第21話「聞き慣れない言葉だったのだろう、サンドラが不思議そうな表情をした」

 そこから先の展開は早かった。

 確保されたテトアは手早く聖竜様によって情報を洗いざらい吐き出された。

 聖竜様曰く、


『なんじゃ、こいつ使いっ走りじゃぞ。学者タイプの魔法士なんじゃが、立ち回りが下手でこんな真似をするはめになったようじゃ。とりあえず黒幕はじゃな……』


 聖竜様の教えてくれた貴族の名前を伝えると、スルホとシュルディアは納得したようだった。


 なんでも、シュルディアの姉に熱を上げている貴族の親らしい。主に権力的な理由で。

 恐らく、歳を重ねてシュルディアが健康になり、自分達の地位を脅かす存在になることを警戒したのではとのことだ。

 

 スルホとシュルディアはサンドラも交えて今後の対応について話し合い、それに丸一日かかった。

 

 テトアを捕らえた翌日の夕方、疲れた様子のサンドラが俺の前に現れるとこう告げた。


「疲れた……。家に帰ろう……」


 その一言で、俺達の帰還が決まった。

 既にそちらの話もまとまっていたらしく、荷馬に大量の荷物と、俺とリーラが背負うためのやはり大量の荷物が用意されていた。

 サンドラの疲労は一晩の睡眠とリーラの用意した俺のハーブで誤魔化して、速やかに出発となった。


「……実は、町で買い物なんかをするのを楽しみにしていたんだが」


 俺にとっては436年ぶりの人間の町だ。色々な店をみたり、人々を眺めるのを楽しみにしていたのだが、殆ど領主の屋敷から出れなかった。いや、食事は美味しかったので大変良かった。また来たいものだ。


「ごめんなさい。でも、領地のみんなが心配だから……」


「申し訳ありません、アルマス様。お嬢様は皆を巻き込んだと思っており、大変気にかけておりまして。もっと情勢が落ち着けば町に気安く行き来できると思いますので……」


「そういうことなら問題ない。町ならいつでもいけるさ」


 きっと、サンドラはクアリアの町にいる間、残してきた領民のことを気にかけていたのだろう。実際、あそこは未開の地だ。多分何事も無いが、俺も保証しきれない。


「うん、町ならいつでも行ける。アルマスのおかげで良い報告ができることになったから。野営の時にでも話すわ」


 爽やかな朝日が差し込む中、俺の隣を歩きつつ、サンドラは楽しそうにそう言った。


○○○


「今回のことで、大きな収穫がいくつもあった。アルマスにはどんな礼をしても足りないくらい」


 クアリアの町を出て最初の野営。焚き火を囲んで食事を終えた後、サンドラは話を始めた。

 真っ直ぐな視線で俺を見た後、若き領主はゆっくりと頭を下げて俺に謝意を示す。


「急いで町を出たのは心配なのもあるけど、この報告を早くしたいからというのもあったの。きっと、皆喜ぶから」


 顔を上げて、にこやかに言う。大人びた雰囲気の中に、年相応の快活さが一瞬だけ混じった。


「具体的にはどんな成果があったんだ?」


「私も気になりますね。お二人とも、お茶をどうぞ」


 リーラの淹れてくれたハーブティーを飲みながら、サンドラの報告が始まる。


「まずはクアリアの町と友好かつ強固な関係が築けた。これは大きい。第二副帝の娘であるシュルディア姉から信頼も得られた。わたしの立ち回り次第だけど、実家の介入しにくい状況を作る最初の一歩が出来た」


「サンドラの実家というのはそんなに厄介なのか?」


「利があると見れば、わたしを追い出すなり何らかの行動を迷わずとるのは間違いない。ここが辺境で、情報が中央に伝わるのが遅いのを上手く利用するしかないわ」


「流石はお嬢様。そこまで考えていたとは」


 リーラの言葉にサンドラが頷く。本当に十三歳とは思えないな。


「あと、アルマスが作ってくれたポプリだけど。あれを使うと獣害がぴたりと止まるそうなので、今後も量産を頼まれた。一応、アルマス以外が作ったものはそんなに効果が無いと思うと伝えたけれど……」


