第32話「そういうのはやってないし」


「本当に一騎打ちをすることになるのは久しぶりです。大抵は、私の名前を聞いただけで逃げてしまいますから」


 馬から下りたマイアはそう良いながら、腰の剣を引き抜いた。

 細身の長剣だ。レイピアほどではないが、重さを減らして速度を重視した剣に見える。


「先ほどから随分と冷静だな。流石というべきだろうか」


「いえ、とても驚いています。割と表情に出ないタイプなので。お名前を聞いてもよろしいですか?」


「アルマス・ウィフネン。聖竜の眷属だ」


「眷属? それはどういう意味ですか? それに魔法士の身で私の剣に立ち向かうおつもりですか?」


 マイアが続けざまに質問を投げてくる。気持ちはわかるが、面倒だ。


「質問の答えはこの戦いの後にしよう。あまり情報は与えたくない」


 この一騎打ちとやらで俺は彼女を殺すつもりはない。リーラに確認したところ、平和な時代になって以来、本気で命のやり取りになった例はあまりないそうだ。


「なるほど。では……」


 そう言って、マイアは剣を構えた。それだけで周囲の温度が下がったかのような気がする。

 達人だ。武器を構えただけで、人を黙らせる凄味がある。

 後ろにいるサンドラ達も含め、全員が黙り込んだ。

 数百の人間がいる草原が沈黙に包まれる。


 俺は杖に魔力を流し、強度を上げた。


「いつでもいいぞ」


「我が剣は疾風。決着は一瞬です。殺しはしませんので、ご安心を」


「なるほど。では、俺もそうしよう」


「…………っ」


 俺の軽口を挑発と受け取ったのか、マイアは即座に仕掛けてきた。

 俺の目に見えたのはマイアの全身を流れる稲妻のような魔力。

 瞬間的な身体強化だ。

 剣士などの達人は、魔法とは別の手法で魔力を操り、そこから剣技を繰り出してくる。

 これは詠唱もなく行われるので、魔法士にとっては非常に厄介だ。


 頑丈ともいえない足下の土を蹴り、宣言通り、疾風のような速度で俺に斬り込んでくるマイア。

 剣を前に向け、鋭い突きを打つ姿勢。

 

