第30話「和やかとは言えない雰囲気のまま、領主同士の会談は終わった」
ウイルド領からクアリアの街まではおよそ4日の距離。
200の兵を連れたウイルド領主ヤイランは順調にその道筋を進んでいった。
その間、いくつもの村や町を通過するが咎める者はいない。
帝国内は長く平和が続き、領地同士の争いで兵士を出すこともまずありえない。
そんな時代に、わざわざ兵士を出して進軍する厄介な領主に誰も関わりたくないのである。
大人しく通せば、ヤイランは手出ししない、そのことを周辺の領主はよく知っていた。
それは、クアリアの街の領主、スルホもまた変わらない。
「兵士の通過は認めます。しかし、補給などの便宜ははかれません。ウイルドも聖竜領も、どちらにも肩入れはできかねますので」
「ん、おお、それでいいぞ。こちらで金を出して物資を買うのは構わないんだろう?」
「ええ、それは構いません。あとは、できれば物騒は避けて早めに退去して貰えると助かります。皆が怯えますから」
スルホの嫌そうな顔を見てヤイランはにやりと笑う。
「ぐははは! そうだな、そりゃあ嫌だろうな。なに安心しろ。小さな領地との交渉なんてすぐに終わる。金も払う。お前に迷惑かけねぇよ」
親しげに肩を叩くヤイラン。
豪快な口調とは裏腹に、彼は神経質そうな顔をしている以外は普通の男だった。ただ、その目だけがギラギラと己の欲に輝いている。
ヤイランにとって今回の聖竜領行きで一番の問題はこのクアリアの街だった。
クアリアは敵に回すことになると厄介だ。規模は大きいし、人望もある。その上、領主の婚約者の父は第二副帝。
何より、スルホはヤイランのこういった行動を疎んじていた。
それが何事もなく通過を許したのは幸運だ。このまま行かせて貰おう。
ヤイランという男は必ずしも無能では無い。
こうして兵を動かすのもできそうな時だけだし、速やかにことを運ぶ。
そして、交渉したときも相手から全てを奪うのでは無く、許せる範囲に留めるのが常だった。
つまり、ヤイランという領主は、粗暴にして狡猾なのだ。
「ところで、うちの領地から出たエルフを追い返さずに聖竜領に通したよな?」
少しだけ、ゆっくりと、だが冷たい口調でいうヤイラン。
「帝国内でのエルフの移動は自由です。ぼくは通行を止めることは出来ません」
「ふん。少しはこちらに気をつかってくれればいいのによ」
涼しい顔で受け流したスルホに、ヤイランはそれ以上追求しない。わかっていた回答だ。帝国の伝統的な決まり事を咎めるような会話をあまり続けるつもりもない。
何より、これから数日もすればエルフは取り戻されるのだから、何の問題もない。
「聖竜領まではここから何日だ。物資の量を決める参考にしたい」
素知らぬ顔で変えられた話題に、スルホはすんなり応じた。
「街道を整備しましたから、二日もあればつきますよ」
「二日か。大所帯だから少し多めに買っておくかねぇ」
そう言って、近くの部下に指示を出す。
「まあなんだ。すぐに帰ってくるからよ。あまり嫌わないでくれや」
「食糧の買い手として普通に来てくれれば大歓迎ですよ」
「違いない。じゃあ、失礼するぜ」
和やかとは言えない雰囲気のまま、領主同士の会談は終わった。
○○○
ヤイランの兵士の補給作業は速やかに行われた。
クアリアは食糧が豊富だし、ヤイランは金を持っていた。
その金は領地のエルフが生み出す様々な物品によるものだ。エルフは財産、森に閉じ込めて飼っておくのが最高に良い。移動など論外。ヤイランはそう考えていた。
「聖竜領ですか。つい先ほどまで魔境と呼ばれていた場所です。油断なさらぬように」
「問題ないだろ。辺境の人間は迷信深い。それで近づかなかっただけだ。実際はなんにもない土地だろうよ」
馬上での進軍、並んで行く女性からの忠告にヤイランは気楽に答えた。
短い黒髪に凜々しい佇まいの武人だった。この軍の中でただ一人皮鎧を身に纏い、腰には長剣を佩いている。
