここでの質問は周囲に止められなかった。話し合いでも聖竜様と俺を尊重するということで事前に決められていた。


「……このお茶、噂通り凄いですね。頭がはっきりしてきます」


 そういって驚くドーレス。そのままゆっくりと話をし始める。


「あてくしがここに来たのは、まさしくこのハーブティーの噂を聞いたからです。聖竜領というイグリア帝国の新しい領地のハーブが凄いと。それと、ウイルド領の兵隊を追い返したとも……」


「もうそんな噂になっているのか……」


「ウイルド領のことを聞いたのは7日前のことです。あてくしは帝国東部をよく旅するのですが、聖竜領のことは風の噂で聞いた程度です」


「なるほど。……それで、なんで商人が氷結山脈から出てきた。あそこは街道どころか獣道すらないぞ」


「地図を見たら、直線距離で一番近かったからです。ちょうど山脈の向こう側にいたので」


「……………」


 俺は室内の全員の顔を見た。

 サンドラ、リーラ、ルゼ、それぞれが呆れを通り越して驚いている。

 こいつ、凄いな、と。


 直線で近いからといって殆ど人の住んでいない氷結山脈は経路に挙がるような場所じゃない。

 436年間、あそこを通ってくる者など一人もいなかった。

 このドーレスというドワーフ、かなりのアレだ……。


「では、貴方は商売のためにこの聖竜領を訪れたということで良いのね」


「は、はい。噂を聞いて、これはきっと大きな商売になると思ったです。あのウイルド領を打ち負かす新興領地なんて凄いことです! あ、そうだ、あてくしの言葉おかしいですか? 共通語、頑張って覚えたですが! あと、荷物は?」


「大丈夫。綺麗な言葉よ。荷物も無事だけれど……」


「なにか問題があるですか?」


 怪訝な顔のドーレスに対し俺は再び前に出る。


「お前が氷結山脈を通った影響で、魔物がここらに近寄っている」


「え、すすすすすすいません! よりによって氷結山脈の魔物をあてくしが! ど、どうお詫びすれば……」


 顔を真っ青にして慌てるドーレス。氷結山脈の魔物は結構強くて凶暴だ。

 とはいえ大体普段は山の上の方にいるし、俺という存在のおかげで魔物が近づかなかった。

 ドーレスは上手く魔物をやり過ごしながらここまで来たようだが、少数の魔物が聖竜領の付近まで移動してしまった。魔物はものによっては感覚がかなり鋭い。聖竜領の人やエルフの存在に気づくかも知れない。

 大きな問題ではないが、迷惑だ。

 ちなみに聖竜様の情報なので間違いない。


「俺達で魔物は退治できる。だが、今後氷結山脈を通ることは許さない」


「た、退治できるんですか? 焔鳥や蒼熊なんかがいると思うんですが」


 蒼熊というのは氷結山脈の生態系で頂点近くにいる魔物だ。全身が透き通った蒼色の毛に覆われた大きな熊である。


「魔物は問題ない。ここの戦力だけでどうにでもなる」


 正直、俺一人でいくらでも対処可能だ。ゴーレム作りなどに影響が出ると良くないのでマイアにも手伝ってもらうが。


「あ、あの、お願いがあるです。罪滅ぼしにもならないかもですが……魔物の素材をあてくしに買い取らせてください!?」


「魔物の素材か……今も高く売れるのか?」


 魔物は高い魔力を持つ特殊な動物だ。強力な個体は体内で特殊な石を生成したり、爪や毛皮が高い価値を持つことがあった。

 俺の疑問にサンドラが頷く。


「ええ、高級品ね。ドーレス。貴方は魔物の素材を取り扱える商人なの?」


「お、お金と経験はそれなりにあるです。手に入った魔物の素材を保管して貰えれば、足繁くここに通って取引させて貰いたいです! あ、あとできる限りのことはします! ご迷惑のお詫びに体で払いますです!」


「どう思う、サンドラ?」


「そうね……。ドワーフなら鍛冶屋の知り合いとかいるのかしら? あとは、色々と情報を仕入れて貰うとか」


「そのくらいならいくらでもです! お願いします。まさかこんな迷惑をかけるとは思わなかったです!」


 物凄くぺこぺこしている。うーむ、これは商人としての計算なのか、誠意なのか……。


『なあ、ワシも見ていいかのう』


 なるほど。聖竜様に裏がないか確認して貰うのは助かるな。


「お前を信用するかどうかは聖竜様がお決めになる。お前が嘘をついてないか調べても良いか?」


「は? それくらいならもちろん。ひぃぃぅっ」


 怪訝な顔のドーレスの全身がいきなり光った。


「あ……み、見られてるですぅぅぅ」


 微妙な悲鳴をあげること数十秒。『聖竜の試し』は終わった。


『うん。こやつに裏はないぞい。ちょっとお馬鹿じゃが、真面目で誠実じゃ。商人としてはそれなりに成功しておる』


「聖竜様はお前を見た。ドーレス、お前を誠実な商人として認めよう」


「あ、ありがとうございますです……」


 呆然としながらお礼を言うドーレス。何が起きたのかわかっていないのだろう。


「聖竜様が認めたならば大丈夫ね。ドワーフの商人ドーレス。あなたを聖竜領を出入りする商人として認めます。これからわたし達と正しい取引をして、共に利益を得ましょう」


「は、はいですっ。誠心誠意協力しますです。…………あの、さっきの光は一体?」


「それも後で説明するわ」


 握手をしながらサンドラが微妙に悪い顔をしていた。


『サンドラ、このドワーフを上手く利用するつもりですね』


『たくましい子じゃのう』


 なんだか聖竜様が感心してたので俺は良しとした。

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