第38話「魔物の気配がする。俺がいる限り、何かがない限りありえないことだ」
新しい工事のため、俺とロイ先生は手早くゴーレムを製造した。
今回製造したのは宿屋建築の資材を切り出すためのものと、領内の道を整備するためのもの。道造りはまたクアリアから人を雇うそうなので、その手配が整うまでにゴーレムの準備だけを整えておくことになる。
正直、大分手慣れていたのでゴーレムの準備は手早く済んだ。
会議から三日後には領内でスティーナに操られたゴーレムが木を切り出し、職人の到着待ちの土木用ゴーレムが待機することになった。
それで少し時間が空いたところで、ある日、聖竜様からの連絡があった。
『アルマス。ちょっと氷結山脈の方にいってくれんかの。少し気になるんじゃ』
『竜脈が乱れましたか? そんな気配はありませんけれど』
『もっと小さなものじゃがな。気になるのじゃ』
聖竜様の「気になる」はだいたい何かがある。
そんなわけで、時間もできた俺は氷結山脈に向かうことにした。
○○○
「まさか、同行者が二人もいるとはな……」
「聖竜様のお告げと聞いては動かずにおれません。怪我人も病人もいませんし」
「畑仕事よりお役に立てそうなので」
お告げの翌日、屋敷に行って事情を説明したらルゼとマイアがついてきた。
二人とも完全に興味本位だ。
「言っておくが。遊びじゃないんだぞ。魔物との遭遇も考えられる」
「望むところです! 剣の振るいがいがあるというもの!」
「森に入る前に撃退しなければなりませんね」
それぞれが剣と弓に手をふれて言う。まあ、二人とも戦えないわけじゃないからいいか……。
「ルゼのおかげで道ができてるのは感謝だな」
俺は氷結山脈までの道を歩きながら言う。
今、歩いているのは踏み固められた地面でも、落ち葉でもなく、色んな植物の枝で敷き詰められた道だ。
これはエルフの道といって、エルフが森の木々に魔法をかけて作成する道である。なんでも木々に頼むと、枝を伸ばして道にしてくれるらしい。
俺の家やエルフの村、ハーブ畑なども既にこの道になっている。魔法をかけて大体一ヶ月くらいで完成したのには驚いた。
「氷結山脈は行き来することになると思いましたから、事前に道を作っておいて良かったです」
ルゼは森中を探索しながら、主立った場所に魔法をかけて道を作っていた。
聖竜山脈もその一つで、細いが歩きやすい道が一本延びている。
「こうして歩きやすくなっても氷結山脈までは二日。ちょっと遠いですね」
「二日でも大分早いと思うがな。サンドラなら三日だな」
二人とも旅慣れているだけあって、移動は迅速だった。氷結山脈の麓まで野営をしつつ二日で到着だ。サンドラだとそうはいかない。
エルフの道が終わり、氷結山脈の麓といってもいい場所に、俺達は到達していた。
この辺りは木々が多いが、すぐにごつごつした山肌剥き出しの場所になる。夏の日差しもあり、楽しい場所ではない。
「しかし、氷結山脈の異常とはなんでしょう。いつも通りにみえるのですが」
ルゼの言うとおり、氷結山脈はいつも通り。真夏でも山頂付近に雪を乗せた高い峰を俺達に見せている。
「聖竜様がいうなら何かあるのは間違いないんだが……ん?」
氷結山脈に近づいたおかげで俺にも聖竜様の言った小さな違和感がわかった。
魔物の気配がする。俺がいる限り、何かがない限りありえないことだ。
すぐに杖を取り出して、周辺の気配を詳しく探る。
魔物の魔力が四。場所は上空。ここから少し北側、かなり近い。
「アルマス様……?」
「魔物がいる。あっちだ……」
俺がそう言うと、同行している二人が武器を構え無言でついてきた。
○○○
山の裾を駆け抜けると、それはすぐに見つかった。