 普通の人間なら、気づいたら目の前に接近していたマイアに貫かれて終わりだろう。


「……フッ!」


「ふんっ」


 気合いの呼気と共に放たれた突きを、俺は魔力を流した杖で打ち払った。


「…………っ!?」


 マイアの顔に動揺が走る。

 当然だ、俺はマイアが突きを放った後に腕を動かしたのだから。


 俺は彼女より速く動けるのだ。

 それを察したのだろう。マイアの顔から感情が消えた。俺を敵と認めたのだろう。


「ハアアアアアッ!」


 今度は長剣による連撃だ。目にもとまらない速さで、俺目掛けて斬撃が襲いかかってくる。

 しかもマイアは一カ所に留まらない。縦横無尽に動いて俺に攻撃をしかける。


「…………確かに早いっ」


 だが、申し訳ないが、俺はその全てを杖でさばいた。


 帝国五剣の直弟子マイア。確かに彼女は強い。剣の達人だ。

 だが、『嵐の時代』には、この程度の使い手ならいくらでもいたのもまた事実。


「悪いが、見えている!」


「……なっ!?」


 長引かせるような戦いじゃない。俺は一気に攻勢に出た。

 単純にマイアの剣を打ち払い、こちらから杖の打撃を繰り返す。

 俺の杖は彼女の剣よりも早く、そして重い。

 数撃で俺はマイアを追い詰め、姿勢を崩すことに成功した。


「くっ……まだ!」


「そうはさせない」


 マイアの中の魔力が激しく流れるのを察知した俺は、素早く杖の一撃をいれる。

 あんまり痛くないように鎧の厚いところに一撃。とはいえ、倒さないといけないので魔力を乗せた攻撃で派手に吹き飛ばす。


「ぐぅ………あ……強い……」


 吹き飛ばれ、地面を転がりつつもすぐに態勢を立て直したマイアが言う。


「どうしたマイア! お前のその剣は飾りか! 師からの指示はどうした!」


 状況を見て焦ったヤイランから声が飛んだ。


「一つ聞く、師からの指示というのはどういうことだ?」


「私は師からのこの剣と共にヤイラン様を手伝うように命じられているのです。剣に誓っている以上、違えるわけにはいかない」


「それがたとえ、自分の好むようなことでなくてもか」


「……………」


 俺の発言にマイアは答えなかった。

 これまでのやり取りと剣を打ち合わせてわかった。


 彼女はヤイランの下にいることを快く思っていない。だが、剣に誓っているからどうしようもないのだろう。生真面目な、そういう人種だ。


「もう一つ聞く。もしその剣が折れたらどうなる?」


「そうなれば、弟子失格として、ただのマイアに戻るのみです。しかし、名工の鍛えた剣が折れるなどありえないこと」


 よし、折ろう。それで万事解決だ。マイアの処遇に関してはサンドラがなんとかしてくれるだろう。多分。


「かかって来るがいい、マイア。次で最後にしよう」


「望むところ!」


 俺の挑発に乗ったマイアがこれまで以上の速度で一気に飛びかかってきた。

 今日一番の一撃だ。間違いなく、彼女の最高の攻撃だったろう。


「ハアアアッ!」


「ふんっ!」


 気合いと共に放たれた一撃に合わせ杖を振るう。それも強めに。

 狙い通りの結果はすぐに得られた。


「…………信じられません」


 俺の聴覚に、観戦しているリーラの呟きが聞こえた。


 目の前には驚きと絶望で立ち尽くすマイア。

 その手に握られていた剣の刀身は見事に折れ飛んでいた。


 うん。狙い通りだ。上手くいった。


「お前の剣は折れた。俺の勝ちだ」


 俺の勝利宣言に、マイアは目を伏せて一礼することで了承した。


○○○


「マイア。悪いがその剣はお前を束縛するものに見えた。心のままに生きるといい」


「……それが狙いでしたか。魔法のかかったこの剣を折るその技量、感服しました」


 帝国五剣の直弟子マイアは、俺を真っ直ぐに見てそう言った。

 彼女の態度に、ヤイランの隣にいたときの迷いのようなものはない。

 うむ。良いことをしたな、これは。


「許されるならば、この聖竜領という場所で腕を磨かせて頂きたくおもいます。アルマス殿、私は貴方に興味が出た。その戦いの技を教えていただきたく思います」


「断る」


 俺は即答した。

 そういうのはやってないし。


「……………ぐぅ」


 なんかマイアが涙目になってこっちを見ていた。あと、背中に聖竜領の面々の視線が刺さってくるのを感じる。おい、俺が悪いみたいじゃないか。


「俺は弟子は取らない。だが、領主のサンドラが許すならば聖竜領に住むことはできるだろう。後は好きにしろ」


「ありがとうございます! では、早速、サンドラ様に交渉を……」


 途端に表情を明るくしたマイアが、サンドラに向かって駆け出そうとしようとした時だった。


「待て! まだ終わってはいないぞ!!」


 ウイルド領の領主、ヤイランが俺達に向かって吠えていた。

 彼の隣には武装した兵士と、エルフの子供。

 両手を縛られたエルフの少年の首元には、剣が突きつけられていた。


「あ、あれは私達の森の子供です。なんてことを……」


 ロゼの声が聞こえる。声が震えていた。

 エルフの子供は貴重だ。一族全体で大切に育てると聞く。

 いや、それ以前に、子供を人質にするなんて許されることじゃない。


「念のために連れてきて良かった。俺はエルフが自分の領地から出ていくのさえどうにかできればいいんだ。だから、見逃してやる。その代わり、そっちにいったエルフを全部返せ。あれは俺のだ」


