第23話「それでも出来ることはやっておきたい」

 俺達が聖竜領に到着したのは夕方だった。

 荷物を載せた馬を伴って屋敷に向かっていくと、畑仕事をしていたロイ先生とアリアが俺達を見つけて走り寄ってきた。


「おかえりなさい。よくご無事で……。良い結果を得られたようですね」


「ただいま。アルマスのおかげで万事滞りなく進んだわ。そちらは何もなかった?」


「はい。畑の方は順調ですよー。ここも森も獣害もなく穏やかな日々でした。あ、おかえりなさいませー」


 アリアがのんびりとした口調でそんな報告をしてくる。


「お嬢様、屋敷で一休みしましょう。ロイ先生、夜に報告会をします。それまで私達は屋敷で休憩を致します」


 リーラがてきぱきと指示を出す。それなりの長旅をしたサンドラの体調を気遣っているようだ。

 多少丈夫になったとはいえ、元々はろくに運動もしていないお嬢様だからな、サンドラは。

「アルマス様、良ければ今日は屋敷に泊まっていってください。せっかく食材も買ってきましたのでトゥルーズに美味しい物をつくって貰おうと思います」


 リーラめ、俺を食事で釣れると思っているな。

 正解だ。


「その報告会に俺がいた方が良いだろう。あの小屋も悪くないが、旅の後は屋敷のベッドで眠りたいからな。喜んで滞在させてもらうよ」


「あの小屋が……悪くない……?」


 サンドラが驚愕しながら失礼なことを口走っていたが、俺は大人なので気にしないことにした。


○○○


 夕食後。夕食はなかなか豪華だった。スティーナ達が獲ったという鳥を中心とした料理で、森でとれたハーブで程よく味付けられていた。そして鶏肉を使ったスープ。持ち帰った中にあった小麦を使って柔らかいパンまで焼かれていた。

 トゥルーズの腕が良いのだろう、素朴に見える料理の数々だが、味は抜群だ。俺にはわからないが、細かく手を入れているらしい。


 そして食後、俺の育てたハーブの中でも特に疲労回復に効果がある、ラフレの葉のブレンド茶がリーラの手で振る舞われて、報告会が始まった。


「まず、ここに全員が無事な姿で揃っているのは領主として嬉しく思うわ。みんな、留守の間、ありがとう」


 サンドラの礼の言葉に、それそれが笑みを浮かべつつ反応を返す。


「まずは結果から報告ね。万事上手くいったわ。クアリア領主スルホの婚約者は無事に回復した。それどころか、アルマスは原因を突き止めて解決までしてくれたわ」


 全員が俺の方を見た。知った顔とはいえ、ちょっと緊張するな。


「別に大したことじゃ無い。できることをやったまでだ」


『お主、なんかかっこつけとらんか?』


『正直に言っただけです。実際、大したことはやってないですし』


 聖竜様がなんか言ってきたが気にしない。そういえば、昔も「かっこつけてる」とか言われたことがあった気がするな。なんでだ。


「アルマス様、今も聖竜様がいるのですね」


「ん、あ、まあな。別に怒ったりしていないから気にしないでくれ」


 むしろ上機嫌だ。リーラですら聖竜様がいるとなると恐縮した風になるのは流石は六大竜の偉大さと思うべきだろうか。

 サンドラは俺の両目をじっとみたあと、髪の毛をいじりつつ報告を続けた。


「面倒な事情もあるから説明は省くけど、隣街との関係は非常に強固になったわ。今回持ち帰った荷物はお礼の一部。今後も色々と便宜を図ってくれるでしょう。冬越しの食糧くらい呉れると思う」


 おお、と皆がどよめいた。冬か……先のことだが気にしておいて損はないからな。


「何より、大きな成果が二つあるの。一つは、隣町がここまでの街道を整備してくれることになったこと。そしてもう一つは、この地域は『聖竜領』と呼ぶことに決まったわ」


「聖竜領……」


 その場の何人かが異口同音にそう言った。

 異議を唱える物はいない。


『反対意見とかでないか心配じゃったんじゃが、平気そうじゃの』


『いや、なんでそこで不安になるんですか。世界を創造した六大竜でしょうが』


 ある意味もっとも偉大な存在だと思うんでけれど。


「道ですか。それはとても助かりますね。しかし、よくこの短期間に決められましたね。時間もお金もかかる大工事になると思うんですが」


 ロイ先生がそういうと隣のアリアが「たしかにー」と感想を言った。

 それについては、俺とサンドラで考えた方法があるのだ。


「道作りの工事は、この聖竜領からも人を出そうと思うの。アルマスとロイ先生ね」


「……なるほど。ゴーレムで工期と金銭を浮かせるわけですね」


 流石はロイ先生だ。すぐにこちらの意図を理解してくれた。


 彼の生み出すゴーレムは労働力として非常に優秀だ。俺が魔力を供給すればいくらでも準備できる上に、結構細かい命令まで聞いてくれる。


「スルホは金銭の心配はいらないと言ってくれたんだけれど、こちらとして何もしないわけにはいかないと思ったの。それに、領地として、できるだけ対等な関係でいたいし」


 現状、聖竜領はクアリアに頼り切りにならざるを得ないが、それでも出来ることはやっておきたいというのがサンドラの考えだ。


「俺もサンドラの考えに賛成だ。ロイ先生さえ良いならば……」


「勿論ですとも。前から考えていた手法を試すまたとない機会です。喜んで働きますよ」


 俺の言葉にかぶせるように、ロイ先生が握り拳で言ってきた。


「以上、報告はこんなところね。持って来た荷物についてはリーラに確認を。役に立つと思うから………」


 そこまでいうと、サンドラの上半身がふらりと揺れた。


「お嬢様、お休みになられた方が……」


 リーラが慌てて横から支える。無理も無い、行きも帰りも歩き通し、少し休んでそのままこの報告会だ。聖竜領のハーブティーを飲んでいても疲労はあるだろう。


「うん、そうさせてもらうわ。ごめんなさいね、頼りない領主で。先に休ませてもらっていいかしら?」


「ゆっくり休め。それと、一つ間違いがある。君は立派な領主だ。頼りなくなんかない」


 俺がそう言うと、サンドラは少し嬉しそうに笑みを浮かべてから、リーラに連れられて寝室に向かっていった。

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