第26話「こういうのはあまり良くないと思う。俺だけ仲間はずれみたいだし」
「おや、アルマス様。今日も早いね。昨日の大仕事で疲れてないのかい?」
「あのくらいは問題ない。今日はサンドラと街道工事の相談に行くつもりだ」
山を動かした翌日、家から出ると森の作業場に向かおうとするスティーナに声をかけられた。
「道ができるのは楽しみだねぇ。行商人も来るだろうから、入った給料が使えるようになる」
「待て。なんといった、給料だと?」
「そうだけど。まさか、アルマス様はもらってなかったのかい? ダン夫妻とこの前サンドラ様がクアリアに行った時の収益で、給料が出せるって事で皆もらったけれど」
「俺は……貰ってない……優先度の高い議題ができたな」
無視できない情勢だ。こういうのはあまり良くないと思う。俺だけ仲間はずれみたいだし。
「あー、うん。がんばっとくれ。……おかしいね、お嬢様がそういうのを忘れるとは思えないんだけれど」
スティーナを残して、俺は足早に屋敷へ向かった。
○○○
「おはようございます。アルマス様」
「おはよう、アルマス。思ったよりも早かったわね。疲れは……」
「おはよう二人とも。そしてサンドラ、まずは給料について聞きたい」
屋敷に到着するなり、執務室で仕事をしているサンドラを見つけると、俺は真っ先に問いただした。
「……スティーナに聞いたのね。もうちょっと黙ってようと思ったのに」
「ほう……つまりわざとだと」
「お嬢様は先日、アルマス様の妹と比較されたことを根に持っているのです」
なんということだ。あんな当たり前のことを根に持つなど。性格に問題がある。
「大人げないと思わないのか」
「まだ13歳の子供よ。いつもわたしを子供扱いしたがるのはアルマスじゃない」
子供らしく、拗ねたような風にサンドラが言った。
くそっ、否定できない。俺は基本的にサンドラを無理して振る舞っている子供だと思ってるからな……。
『なんだかどっちも子供みたいじゃのう』
聖竜様の楽しそうな声まで聞こえてきて地味に嫌な気分になる。
俺とサンドラがにらみ合っている間に、いつの間にか部屋を出ていた、リーラが入ってきた。
そして、机の上に革袋を置く。
「二人とも、無駄な時間はこれまでです。こちらが、アルマス様の給料……というか売り上げになります」
「売り上げ? ……この国の通貨は知らないが、結構あるようにみえるな」
革袋の中を見ると大きめの銀貨の中に何枚から金貨まで混ざっていた。
「アルマスのポプリとハーブの売り上げ全部と、魔力増強ポーションの売り上げの一部よ。全部で十万フォシルあるわ」
「ちなみに、一万フォシルあれば、クアリアの街なら一月暮らせます」
「大金じゃないか。そんなに価値があったのか?」
「あるわよ。獣害を完全に阻止するポプリと魔法みたいなハーブと本物の魔法薬よ。もっと高くてもいいくらい。効果が知られるにつれて、もっと値上がるでしょうね」
「そ、そういうものか……。しかし、ポプリとハーブの売り上げは俺が貰っていいのか?」
別に俺は売り上げを独占したくて作ったものじゃないんだが。
「それはアルマスが作ったものだから、貴方のものよ。わたし達には用意できないものだから、分けて考えるべきだと思ったの」
「ご安心ください。魔力増強ポーションの売り上げだけで、しばらくは皆に給料を払えます」
あれ、そんなに高価だったのか。ロイ先生のところに希釈前のが山ほどあるぞ。いい資産だな。
「はい。これで給料の話はおしまい。どちらにしろ今日渡すつもりだったから丁度良かったわ」
「受け取っておこう。しかし、本当にいいのか? 少しくらい税金みたいな感じで引いてもいいんだぞ?」
聖竜領はこれからいくらでも金がかかるだろう。そのくらい俺でもわかる。
「聖竜様の眷属から税金を貰うわけにはいかないわ、アルマス。既にこれだけ多くのものを頂いているのに」
「……どちらにしろ使い道の無い金だ。貯めておくから必要になったら言ってくれ」
随分と殊勝な物言いのサンドラに毒気を抜かれてしまった俺は、そう返すのが精一杯だった。
「ありがとう、アルマス。出番がないようにしたいわね。……リーラ、ロイ先生を呼んでもらってもいい? そろそろ話し合いを始めましょう」
○○○
ロイ先生はすぐに来た。何かの実験で魔力を使って寝ていたので屋敷内にいたらしい。
必要な人員が揃ったので街道工事の話し合いが始まる。
「では、ロイ先生。確認だ。街道整備のために何が必要になる?」
「とりあずは岩ですね。アルマス様の力を借りて、大量のストーンゴーレムを作成します。道を掘り、石を敷き詰め、細かいところを人間がやるという流れで考えています」
「使えそうな岩を探さないといけないわね。スルホに頼んでクアリアからも人を出して貰いましょう。幸い、聖竜様のおかげでクアリアまでの距離も近くなったことだし」
「はい。これはとても大きいです。それと、ゴーレム作成の魔法陣も沢山用意しなければなりません。これもクアリアの魔法士に手伝って貰って沢山作れればと思うのですが」
「待て。いいのか、ゴーレム作成の魔法陣はロイ先生の秘術じゃないのか?」
俺の疑問にロイ先生は笑いながら答える。
「大丈夫です。今回使うのは普通のゴーレムを作業用に作り替える簡単なものです。ありふれたゴーレム作成の魔法陣ですから、真似されても問題ありません」
そういうものか。いや、ロイ先生が言うならそうなのだろう。
「なんなら俺も魔法陣作りを手伝おうか? そのくらいならできると思うぞ」
魔法陣を描くのは魔法士の基本技能だ。真似するくらいなら俺でもできる。
「それは助かりますね。恐らく、工事中はそれなりの人数が街道で野営したり、この屋敷に泊まることもあると思います」
「屋敷は空き部屋があるし、外に土地もある。今回、うちからは二人を貸し出すかわりに、予算はクアリア持ちにしてくれるはずよ」
「では、詳しくはクアリアの領主様と話す方が良いですね」
リーラがサンドラの隣で紙にペンを走らせる。これからの作業をまとめているようだ。
「一度こちらの様子を見に来るといっていたから、近いうちに来ると思う。多分、すぐ来るわ。……山が動くとかいう大事もあったことだし」
じろりと俺の方を睨むサンドラ。悪いことじゃないから別にいいじゃないか。そんなに怒らなくても。
「うむ。聖竜様のおかげで効率的にことが運びそうで何よりだ」
『お主、ワシの名前を出して誤魔化そうとしとるじゃろう』
どうにかその場をまとめようとしたら、頭の中で上司が余計なことを言ってきた。
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