第25話「この上司、言うことが滅茶苦茶すぎる」
「おお、こんなにできてるじゃないか。もう住めるんじゃないか?」
サンドラの体調が回復したのを確認した朝、俺は久しぶりの我が家に戻って感動していた。
感動したのは住み慣れた小屋に対してじゃない。その隣に建築されている新しい家に対してだ。
そこには、土台が出来上がり、既に外観が完成した丸太で組まれた家があった。
既に屋根までついていて、「これは家です。ちゃんとした」という見た目になっている。
「いやあ、作業が結構捗ってね。でも、内装はこれからだから本当に見た目だけなのさ。もうちょっと完成まではかかるね」
感動に打ち震える俺を見ながら大工のスティーナが笑いながら言ってきた。
俺は彼女の両手を掴み、言う。
「ありがとう。これからも無理せず頑張ってくれ」
無理をしないのは大事だ。倒れられたら困る。
「お、おう。任せておくれ。まあ、床材とかへの加工は人力しか無いからね。道具とかも……ああ、道が出来ればそれも調達しやすくなるのかねぇ」
「なるほど。道だな。頑張ろう」
目の前に成果があるとやる気が違う。早めにサンドラとロイ先生とで街道工事について打ち合わせをしなければ。
「他に手伝えそうなことがあったら言ってくれ。手伝うぞ」
「うーん、木材加工の手伝いを……。アルマス様、器用だっけ?」
「それは無理だな。俺は畑の様子を見てくる」
細かい手仕事は無理だ。
俺は即答して畑の様子を見にいった。
○○○
その後、ハーブ畑と魔法草畑を見にいったところ、どちらも生育状況は順調だった。
一部、枯れてしまった魔法草もあったが、それはアリアが複数の栽培法法を試している区画だった。
ちなみに俺の畑も無事だ。アリアがわざわざ面倒をみてくれていたらしい。ありがたい。
「ふぅ……一息ついたな」
久しぶりの自宅にて、俺はハーブティーを楽しんでいた。
茶を入れる道具一式はリーラがクアリアの街で調達してくれていたものだ。量産品のありふれたものだそうだが、俺には上等すぎる。
一個だけある窓の外からは木材を加工する音や、建築中の家で工作している作業音が聞こえてくる。
人の息づく音を聞きながら休むのは悪い気分はしない。
隣街への外出といい、色々あったが、ようやく一息ついた気分だ。
『のう、アルマス。一つ相談がある。街道についてなんじゃが』
『まさか、今更ダメとか言いませんよね』
『逆じゃ逆。ちょっとこの辺の地形をいじってみようかと思うんじゃが……』
『…………』
いきなり話しかけてきた聖竜様のいきなりの申し出に、俺は落ちついてカップを机に置いた。ちなみにこの机は最近、スティーナが作ってくれたものである。
『何を言い出すんですかいきなり。地形を変えたらせっかく調整した竜脈に影響が出るでしょう。知らないとは言わせませんよ』
努めて冷静に俺は言った。危うかった、ハーブティー吹き出すかと思った。この上司、言うことが滅茶苦茶すぎる。
『いや、勿論それはわかっとるよ? そもそもじゃな、クアリアからこの聖竜の森までの地形が『嵐の時代』の初め頃に意図的にワシがいじったものなんじゃよ』
『もしかして、人を遠ざけるためですか?』
『左様。当時、聖竜の森は魔力が入り乱れ、魔物が蔓延る危険な場所になっておった。じゃから、人が近づけないようにしておいたのじゃよ』
『つまり、それを元に戻そうというわけですね』
『そうじゃ。まあ、クアリアの街への一本道を作るとまでいかぬが、山道を行ったり川を迂回したりということはなくなるじゃろ』
それは聖竜領にとって、とても大きなことだ。クアリアの街にいくまで山の中をジグザグに登ったり、深い谷を避けなければならない箇所はいくつもある。起伏が多く、近づき辛いのは確かなのだ。
『念のため確認するんですが。竜脈への影響は大丈夫なんですか? いざ地形を変えたら魔物が大量発生なんてことになったら対処しきれませんよ?』
『ああ、平気じゃよ。あるべき姿に戻すだけじゃ。幸い、地形を変える箇所に人も住んでおらんし、やるなら今じゃろう』
『確かに。聖竜様の言うとおりですね。竜脈が心配ですが……』
『なんじゃ、ワシを信用しとらんのか?』
『いえ、聖竜様はこの世界でもっとも信頼できるお方だと思っています』
この言葉に嘘はない。眷属となって以来、聖竜様は丁寧だし親切だった。俺におかしなことも教えない。たまに竜の尺度でものを言うことがあるが、大した問題でもない。
『悩むまでもないことでした。そうと決まればすぐにやりましょう。街道工事が始まる前がいい。サンドラにも連絡して』
『お主、決断してから行動までの間がなさすぎじゃないかのう……』
なんだか呆れ声の聖竜様だったが、唐突に行動を起こすのはお互い様だと思う。