木々の生えていない岩山のようなところに、魔物の影があった。
赤い羽根に覆われた巨鳥。焔鳥と呼ばれる、氷結山脈で良くみかける魔物だ。
翼を広げれば人間よりも大きく、性格は凶暴。爪は鋭く、羽根の一部が魔力を帯びていて下手に触れると火傷のように皮膚が爛れる。
この魔物は山脈内の中型の動物を補食する。油断すると人間も容赦なく被害にあってしまう危険な魔物だ。
「数は四匹ですか。剣が届きませんね。ルゼさん、弓で射落として……」
「ええ、二人とも、こちらが落としたら止めを」
「見える範囲が全部だな。なら、問題ない」
杖の先に魔力で光を灯し、魔法陣を描く。焔鳥は動きが速いので厄介だが、まだこちらに気づいていない今なら奇襲できる。
今回用意するのは魔力で作った矢だ。火や水といった属性は乗せず、純粋な破壊力と速度だけを重視した魔法を作る。
魔法陣はすぐに組み上がった。
「輝ける矢よ……行け!」
魔法が発動する。
完成したのは人間大の細長い矢。むしろ槍といってもよいものだ。
魔力でできたそれは瞬時に俺達の前から消えて、焔鳥の群れに向けて殺到する。
「グェッ」
魔物のくぐもった悲鳴が俺達のいるところまで響いてきた。
視線の先には光の槍に貫かれて落下する焔鳥が四匹。
「よし、命中だな。……爆ぜろ!」
俺は杖を掲げて叫ぶと、光の矢が瞬時に形を変えた。
焔鳥の内側から、無数の小さな光の槍が生えた。
「命中したあと内側から破壊する魔法だ。体力のある魔物には有効だぞ」
「…………だぞ、と言われましても。真似できません。今のは」
「……私と戦った時はあんな魔法を使いませんでしたよね。……手加減されていた?」
ルゼが呆然とし、マイアが落ち込んでいた。
「しかしなんとまあ、あっさり片付いてしまいましたね」
「いいことだろう。魔物相手に苦戦してもいいことはない……ん、なにかいるな。これは人か?」
ルゼに答えつつ、崖の上の魔力を探ると、もう一つ小さな反応があることに気づいた。
非常に小さい。人間大だが、小さすぎる。これは怪我人なのでは?
「どうやら、あの焔鳥は人間を襲っていたらしい。助けてくるんで、ルゼ、頼んだ」
「人? 怪我人ですね!」
俺は返事をせずに、一気に崖の上に向かって駆け上がった。
高い身体能力と魔法を駆使して、険しい崖を一気に駆け上がる。
崖の上にはすぐに辿り着いた。
木々の生えていない岩山。隠れる場所は豊富だが、道といえるものが存在しない場所だ。
周囲に焔鳥の気配は無い。
そして、大きめの岩の影に、小柄な人影が一つ。
「……ドワーフ?」
そこにいたのはドワーフの女性だった。
癖のあるもじゃもじゃした髪に、人間の子供にはないがっしりした体つき。
かつて何度か見たことがある。ドワーフに間違いない。
「大丈夫か、助けに来たぞ」
返事はなかった。
大きなリュックを横に置き、抑えた左肩の出血が酷い。全身傷だらけで痛々しく、ぐったりしている。
危険な状態だ。
「待ってろ。ここには医者がいる、すぐ治療するからな」
俺は回復魔法をかけて傷を塞ぐ。ルゼがいてくれて良かった。すぐに診て貰おう。
「悪いが抱きかかえるぞ」
魔法の効果を確認し、ドワーフの女性を抱きかかえる。人より重いが、それでも軽いものだ。
「少し揺れるが、ここを駆け下りる。我慢してくれ」
「う…………う…………」
俺の言葉に反応があった。
ドワーフは弱々しく言葉を紡ぐ。
「……大丈夫。うちは重くないんで、軽いです……。そこは間違えないで……です」
変なうわごとを呟いたのを危険だと判断した俺は、一気に崖を飛び降りた。
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