第31話「不服そうだ。なにかしら事情があるのかもしれない」
「来たようだな。クアリアを出て五日。思ったよりも早かった」
「大分疲れているようですね。ここまでは上手くいったようです」
俺の感想にリーラがそう答えた。
聖竜領の入り口。先日の聖竜様と俺の行動で出来た平原を見下ろす丘から、ウイルド領の領主、ヤイランの軍勢はよく見えた。
事前にクアリアのスルホから魔法具で連絡があった通り、兵士の数は200ほど。それを支える補給部隊なども同数。兵士達の装備は金属の鎧と槍。腰には長剣。背中に弓。悪くない装備だ。
「みんな、行きましょう」
サンドラの言葉続いて、俺達は軍勢に向かって歩き出す。
ここにいるのは、サンドラ、リーラ、ルゼ、普段はスティーナのところで働いている護衛二人。そして俺の6人だ。ロイ先生達は領内で待機している。
サンドラは領主としての正装。リーラはいつものメイド服。それ以外はそれぞれ持っていた鎧などを身につけている。俺はいつも通りのローブと杖だ。
戦装束としては心許ないが、そもそも6対200などまともな勝負ではない。これで十分だ。
歩いてくる俺達の姿が見えたらしく、兵士達が整然と整列を始めた。なかなか練度が高い、よく訓練されている。
ある程度の距離まで来ると、軍勢の中から馬に乗った者が二人、こちらに向かってやってきた。
一人は男。鎧姿の上にのっている顔は神経質そうな嫌な印象の人物。大抵の人が一目で嫌いになるような顔をしている。性格が悪いのだろう。気の毒に。
間違いない、こちらがヤイランだ。
そしてもう一人は女性。黒髪の凜々しい、真面目そうな剣士だ。馬に乗っているが槍は持たず、腰の剣だけで戦うようだ。相当な実力がなければできない装備である。
サンドラを中心とした聖竜領とウイルド領が対峙し、交渉が始まった。
「聖竜領の領主、サンドラ・エヴェリーナとお見受けする。俺はウイルド領のヤイラン」
「存じているわ。聖竜領にようこそ」
サンドラの挑発的な言動に、ヤイランのこめかみがぴくぴくした。
「盛大な歓迎、痛み入る。その様子だと、こちらの要求は把握しているな。……我々のエルフを返してもらおう」
自信満々に横柄な態度でルゼを見ながら言ってくる。なるほど、こういう奴か。いやまあ、大軍で威嚇してるのを考えればこういう風にもなるか。
「帝国内はエルフの移動は自由とされているわ。だから、聖竜領にエルフが住むのは問題ない。むしろ、兵士を動かす方が問題よ」
「ほう、なかなか小賢しいことを言うな」
「よく言われるわ。ともかく、その要求は受け入れられない。貴方の行動は容認できない」
「……お前は状況がわかっているのか? すぐそこに200の兵がいるのだぞ。俺の合図一つでお前達を生かすも殺すも自由だ」
そう言って、ヤイランが右手を挙げた。
すぐさま、後ろに控えた兵士達が一斉に槍を構える。訓練された動きだ。やはり、練度が高い。
「我が兵はここにいる帝国五剣の直弟子であるマイアに鍛えられた精鋭。6人で勝つことは万に一つもないぞ」
一瞬だけ、マイアと呼ばれた女剣士の表情が動いた。不服そうだ。なにかしら事情があるのかもしれない。
それはともかく、こちらも手札を切る頃合いだろう。
「聖竜領に戦力が無いと思ったら大間違いよ。アルマス」
「うむ」
サンドラの言葉を受けて、俺は杖を空に向かって掲げた。先端から魔力が発射される。
ただ単に激しく光るだけの、明かりの魔法だ。
「…………っ」
俺の魔法を見て、マイアという剣士が手を腰の剣にもっていく。良い反応だ。
だが、意味が無い。
変化はすぐに現れた。
聞こえてくるのは地響き。それも一つ二つでは無く、無数の。しかも、辺り一帯から聞こえてくる。
「な、なんだ。何が起きている。マイア!」
「わかりません。しかし、油断はなさらぬように!」
慌てるヤイラン、冷静に周囲を観察するマイア。そして、不安げな兵士達。
それから数分で、彼らの周りに音の正体が姿を現した。
人間の倍はあるかという巨大なストーンゴーレム。
数は600。それがウイルド領の兵士達を囲むように、ゆっくりと進軍してくる。
勿論、俺達の背後にもやってきて配置されている。
これはロイ先生とクアリアの街の魔法士の仕事である。
事前にゴーレムを作成し、この日のためにちょっと離れた場所に配置しておいたのだ。
「ゴ、ゴーレムだと。それがこんなにっ!?」
ヤイランが驚いているがもう遅い。ゴーレムは動きは遅いが歩幅は広い。何か命令を出す前に、兵士達は包囲し逃げ場を塞がれていく。
「600体のストーンゴーレムを用意したわ。貴方の兵士達と帝国五剣の直弟子といえど、ただではすまないと思うけれど?」
サンドラの物言いに、ヤイランは慌てふためく。
「馬、馬鹿な。どうやってこんなに。大した魔法士はいないはずだ。おかしい、おかしいぞ……」
「ヤイラン様、落ちついてください。我が軍は疲弊した状態でゴーレムに完全包囲。流石に私でも厳しい状況です。ですが、手はあります」
恐慌状態に陥りかけたヤイランだったが、マイアのその言葉でいきなり立ち直った。
顔を紅潮させながら、その名案を口にする。
「そ、そうだ! 一騎打ちだ! 帝国の伝統に則り、領置間の問題を解決する手段として、このマイアとの一騎打ちを申し込む!」
予想通りの発言だ。しかし、ほんと自信満々だな。あのマイアという剣士は相当の使い手なのだろう。
ならば、こちらは予定通りの対応をするまでだ。
「どうだ。一騎打ちが嫌ならば、今回は痛み分けということで、エルフを返してもらうだけでいいぞ」
再び優位に立ったと思っているのだろう、ヤイランの発言がかなり調子に乗ってきた。
それにサンドラは冷静に応じる。
「一騎打ちを受けるわ」
「は?」
「一騎打ちを受けるわ。こちらの代表は……アルマス。お願い」
予定通りとは言え、危険なことを俺に頼むことに抵抗があるのだろう。
サンドラの表情に気遣いがあった。
だが心配は無用だ。遺憾ながら、戦闘は俺の得意分野なのだから。
「承知した。このアルマスがそちらの剣士との一騎打ちを受けよう」
「な、な……」
想定外の事態だったのだろう。なんだかヤイランが固まっていた。
「そちらが勝てばエルフを戻す。こちらが勝てばエルフの移動を認める。更にこちらの準備には金がかかっているから賠償金やいくつか約束をして貰おうか。元はといえばそちらが売ってきた喧嘩だから問題あるまい」
「う……ぐ……いいだろう。だがなめるなよ。マイアに勝てるとなどと思わないことだ」
青筋を立てながらもヤイランが一騎打ちを了承したことにより、聖竜領とウイルド領の争いの決着は俺の手に委ねられた。
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