○○○
そんなわけで俺と聖竜様はすぐに作業に入るべく、準備を始めた。
とはいってもすることは一つ、領主のサンドラへの連絡だ。
俺は屋敷に向かい、畑に出ていたサンドラに声をかける。
「サンドラ、もう畑仕事をして大丈夫なのか? 少し休んだ方がいいのでは?」
「平気よ。おかげさまで、すっかり元気。それでなんの用かしら? 貴方がわたしを訪ねてくるときは何か理由があるから」
「うむ。こことクアリアの街の間の地形を動かすことになった。聖竜様が言うには平気らしい」
「は?」
「少し大きな音がするが、災害などは起きない。安心してくれ。作業はこれから、日暮れまでには終わる」
「はい?」
「ではな。確かに伝えたぞ」
「え、ちょっ……」
とりあえず責任者に連絡をしたので、俺は次なる場所へと向かった。
俺が向かった先は聖竜領の外、その近くにある小高い丘の上だ。
ここからならクアリアまでの風景が一望できる。
まあ、山やら森やらがあって、とても向こうに街があるようには見えないのだが。
『なあ、アルマス。もうちょっとサンドラに説明した方が良かったんじゃないかの?』
『善は急げです。それに言葉を尽くしても起きる結果に変わりは無い』
『お主は本当に極端じゃのう……。まあいいか。ほれ、やるぞい』
『ご随意に』
そう言うと、すぐにそれは来た。
俺が日頃から感じている聖竜様の気配がより近くなる。
それどころか、俺の中に巨大な存在が触れる感覚。
聖竜様が、俺を通してこの世界に介入しようとしているのだ。
久しぶりだ。『嵐の時代』はこれを頻繁にやっていた。なんでも、自力でやるより眷属を通した方が繊細な作業ができるらしい。
聖竜様と同調することによって俺の知覚も一気に広がる。
これまで見えてこなかった様々なものが見えてくる。
例えば魔力の流れ。
確かに、こことクアリアの間の竜脈は山や川が沢山ある割には大人しい。広い範囲でものを見なければ気づけないレベルだ。普段の俺ではなかなか厳しい。
『聖竜様。すでにどこを変化させるか決まっているのですね』
『うむ。杖を出すが良い。はじめるぞい』
言われるまま、聖竜様の杖を出して大地に突き刺す。
『では、やりますか』
俺がそう言うなり、力が来た。
聖竜様から莫大な力が流れ込んでくる。それは俺を通し、杖を通し、大地へと流れていく。
その力はすぐに効果を現した。
低く、そして大きな地鳴りが周辺一帯から響き渡ってくる。
山が、大地が動く音だ。
ゆっくりと、少しずつ、しかし確実に、目の前の景色が変わっていく。
山の裾が動き、川の形が変わり、山頂が低くなり、険しかった聖竜領の西側の風景が変化していく。
この聖竜様の力の恐ろしいところは環境に影響がないことだ。
通常なら深刻な土砂崩れや崩落が起きるはずだが、それがない。
結果的にそれが最初から決められた形であったかのように落ちつくのである。
これこそ、聖竜様の世界創造の力の一端だ。
『ここまで大規模なのは久しぶりですが、相変わらず凄いですね』
『まあワシ、この世界を創った六つのうちの一つじゃしな』
やはり聖竜様は偉大だ。たまに忘れそうになるけど。
日が傾き、夕刻になる頃には俺達の作業は終わった。
俺の目の前には随分と見通しが良くなった聖竜領西側の景色がよく見える。
これならクアリアの街までの道程が更に短縮できるに違いない。
『これで良しと。念のため、しばらくは竜脈を見張っとるよ』
『ええ、何かあったら教えてください。対処します』
一仕事終えた俺達は、満足感と共に帰宅した。
「なんでもっとちゃんと説明してくれないの? 物凄い地鳴りがしたんだけれど」
そして、聖竜領に戻ったらサンドラに掴まった。しかも怒っていた。
「いや、ちゃんと説明はしたつもりだが?」
「だから! アルマスは! いつも唐突すぎる! しかもやることが大きすぎる! 山を動かすなんてみんなに説明しようが無いし、いざ始まったら本当に動いてるし……」
あまりにも起きた出来事がでたらめだったからだろう、サンドラは段々言葉から力が抜けていった。しかも涙目だ。もしかしたら怖かったのかもしれない。
「……とにかく、今度からもっとしっかり説明して」
最後に諦めたように俺にそう言って説教は終わった。
「もっとしっかり説明して……か、アイノにそう言われたこともあったな」
懐かしい記憶を思い出しながら、俺は感慨深い気持ちになった。
「まるで成長してないのね、アルマス……」
『まったくじゃのう』
サンドラと聖竜様に同時に言われた俺は少し落ち込んだ。
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