第28話「意外にもサンドラは前向きな回答をした」
それは、スルホが街道の試験も兼ねて、馬車で聖竜領にやって来た日だった。
馬車は三台。人と荷物が載せられたそれらは、無事に屋敷に到着した。
ここまでは予定通りだ。試験といっても、すでに街道は何人も行き来している。
「スルホ、無事に到着して良かったわ」
「快適な旅だったよ。まさかこんな良い道ができるとは思わなかった」
スルホを出迎えるサンドラ。その様子を見守る俺とリーラ。
予想外なのはそこからだった。
馬車から出てきたクアリアの領主に続いて、見かけない人物が降りてきたのだ。
「実は今日は客人を連れてきているのです」
現れたのは女性だった。
白に近い金髪、細く整った顔立ち、緑の瞳。全体的にほっそりとした女性は、ありきたりな衣服の上に緑の上着を羽織っている。
何より特徴的になのは尖った耳だ。
「そちらは、エルフの方か?」
俺の問いかけにスルホが頷く。
「はい。実は、皆さんに相談したいことがありまして。同席して頂きました」
スルホの表情は真面目なものだ。どうも深刻な話らしい。
それを察知したらしいサンドラがすぐにリーラに指示を飛ばす。
「リーラ、執務室でお客様を迎える準備を。この場はロイ先生に引き継ぎます。悪いけれど、アルマスも一緒にきてもらえるかしら」
「わかった。俺はロイ先生を呼んでおこう。今日がいる日で良かった」
スルホのことだ、そこまで考えて、このエルフを連れてきたのだろう。
これは何事だろうか。
全く想像もつかない新たな出来事に思いを巡らせつつ、俺は屋敷の中へ入るのだった。
○○○
「ルゼカラム・オコナーフラナリーと申します。ウイルドの森にて暮らす、白の一族の一人です。聖竜領の領主サンドラ様、そして偉大なる聖竜の眷属アルマス様、よろしくお願い致します」
執務室に通されると、ルゼカラムと名乗ったエルフは、良く聞こえる涼やかな声で俺達にそう名乗った。エルフって名前と名字がちょっと長いんだよな。覚えにくい。
あと、住んでる地域ごとに文化も違うので、付き合いに注意が必要だ。
「ルゼ、とお呼びください。短めに名乗っても覚えにくいとよく言われますので」
ここまで言うのが彼女にとって一連の挨拶なのだろう。にっこり微笑んでそう言ってきた。とりあえずは親しみやすく、柔らかな印象だ。狙ってやっているのだろうが。
「聖竜領領主のサンドラよ。こちらは私の護衛兼秘書のリーラ」
「アルマスだ。聖竜様の眷属としてこの領地に協力している」
俺とサンドラが挨拶を終えると、リーラから全員にお茶が配られ、話が始まった。
「聖竜領でとれたハーブを使ったお茶です。どうぞ」
「あら、ラフレの葉ね。それに、不思議な力を感じます。そうか、聖竜の森で採れたものなのね」
「………………」
話が始まる前、ハーブティーの香り一つで、ルゼと名乗ったこのエルフは色々と見抜いた。エルフは森に生きる種族、そして魔法とも親しい。それでも、一瞬でこれとは驚きだ。
「あの、何か失礼なことをしたでしょうか?」
「……いや、いくらエルフとはいえ、香りだけでハーブティーのことを言い当てるとは思わなくてな」
「ルゼはウイルドの森では若いエルフのまとめ役なのです。長老が言うには非常に優秀だとか」
「言い過ぎです。まだまだ未熟です」
恥ずかしそうに謙遜しながらいうルゼ。見た感じ、人間社会にも慣れているな。社交性のあるエルフは珍しい。
「では、改めまして。彼女をこちらに連れてきた僕が説明します。ルゼが来たのはウイルド領、この帝国東部の辺境と呼ばれる地域でも古い街で、伝統的にエルフの森がある場所です」
なるほど。彼女はそこに暮らしているわけだな。
「そこで問題があるのです。ルゼの前で言うのも悪いのですが、エルフは工芸品や薬草など、人間には作れないものを生み出します。そして、それは領地にとって貴重な収益に繋がります」
