第24話「これは、そのうち結着をつける必要があるな」
俺達が聖竜領に帰還した翌日。
サンドラが発熱した。
朝早くのことだ。
目覚めた俺が食堂へ向かうと、庭師のアリアに大工のスティーナが既に起きてお茶などを飲んでいた。どちらも早起きだ。
一緒になって朝の時間を楽しんでいると、沈痛な面持ちのリーラが入ってきた。
「おはようございます。お嬢様が熱を……」
挨拶を返す間もなく告げられたその事実に俺達はすぐに反応できなかった。
「大丈夫なのか? 病気か?」
俺の問いにリーラは首を横にふる。
まずいぞ、ここには医者がいない。
「今からロイ先生を呼びに行くところです。アルマス様、医療の心得は?」
「簡単な見たてくらいならできるかもしれないが……」
一応、賢者と呼ばれていたので広く浅い知識はある。しかし、医療分野はうかつな見立てをするわけにはいかない。
「ロイ先生はポーション製作の関係で多少なりとも心得があるはずです。失礼します」
慌ただしく頭を下げると、リーラはその場を退出した。
「……俺も見にいこう。皆が起きてきたら説明をしてくれ」
それだけ告げると、俺も食堂から退出した。
○○○
「恐らく、疲労が溜まったのだと思います。風邪だと良いのですが……。正直、この地域特有の病気などには詳しくないのでこれ以上は……」
寝室にて、叩き起こされたロイ先生は熱に苦しむサンドラを見てそう言った。
「聖竜領に来る前から昨日まで慌ただしかったですし、お嬢様にとっては慣れない力仕事の日々でしたから。ついに限界が来たのかもしれません」
「ハーブティーで誤魔化していたのが限界に来たか」
俺の育てたハーブは薬草を凌ぐ効能があるが万能じゃない。クアリアの出来事を解決し、帰ってきて安心したところで、疲労のピークにあったサンドラに限界が来たのだろう。
「ロイ先生、ここに薬はあるのか?」
「いくらか持って来ています。とりあえずはそれで様子を見ましょう。あまり異常があるならクアリアの街へ行かなくては、せめて道ができていれば……」
クアリアまで徒歩で三日だ。その行程を病気のサンドラに耐えられるとは思えない。
俺が背負って移動すればもっと早いが、病人には酷な道行きになる。
なにはともあれ、少しでも体調を持ち直してもらわないといけない。
「……ごめん、みんな。迷惑をかけて」
うっすらと目を開けたサンドラが、うわごとのように呟いた。
慌ててリーラが近寄り、その額に触れる。
「ロイ先生、熱冷ましの薬をお願いします」
「はい。少々お待ちを……」
薬と水を用意する二人。
その近くに手ぬぐいと水の入った手桶が見えた。
水に触れると大分ぬるい。
「この水、冷やしておくぞ」
指で空中に魔法陣を描き、短く呪文を唱える。
すぐに手桶の中に沢山の氷が浮かんだ。
「アルマス様、ありがとうございます」
それを見たリーラが律儀に礼をしてきた。気が気でないだろうに。
「他にできることがあったら言ってくれ。最悪、俺がクアリアまで運ぶよ」
ロイ先生に粉薬を渡されるサンドラを見ながら、俺はそう言うことしかできなかった。
○○○
食堂に戻ると、領民の全員が心配顔で待っていた。
「アルマス様、お嬢様は平気なんですかー?」
代表するように心配顔で聞いてきたアリアに、俺は微妙な顔をして答える。
「わからない。ここに来る前からの疲労が重なっただけだと良いが……」
「ですかー。お嬢様、無理してましたから」
アリアの言葉に、他の全員が頷く。
「それで、アルマス様にお願いがあるのですがー……」
良いながら、アリアが一枚の紙を俺に渡してきた。
「薬草か……、俺に採って来いということだな」
そこに書かれていたのは病気に効きそうな薬草の数々だ。
筆跡がかなり慌てて書いたものになっている。
たった今、この場で書き上げたのだろう。
「できれば、その中でも『フェクテオ草』という薬草を見つけてくれると嬉しいですー。見分けにくい上に希少な薬草なんですけど、この地方ならあるはずですー」
フェクテオ草なる項目に目を走らせる。
そこには『万能薬、特に風邪とか疲労』という曖昧なんだかはっきりしてるんだか、微妙な記述があった。
とはいえ、庭師のアリアは信用できる。効果はあるのだろう。
問題は、その外見だ。
図が書かれているが、正直、ただの草にしか見えない。なんでも魔法草の多い地域にたまにはえているらしい。根元がうっすら青いのが特徴とのこと。
「アルマス様。上手くみつけたら、ごちそうを作るから……」
「俺を食事で釣れると思わないことだ。そんなものなくても、協力するぞ」
トゥルーズの発言にはちゃんと答えておく。俺を食事で簡単に釣れると思ったら困る。
目の前で友人が病に倒れているなら、俺はできる限りのことはする。
それはそれとして、ごちそうは素直に嬉しいので頑張ろうと思う。
「では、行ってくる」
そう言い残して、俺はすぐに屋敷から出た。
一瞬、トゥルーズの「あ、朝食……」という言葉が聞こえたが、今更後には引けない。
○○○
フェクテオ草探索は思った以上に大変だった。
正直、聖竜の森を知り尽くした俺ならすぐに見つかると思った。