「エルフは貴方の所有物ではないのよ。その子を離しなさい!」


 俺のすぐ横まで来たサンドラの声が飛ぶ。

 しかし、ヤイランは意に介さない。


「いやだね。こんなチンケな領地に馬鹿にされっぱなしなのも気に入らねぇんだ。せめてエルフくらい取り戻さなきゃやってられねぇよ。さあ、返せ! 俺の財産だ!」


 エルフを捕まえている兵士が剣の刃先を近づけた。

 あの兵士は腹心か。甘い汁をたっぷり吸わせてあるのだろう。


『アルマス。これ以上ワシの前で醜悪な見世物を見せるな。ワシは子供を大切にしない者は嫌いじゃ』


 聖竜様の声が聞こえた。その声音には極力抑えているものの、強い怒りが混ざっている。


 世界を創造し、育んで来た聖竜様は母としての側面がある。そのため、小さき者、弱き者への愛情が深い。

 この聖竜領で子供を人質にするということは、聖竜様の怒りに触れることに他ならない。


「ウイルド領領主ヤイラン。貴様は聖竜様の怒りに触れた」


 俺はそう宣言するなり地面に杖を突き立てた。

 大地の魔力の流れを読み取り、一気に操作する。


「なんだと、貴様状況がわかっているのか!?」


「わかっていないのは貴様だ」


 俺は大地を操作した。


 ヤイランとエルフに剣を向けている兵士の足下の地面が盛り上がる。

 現れたのは土で出来た竜の顎(あぎと)だ。

 鋭利な牙を持ったそれに、ヤイランと兵士の足首から下は容赦なく砕かれる。


「があああああ! ああああああ! 痛い痛い痛い痛い!!」


「あああ、足が! いやだあああああ!」


 領主の絶叫が響く。200もいるヤイランの兵士達はそれでも動かない。

 ここに来るまでの疲弊と、戦力の差を見て戦意を喪失しているのだ。


 俺はすぐさまエルフの少年に接近する。拘束している縄を切り。外傷がないかを見る。

 うん、元気そうだ。怯えているが傷はない。


「もう大丈夫だ。向こうにいるルゼの方まで走れ。できるな」


 俺の声を聞くと、エルフの少年は頷いて駆け出した。良い子だ。


「さて、ヤイラン。お前は聖竜様の怒りに触れた。だが、交渉の余地はある。俺の言葉がわかるか?」


 魔法で両足首から下を砕かれ、その場に崩れ落ちてガタガタ泣いて震えているヤイランに言う。

 激痛が走っているはずだが、気絶していないのは賞賛すべきだろう。


「あああああ、お前はなんなんだ。なにをした。化け物か、ああああ、痛い痛い痛い……」


 完全に錯乱しているようだ。

 仕方ないので俺は大地の操作をやめて、杖をヤイランの左足に向け、回復魔法をかけてやる。

 聖竜の眷属となった俺の回復魔法は強力だ。死んでいなければ、大抵の怪我を元通りにできる。病に対処はできないという欠点もあるが、怪我には有効だ。


「あ……な、なにをした……」


「お前の左足を治療した。これから言うことに応じるなら右足も元通りにしてやろう。一つ言っておくが、お前の足首から下は砕かれている。並の回復魔法では治らないぞ」


「な、なにがのぞみだ……」


 絞り出すような声でヤイランは言う。その目に浮かんでいるのは懇願。助けて、許して、そんなところだ。もうこいつに戦意はない。


「サンドラとの交渉に応じろ。内容は俺も詳しく知らない。なに、そう無茶なことは言わないと思うぞ」


「……わ、わかった……。全て応じる。だから、助けて……」


 最初の傲慢さを完全に失った声でヤイランは俺の提案を了承した。

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