「スルホ様の言うとおりです。おかげでウイルドのエルフは長いこと保護されて来ました……」
そう言うルゼの表情は暗い、そこで何かが起きたと言うことか。
「問題が起きたのはここ十年ほどです。平和な時代が続き、森のエルフが増えました。それだけなら良いのですが、ウイルドの領主は収益を拡大するため、領地の開発を進めたのです。そのなかで、エルフの森も削られました」
「エルフが森を削られているのに黙っているの? 変な話に感じるのだけれど」
「サンドラの言うとおり。今のウイルドの領主が厄介でね。ヤイラン・ウイルド。狡猾な上に凶暴な男だ。辺境が中央からの権力が及びにくいのを利用して、時に武力すら担ぎ出して小領地から領土をかすめとったりしたこともある」
「それは……この国では普通なのか? 大変なことのように思えるのだが」
「大変なことでです。ですが、先ほども言ったように、ヤイランは狡猾なのです」
帝国内の領地同士の問題は、基本的に領主同士が話し合い、後からその地域の副帝などが承認する。
また、争いになりそうだったら付近の大きな領主などがとりまとめて話し合うそうだ。
しかし、ヤイランは事前に兵力をちらつかせて交渉して、何とか飲み込める程度に話を纏めた後、上から承認させたりするらしい。
「強引な手法。強いコネクションがあるのね」
「ええ、古い街ですから。先代からの繋がりもあり、発言力も大きい。問題になってはいるのですが、まだ致命的ではないのです」
「大事になる頃には被害者多数というわけね。それでスルホは聖竜領にどうして欲しいの」
「ルゼを初めとした若いエルフを、こっそりとウイルド領から移住させて欲しいのです。エルフ達は実質、森に閉じ込められている状態でして。イグリア帝国はエルフの移動は認めているのですが……」
「帝国の初期から重鎮にエルフがいたから権利が強いの。でも、そんな領主ならエルフも強引に移動すると思うのだけれど」
俺への説明をしつつ、サンドラがスルホ達に問いかけた。
「ウイルド領には帝国五剣の直弟子がいます。それが領主のヤイランと共にいるため迂闊に動けないのです」
ルゼの説明に、サンドラが苦い顔をした。どうやら、厄介な話らしい。
「帝国五剣とはなんだ? すまないな、まだイグリア帝国に詳しくないんだ」
「このイグリア帝国最強の剣士の称号よ。名前の通り五人いるわ。一人で百人の兵士を倒す、とんでもない戦力。その直弟子となればかなりのものね」
「帝国は元は武力でこの地域を統一した国です。武のあるものを尊ぶ風習は強く残っていまして、これもその一つですね。その直弟子がいるので、ウイルド内で領主に表立って刃向かいにくくなっているのです」
サンドラとスルホの説明を理解した俺は一つ頷く。物凄く強い人材が睨みを利かせているわけか。
「なるほど。つまり、スルホは俺達に、すぐに兵士を動かして恫喝する上に、強力な武人を擁した領地の住民を逃げ込ませたい、というわけだな」
「……その通りです。ここならすぐには見つからないでしょうから、シュルビアのつてを使って問題を解決します」
「私達は以前からスルホ様に助けを求めていたのです。スルホ様は悪くありません」
スルホを擁護するようにルゼが言った。考えてみれば、彼女がこの場にいるのもそれなりに危険な状況なのかもしれない。
「どうするんだ、サンドラ」
我らが領主に問いかける。これはあまり良い話にも思えない。危険な気配すらする。
「……もう少し、具体的に話を詰めてみましょう。正直、エルフの住民は歓迎なの」
意外にもサンドラは前向きな回答をした。
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