フェクテオ草の特徴は、先の尖った何処にでもありそうな草。それで根元がうっすら青い。
なんというか、似たようなのはどこにでもあった。
俺はそれらしい草を見つける度に、森から屋敷に全速力で走って、畑仕事をしているアリアに確認をした。
「アリア、これはどうだ。根元がうっすらと……」
「残念ながら違いますね-。葉っぱの模様が違います」
「今度はどうだ。色んな薬草の群生地にあった」
「これも違いますー。根元がもっと青い感じです-」
「次はこれだ、洞窟の近くにあった。あとアリア、本物見たことあるのか?」
「ありますよー。そしてこれは根元が青くないので違いますー」
「……大分奥の方に行ってきた。これで……」
「すいません。これは本当にただの雑草です……」
流石の俺も心が折れかけた5回目の探索。
すでに時刻は午後が近い。
森の泉のほとりで、ついに見つけた。
「こ、これだ…………」
泉のほど近く、様々な植物がはえている中に、物凄く紛らわしい形で、それは生えていた。
きっかけは、疲れたから水でも飲むかと思ったこと。本当に偶然だ。
「確かに、根元が青い。それもはっきりと」
抜き取ってみると、根元は想像以上に青かった。それ以外は普通の草にしかみえない。根元のちょっと上部がうっすら青いのを見分けられるかどうかが判断の境目だ。
「よし、これを持っていけば……そうだ」
発作的に屋敷に全力疾走しかけたところで、止まる。
目の前にある泉は、この聖竜の森の木々が蓄えた水が湧き出たものだ。
普段、サンドラ達が飲んでいる水の水源は恐らく氷結山脈にある。
「この水も持っていこう……」
俺は懐から水袋を採りだし、中をいっぱいにする。
聖竜の森は魔力の豊富な場所。そこで採れた水も、何かしらの効果を期待できるだろう。
○○○
俺が持ち帰ったフェクテオ草は、当たりだった。
正真正銘、産地直送、効果抜群だ。
俺の持ち帰った水とフェクテオ草はロイ先生によってしかるべき処置がなされ、サンドラに処方された。
水と薬草、どちらが効いたのかわからないが、サンドラはあからさまに元気になった。
午後に薬草を使い、その日の夜にはベッドで起き上がれるくらいには回復したのである。
「ごめんなさい。みんなに心配をかけてしまって……」
「気にすることは無い。働き過ぎだと思うぞ」
「その通りです。むしろ、お嬢様の体調を管理できなかった私の責任です……」
夜、多少元気はないが話せるくらいに回復したサンドラの前に俺はいた。
リーラがとても落ち込んでいるが、彼女の責任でもあるまい。この領地の全員が多忙なのだ。一番体力のないサンドラに最初に限界が来たのは道理だと思う。
「リーラは気にすることないわ。きっと、ようやく気が抜けたのね。ずっと分の悪い賭けを繰り返してたから」
「そうなのか?」
「領地を手に入れて領主となるまでの工作、ここまでの移動、そしてその後の出来事。……全て上手くいく可能性の低いことばかりでした。特に……アルマス様がいるかどうかが」
「なるほど確かに」
サンドラは先祖の残した書類を見て、存在すら疑わしい俺がいることに賭けてここにやってきたわけだ。正直、いると思う方がどうかしている。
「もし、俺がいなかった場合、どうするつもりだったんだ?」
「その場合、クアリアの街でスルホの下で働くつもりだったわ。むしろそっちが本命。二年くらい入植に挑戦して、失敗したことにしてクアリアの街に居場所を作る予定だったの」
「むしろ、俺がいて計画が狂ったわけか。悪いことをしたな」
「そんなことはないわ。スルホの下につけば結構苦労したでしょうし。今は楽しい。アルマス、あなたがいてくれて良かった」
「私もそう思います。お嬢様はスルホ様の第二夫人になるとまで言っていたので」
「それほどの覚悟か……」
いや、そのくらいはやらなきゃならない状態だったのだろう。
「こうやって言葉でしか感謝できないのが歯がゆいくらい。そうだ、い、いっそわたしを妹だと思ってくれてもいいのよ。ほら、アルマスは妹が好きだから。気分的に落ちつくかもしれないし」
何を云ってるんだこいつは。
「それは無理だ」
「なんでよ。流石に無茶だった?」
「いや、俺の妹はアイノだけだ。サンドラではとても及ばない」
アイノは快活で元気で可愛い。唯一無二のものだ。
サンドラの気持ちは嬉しいが、換えがきくようなものじゃない。外見も性格も全然違うしな。
「うん、全然ダメだな」
「なんか、物凄いムカつくんだけど」
サンドラがそう言ったら、リーラが前に出て来た。
気配からしてかなり怒っている。
「アルマス様でなければ、即座に襲いかかっていました。しかし、賢者と言えど間違いはあるのですね。お嬢様の方が上です。全てが」
「なんだと……」
聞き捨てならない言葉だ。
俺とリーラの間で一触即発の空気が流れた時だった。
「二人とも、病人の前よ、静かにして」
サンドラのその一言で、俺とリーラは戦闘態勢を解除した。
俺も警戒を解く。
これは、そのうち決着をつける必要があるな。
ちなみに、サンドラは翌朝にはすっかり元気になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます