第33話「もしかしたらとんでもない奴を招き入れてしまったか」
ウイルド領の領主ヤイランが降伏してから話は早かった。
まず、俺が怪我をさせたヤイランと兵士を完全に治療。二人とも物凄く怯えながらも俺に感謝をしていた。
その後、ウイルド領の軍勢は聖竜領の外で待機し、ヤイランとマイアだけが聖竜領の中に入った。
屋敷内ではサンドラを中心にヤイランと今回の件をどう片づけるかの話し合いが行われた。 一応、俺も同席したが、基本的に睨みを利かせているだけでよかった。サンドラが言うにはその「見ているだけ」が重要だったそうだが。
ウイルド領の軍勢には事前にクアリアから運び込んでいた食糧を渡した。後で料金は貰うつもりだが、そろそろ食糧が危なかったらしく大分感謝された。
戦いから二日後。色々と取り決めがなされ、ウイルド領の軍勢は撤退した。
睡眠も食事もしっかりとっていたのに、到着した時以上に疲弊していたのが印象的だ。
ちなみに道に置いていたゴーレムは撤去しているので二日もあればクアリアに到着するはずである。
「とりあえず。おおむね上手くいったようで良かった」
「そうね。アルマスにまた助けて貰ったわ。本当に感謝している。聖竜領を代表して、お礼を言うわ」
軍勢の撤退を確認した日。屋敷でささやかな宴を開いた後、全員が揃った食堂で会議となった。
「私も、ウイルドのエルフの若長として今一度皆様にお礼を致します。これで、ウイルドのエルフは移動ができるだけでなく、過ごしやすくなるでしょう。アルマス様、見事な戦いぶりでした」
「あまり気にしないでくれ。これくらい大したことじゃない」
「これくらい、ではありません。アルマス殿の技は師匠に匹敵するものです。もっと誇ってください。それだと私まで大したことないみたいじゃないですか!」
一緒にお茶を飲んでいたマイアが声をあげた。
剣士マイア、彼女は聖竜領に残った。ここで自分を心身共に鍛え直すつもりらしい。隙あらば俺に勝負とか申し込んで来そうな雰囲気だ。めんどい。
「いやまあ、なかなかやる方だと思うぞ。マイアは」
「なかなか……っ! 私より上の剣士はこの国に帝国五剣しかいないというのにその扱い……っ! ……率直に言って素敵です」
なんかうっとりした顔でマイアが俺の方を見てきた。恐い。もしかしたらとんでもない奴を招き入れてしまったか。
とはいえ、彼女の存在は貴重だ。
武を尊ぶ帝国の風習がある以上、帝国五剣の直弟子が領民にいるというのはとても大きいと判断され、サンドラはマイアの聖竜領入りを許した。
「えっと、話を続けてもいいかしら。みんなに報告したいの。今回の成果を」
「申し訳ない。話してくれ。エルフの移動以外にもあったのだろう」
サンドラは頷いてから、皆に聞こえるよう、声を強めにして話し始める。
「まず、ウイルド領からのエルフの移動を認めさせた。それと、今後は武力で事を治めようとしないよう釘を刺しておいたわ。これは近いうちに第二副帝から名指しで告知が出るだろうから、それがトドメになる。これでウイルド領は大人しくなるでしょう」
「それは、この東部辺境が平和になりますね-」
アリアが美味しそうにハーブティーを飲みながらいった。彼女はトゥルーズと共にウイルド領の兵士達の相手などに大活躍だった。戦いは準備と後が大変なのだ。
「うん。この辺りの情勢は落ちつくわね。それと賠償金を貰うことにしたわ。ウイルド領にとっては大したことないけれど、聖竜領にとっては大きい額をね。あとは情報交換とかについて細々と約束をした」
「思った以上に厳しくない約束で、ウイルドの領主は驚いていましたね」
それが、話し合いに同席していたリーラの感想だった。
「ヤイランを人質にしてウイルド領を脅迫するとか、やりようはあったわ。でも、そういうのをわたしはしたくない。それに、面倒な恨みは買いたくないの」
サンドラのその発言に、その場の全員がそれぞれの動作で肯定した。
今回の戦いでウイルド領は出来たての小領地に敗北。エルフは取られ、自慢の剣士もいなくなった。この段階で十分以上にメンツはつぶれている。やり過ぎは良くない。
「話し合いの結果はこれだけよ。それとアルマス。エルフの子供が人質にされた時、問答無用で動いたことの説明をしてほしいの。とても驚いたんだから」
責めるような口調で言われてしまった。やはり説明無しで動くと怒られるか。
「あれは聖竜様の命令だ。……聖竜様は、世界を創造した存在。母親としての側面が強い。それ故か、ああいった状況には容赦がないんだ」
実は、あの時は俺も驚いていた。聖竜様に呼応するように、俺の中にも強い怒りがわき起こっていたのだ。
多分、俺自身も聖竜様の性質の影響を強く受けている。女、子供、老人、とにかく弱き者が理不尽な目にあっている姿に強い怒りを覚えるようだ。
「そう、聖竜様が……。それは、仕方ないわね。でも、危険じゃなかったの?」
「あのくらいならしくじらない。自信があった」
そういうと、サンドラはしばらく自分の髪の毛を弄んでから、ため息をついた。
「いいわ。聖竜様の嫌いなものを知ることが出来て良かったと思いましょう。でも、あまり無茶はしないでね」
「……わかった」
13歳の少女に、諦め顔でそう諭されては、頷くしか無かった。
『ハハハ、アルマスが女の子に怒られておるのを見るのは面白いのう』
『誰のせいで怒られてると思ってるんですか。俺は眷属としての使命を果たしただけです』
聖竜様に対して俺は猛抗議した。
「聖竜様が来ているのね。もう少し落ちついてアルマスを動かすよう、お願い致します」
俺の目を見て変化に気づいたのだろう。
サンドラがちょっと冷たい声音でそんなこと言った。
『ワシまで怒られてしまったのじゃ』
『ほら。その場の感情で動くから』
『なんじゃと』
俺と聖竜様の頭の中での口げんかは、しばらく続いたのだった。
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