「それでいい。俺が育てたものとそれ以外は区別するべきだろう」


 竜が育てたというのはそれだけ特別だ。アリア達が作ったハーブでは同様の効果は得られないだろう。


「これから色々と収穫されてから研究することになるけれど、領地の特産品の目処もできた。取引先はクアリアの領主」


「明るい話題ですね。金策は入植当初から悩みの種でしたから」


 サンドラが癖毛をいじりながら更に続ける。


「更にもう一つ。街道を作ってくれることになった。私達との取引を円滑にするために。シュルディア姉と一緒に動いて、早い内に工事が始まるはず」


「凄いじゃないか。街道とは」


 道ができるということは、本格的な人の行き来ができるようになるということだ。街への日程も短縮されるだろう。

 しかし、かなりの大工事になるだろうに、それを約束してくれるとは。


「サンドラ、君は本当に頑張ったんだな……」


 これだけの約束をとりつけるとは、いくら領主の悩みを解決したとはいえ、難儀したことだろう。


「わたしは領主だから。できる限りのことをするだけ。そして、一番大事なこと。領地の名前が決まったわ。聖竜様とアルマスさえ良ければだけれど……」


「何で俺達に聞くんだ?」


「領地の名前は『聖竜領』にしようと思うの。領主はあくまで聖竜様に認められた仮の責任者。そんなところ」


「いいのか?」


「聖竜様がいいならば、是非ともそうしたい。実際、聖竜様とアルマスがいなければ、わたし達はもっと困っていたから」


 これは俺達の存在を最大限尊重してくれるという意味だろう。

 ここは上司に直接聞くべきところだ。


『どうなんですか? 聞いてたでしょう?』


『え? ほんとにワシの名前使ってくれるの? 地図とか載っちゃう?』


 なんか滅茶苦茶喜んでるな、聖竜様。


「……どうなの、アルマス」


 俺の目の変化に気づいたのだろう、心配顔でサンドラがこちらを覗き込んでいた。


「聖竜様はとてもお喜びだ。聖竜領を今後も盛り上げてくれ。若き領主サンドラよ」


 聖竜様が俺以外に話しかけられなくて幸いだった。どうにか厳かさに取り繕える。


「そうか。それは良かった。とはいえ、盛り上げるのは自信がないな……」


「どういうことですか、お嬢様?」


 リーラが怪訝な顔をした。

 それにサンドラが苦笑しながら言う。


「白状してしまうと。わたしは聖竜領を大都会にするつもりはないの。権力争いだとか、勢力争いだとか、そういうのから少し離れて、穏やかに暮らせる場所にしたい。それが、リーラにも話さなかった、わたしの本心」


「お嬢様………」


「ごめんなさい、リーラ。これがわたしの考えなの」


「謝ることなどありません。私も、今のお嬢様の方が生き生きとしていて嬉しいですから」


 なにやら主従が目の前で満ち足りた様子になってきた。まあ、仲が良いのはいいことだ。


「スローライフだな」


 聞き慣れない言葉だったのだろう、サンドラが不思議そうな表情をした。


「それは、どういう言葉かしら?」


「聖竜様が教えてくれた。田舎で、穏やかに、ゆったりと過ごすことだそうだ。妹のアイノが帰ってきたとき、そんな暮らしをできるようにするのが俺の目的だ。……つまり、俺達の利害は一致しているな」


 しばらく呆気にとられたサンドラは、それから楽しそうに微笑んだ。


「そうね。それはとても幸せなことよ。これからもよろしくね。賢者アルマス」


「ああ、よろしく頼む。若き領主サンドラ」


 満天の星空の下、焚き火が爆ぜる音を聞きながら、俺とサンドラは改めて握手を交わすのだった。

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