彼女の名前はマイア。帝国五剣の直弟子であり、ヤイランの切り札だ。
コネで手に入れたこの戦力こそがヤイランの自信の源である。この帝国東部辺境に、彼女以上の使い手はいない。面倒な状況も、一騎打ちの試合に持ち込んで彼女に任せればどうにかなる。
「報告では聖竜領の領主が開拓に入ったのは春。二月もしないでここまで街道が整備されているのは異常です。何かあるのかもしれません。それに、クアリアの領主のあの態度も気になります」
「……確かにな。噂だがスルホの婚約者を救ったのに聖竜領が絡んでいるという。警戒はしておこう」
一理あると感じれば、それなりに対応する。部下の意見を聞き入れられないほどヤイランは狭量な男では無かった。
そして半日もしないうちに、ヤイランはマイアの予測が当たっていたことを身をもって知ることになる。
「ヤイラン様! また橋が落とされています!」
「なんだと! くそっ、またか!」
部下からの報告を聞いて、ヤイランは苛立っていた。
聖竜領にいくまでにいくつかある、川や谷。そこにかかっているはずの橋がどうやら全て落とされているらしかった。
そのたびに進軍は止まり、長い停滞が起きる。連れてきている兵士は200だが、それを支える人員も同じくらいいる。進軍が遅くなるほど、金がかかるし、士気も落ちる。
「徹底していますね。辺りの木を切って丸太の橋を造るだけでもそれなりに時間はかかります。戦うつもりのように思えます」
「聖竜領は10人しかいないはずだぞ。俺達とどう戦う気だ」
マイアの言葉に戸惑うヤイラン。これまで刃向かって戦いを仕掛けてくる領地はあったが、領民10人の領地ともいえない小さな場所が何をしようというのだ。
「とにかく、進むぞ。到着すれば終わったようなものだからな!」
領主の号令で進軍は続いた。
「ヤイラン様! 今度は道の中央に大岩が!」
「なんだと! どかせるか!」
「厳しいです! 横が斜面ですが、頑張って迂回すれば何とか!」
「くそっ。何とか進むぞ!」
「ヤイラン様! やっぱり橋が落とされてます!」
「近くの森から木を切り出せ! 念のため沢山確保しろ!」
「ヤイラン様! 微妙に動かしにくい大きさの岩がそこらじゅうに!」
「迂回だ! それと休息! 偵察も忘れるな。食糧はあるんだろうな!」
「まだ大丈夫ですが。あまり進軍が遅延すると危険ですね」
「何もせずにクアリアに戻ったらいい恥さらしだぞ……。くそっ」
ヤイランの軍は予想以上に進軍が遅れていた。
予想では三日で到達する予定がすでに四日目。
そろそろ聖竜領が見えてくるはずだが、小まめな嫌がらせで全員が精神を消耗していた。
「聖竜領。やる気ですね……。勝つ算段があるの?」
「くそ。エルフを取り戻した上で適当な賠償金でもふっかけてやろうと思ったが、気が変わったぞ。徹底的にやってやる」
馬上にて、ヤイランはとにかくいらついていた。
敵は現れない。しかし、敵の影は感じられる。こちらは徐々に疲弊していく。気に入らない状況だった。
なめやがって……。聖竜領め……。
とにかく気に入らなかった。サンドラとかいったか、たしか、中央に行った時に一度見たことがある。まだ小さかったが、将来美人になりそうだった。よし、方針は決まった。
「屈服させてやる……。ついでに全て奪ってやる。エルフだけじゃないぞ、全てだ。覚悟しろ……」
到着しさえすれば戦いは終わるのだ。こちらも戦いの準備は整っている。
半端な抵抗をしたことを後悔させてやる。
「ぐふふふ……。楽しみになってきたな……」
「……………はぁ」
ゲスな笑いを浮かべるヤイランを見て、となりのマイアは密かにため息をつくのだった。
クアリアの街を出て五日後、ウイルド領ヤイランの軍勢は、聖竜領に到着した。
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