第29話「怒り気味のサンドラが言ってきた。うむ、全く信用が無いな」
「ずっと考えていたのだけれど。エルフの住民は聖竜領にとって理想的なの」
俺とスルホ、そしてエルフのルゼを前にサンドラはそう語り始めた。
「聖竜領の広大な森、そこにエルフが住んで貰えれば、森の世話をしつつ、色んな物品を生産してもらえる。森の畑の世話もしてもらえる。それに、エルフは森で採れるものだけで暮らしてくれるので、その、人間やドワーフよりも負担が少ないから」
そこでハーブティーを一口飲んでから、サンドラはルゼを見て言った。
「ごめんなさい。こういう見方をされるのは不快よね」
「いえ、率直で助かります。つまり、どちらかというと歓迎されているわけですね」
「ええ、色々と面倒な問題さえなければ、是非来て欲しい。あくまで私は、だけれど」
言いながらサンドラが俺の方を見た。何か発言しろということだな。
『聖竜様、どう思います? 聞いていたんでしょう』
『うむ。たしかにエルフなら森と共存してくれるじゃろうし、理想的じゃな。楽しそうじゃし。お主の負担が減るかもしれんぞ』
『む、森の畑の世話が減るのはいいですね』
俺にとっても悪くない提案みたいだ。
なにか言おうとしたら、ルゼが驚いた様子で俺の方を見ていた。
「スルホ様から話は聞いていましたが、本当に目が金色になるんですね」
「ああ、聖竜様と話しているとな。こちらも問題ないそうだ。一応聞くが、森にエルフが住むとどんな風になるんだ?」
「倒木や一部の木を使って住居を作り、森と過ごします。エルフだけが知る薬や工芸品を作って、交易に使ってもらっていますね。それと、私の一族は、秘伝の携行食を作ることができます」
「ほう、エルフの携行食か」
エルフの作る携行食は特別だ。魔法の薬のような力があり、お腹がふくれ、元気が出て、腹持ちも良い。戦いで食糧に難儀した時に、よく話題になったものだ。
「ほんと、政治的な問題さえ解決すれば大歓迎なのだけれど・・・・・・」
サンドラは悩ましいといわんばかりに癖毛を触る。頭の中でどのように動くべきか、あるいは動けるかを考えているのだろう。
「聖竜領はまだ無名だからね。ここにルゼ達を匿って貰っている間にシュルビアから第二副帝の名前で告知を出して貰おうと思う。内容は、ウイルドのエルフの移住を止めるべからず、とかね」
第二副帝というのはこの辺りでは一番偉いし、帝国内でも二番か三番に偉い。これ以上ない強さの文書となるだろう。
「そもそも、エルフは帝国建国の盟友よ。森に住むなら移動の自由がある。領主の許可さえあれば住めるのだけれど……。告知文を早めに出して貰って、こちらから交渉に行くのはどうかしら?」
「それも一つの手段だ。ヤイランは自分の不利益には行動が遅い。第二副帝の告知が出次第、こちらから訴えかけて早めに事態を収束させてもいい」
「それは、敵の陣地に踏み込んでいくということか? 悪手だと思うぞ」
「…………っ」
俺の言葉にサンドラとスルホが振り向いた。こういう時に発言するとは思っていなかったらしい。
「いや、相手は何かあれば兵隊を出すような危険な奴なんだろう。そこで大事に閉じ込めているエルフを貰いにいく交渉なんてしたら、何をされるかわからないと思うんだが」
「ぼくは何度かヤイランと交渉したことがあります。主に作物の取引ですが。その時は和やかなものでしたが……」
「今回は違う、向こうからすれば貴重な住民を奪おうとしているようなものだ。多分、危険だ」
話で聞いただけだが、そのヤイランという領主は危ない気がする。平和な帝国内で武力を振りかざしている段階で、あまり関わっちゃいけない。
「アルマス様のいうことも現実味があります。ヤイラン様は自分の利益が侵されるのを嫌いますから……」
「なるほど……」
ルゼの発言に、スルホも黙り込む。
「直接交渉が危険なら、最初の待ちの手しかないけれど……。シュルビア姉の頑張り次第になるわね」
「スルホ、そのヤイランというのは一度にどれくらいの戦力を動かすんだ?」
「……いつもは300ほどです。騎兵は数機で大半は弓と槍で武装した歩兵です。同行する補給部隊も会わせると500をこえる人間が移動します」
300か。長く戦争の無かった地域で、完全武装の軍隊ならば、そのくらいでも威嚇になるか。
「その部隊に、魔法士はいないな? 危険なのはさっき言ってた帝国五剣の直弟子だけか?」
「名前はマイアという女剣士です。ヤイラン様に逆らうものを恐ろしい剣技で打ち倒してきました」
つまり、脅威なのは一人だけか。
うん、いけそうだ。
「スルホ。ルゼをはじめとしたエルフを逃がし、犯人は聖竜領だと情報を流せば、ヤイランは動くだろうか?」
「恐らく、いえ、確実に兵を出すと思いますが。あの、まさか、戦うつもりですか? 聖竜領が」
「聞いた感じ、そのくらいならどうとでもなる」
「アルマス。説明して。あなたはいつも大事なことの説明を省く。今日はそれを許さないわ」
怒り気味のサンドラが言ってきた。うむ、全く信用が無いな。
とにかく、説明しよう。
「まず、兵力差の問題だが、俺とロイ先生でストーンゴーレムを大量生産すれば覆せる。500でも1000でも用意しよう。念のため聞くが、現代の歩兵は一人でストーンゴーレムを何体も倒せるか?」
「……無理ですね。そんな大量のゴーレムが闊歩する戦場など見たことがないでしょう」
「ならいいな。もちろん、極力開戦はしない。向こうが兵を展開し、俺達が出てきた後に、ゴーレムを一気に呼び出して包囲する。まあ、威嚇だな。普通の人間なら、それだけで戦意を喪失する」
ストーンゴーレムの大きさを人間の倍くらいにしておけば威圧感も十分だ。大抵の兵士はやる気を無くすだろう。
「それに加えて、クアリアから聖竜領に来るまでの橋を事前に全部落としておこう。どうせ今あるのは工事用の簡易橋だ、敵の方が立派なのをかけてくれるかもしれない。それと、道幅が狭いところなんかにはストーンゴーレムを持って来て事前に道を塞いでおく。これで疲弊させることもできるはずだ」
本当は隙を見て補給部隊の荷物も襲いたいところだが、今回は我慢だ。本当の戦争じゃないし、聖竜領に来る前に退却されたら困る。
よどみなく語る俺が不思議だったのか、スルホが聞いてきた。
「あの、アルマス殿、こういった戦いの経験があるのですか?」
「ある。俺は『嵐の時代』の魔法士だ。専門は戦闘。それで、賢者とまで呼ばれるようになった」
賢者とは、己の専門の魔法を極めた者への称号だ。
戦闘魔法で賢者なんて、全然嬉しくなかったが、得意だったのだから仕方ない。
とにかく、まあ、つまり、俺はそれなりに戦場を経験しているわけである。
「アルマス、今話した作戦を実行したことはあるの?」
「あるぞ。上手くすると劣勢をひっくり返せる」
村を焼き、井戸を埋め、道を塞ぎ、敵の補給部隊を襲い、一度だけの決戦を行う。
この焦土作戦と遅滞戦術の組み合わせは、数に負けている時に何度かやったことがある。
「一つ、問題があるわね。帝国五剣の直弟子から『一騎打ち』を申し込まれると思うの」
「なんだそれは?」
「帝国内の風習です。領地同士で争いになった際、血を流しすぎないように、代表者同士で戦うのです。最近ではあまり見られないのですが」
「今も問題解決のための手段としたまに使われるわ。代理戦争とでもいえばいいのかしら。昔と違ってそれで本当に命を取ることはまずないけれど」
「そこは確実に利用してくるだろうな……」
なるほど。自軍の一番強い奴を出して試合をさせるのか。
どうしたものか。それだと、せっかくの作戦が台無しになってしまう。
帝国五剣とやらの実力がわかれば、「俺が倒す」と言って解決できるのだが。
「…………」
その場の全員が沈黙する。話が完全に止まってしまった。
「あの、よろしいでしょうか?」
沈黙を破ったのは、ずっとサンドラの横にいたリーラだった。
周りが視線で発言を促すと、リーラはゆっくりと語る。
「私は以前、お嬢様のお付きになる前、帝国五剣とその弟子達の試合をみたことがあります。帝都五剣に関しては底が知れないと恐怖を覚えましたが……」
「弟子の方は違った、ということか」
俺の言葉にリーラは頷く。
「はい。正面からでは勝てませんが。不意打ちや闇討ちなら三回に一回は勝ちを拾えると思いました」
「リーラって、そんなに強かったの?」
なんだかサンドラが驚いている。気づいてなかったのか。リーラは戦闘に関しては相当な達人だぞ。
「そして、アルマス様からは帝国五剣と同等かそれ以上の底の知れ無さを感じます。恐らく、直弟子ならば退けられるかと」
この発言は大きかった。特にサンドラにとっては。
「サンドラ、この作戦は聖竜領が大きなリスクを負う。お前が決めなさい。勿論、ぼくは最大限の助力をすると約束するよ」
スルホの優しい言葉、それを聞いたサンドラは癖毛をいじる手を離し。ゆっくりと頷いた。
「わたしは、リーラの言葉を信じる。そして、ここに来てからずっと力を貸してくれている、聖竜様とアルマスを信じる」
椅子から立ち上がり、サンドラは俺を見ていった。
「お願いアルマス。力を貸して」
俺も立ち上がり、その言葉にこたえる。
「勿論だ。俺に断る理由はない」
こうして、エルフの移住者を迎えるための作戦が始まった。
○○○
翌日、スルホとルゼはクアリアの街に戻り、作戦を開始した。
七日後、最初のエルフが聖竜領にやってきた。
それからしばらく、工事の馬車などに混ざってエルフの住民がやって来ることになる。
クアリアの街から魔法具で連絡が入ったのは、作戦を決めてから20日後だ。
ウイルド領の領主ヤイランが兵士200を連れて、聖竜領へ進軍。
7日もあれば、俺達と接触するだろう、とのことだった。
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