第20話「こういうのは気分も大事だ。ちょっと楽しい」
「来ました。予定通りです」
「よし、そのまま様子見だ」
「二人はなんでわかるの? 壁の向こうよ?」
スルホの屋敷内。応接の横の部屋。そこは広い物置であり、ある仕掛けがある。
なんと、中から隣の応接の会話が聞けるのだ。なんでも昔の領主が作った盗み聞き用のスペースだそうだ。
何度かあった改装で壁が厚くなってしまっているが、俺とリーラの聴力なら十分聞き取れた。
「私は戦闘メイドとして聴覚を敏感にする訓練も積んでおりますので」
「俺は竜だからな。色々と感覚を鋭敏にすることができる」
「どっちも真似できそうにない。異常があったら教えて……」
俺とリーラの言葉に、サンドラは何かを諦めたようだった。
俺達は怪しい魔法士を捕らえるため、ここに隠れている。
あの後、シュルビアの側近に事情を話し、一芝居うつことになった。側近は信頼できる人物で、シュルビアの様子を見て凄く喜んだ上で協力を約束してくれた。
一芝居というのはこれから始まる。テトアという魔法士はすでに応接室にいる。
「こちらでお話を……」
ドアが開く音と、声が聞こえた。
「おいおい、どういうことだ?」
一人は女性。一人は男性。始まった。
「ここは来客用の応接室で、盗み聞きされません。シュルビア姫様のことでおかしなことになっているのです」
「おかしなことですと?」
「はい。なんでもサンドラという領主が連れてきた魔法士が姫様を治療したというのです。しかも、テトア様を怪しんでいるようで……」
「なんだと! どういうことだ。サンドラといえば、辺境に追放されて大した魔法士も抱えていないはずだが……」
残念ながらその認識は間違いだ。ロイ先生はかなり大した魔法士だぞ。魔力以外。
「私には詳しいことはわかりません。しかし、テトア様が疑われているのは確かなようです。これまで姫様に尽くしてくださったテトア様に猜疑の目を向け、どこの馬の骨ともわからない魔法士を信用するなどと、私には姫様がわかりません」
側近はなかなか演技派だった。あと、どこの馬の骨ともわからない魔法士という意見には賛成だ。
「うまくいきそう……?」
「わからん」
小声でサンドラに答えた。
このやりとりは一種の賭けだ。
この後このテトアとかいう魔法士が、直接スルホ達のところに行くかも知れないし、サンドラに危害を加えるかも知れない。
上手く尻尾を出すまで、俺達はずっとこの男を監視せねばならないのだ。
「…………情報を教えてくれてありがとう。しかし、うかつに騒がぬように。こちらにも手段がある。今は仕事に戻りなさい」
魔法士テトアはじっくり考えた後で、そう答えた。
感情までは読み取れなかったが、それなりに次の手を考えつつある者の言い方に思えた。
「承知しました。テトア様もお気をつけて……」
そういって側近が部屋から出ると、テトアはやや足早に続いて部屋を出た。
「上手くいったなこれは。これから監視だ」
「ですね。お嬢様、説明の必要は?」
「ない。二人の様子を見て大体わかった。あとは尻尾を出すのを待ちましょう」
意外にも、その尻尾は簡単に掴むことができた。
事態に変化が起きたのは、その日の夜半である。
○○○
スルホの屋敷は広い。俺はテトアの部屋の近くにあった空き部屋で、じっと監視をしていた。まあ、魔力を探れば自室にいてもできるんだが、こういうのは気分も大事だ。ちょっと楽しい。
そして、夜もすっかり深まった時刻、テトアが室内で動く気配がした。
「…………」
耳の感覚を鋭敏にする。室内で何かを用意する音、そして扉を開く音。そっと足音を立てずにどこかへ行く音が順番に聞こえた。
領主の屋敷内とはいえ、深夜ともなれば明かりは殆ど落とされている。
気配が十分遠ざかったのを確認し、物置の扉の隙間を覗くと、魔法の明かりをつけながら歩き去るテトアが見えた。
「思ったより行動の早い奴だ」
恐らく、それなりに優秀なのだろう。
俺は主立った面々に声をかけるため、そっと外に出た。
魔力の見える俺にとってテトアの行き先と場所を探るのは簡単だ。
サンドラとリーラ、それとスルホに声をかけて全員で外に向かう。念のため、屋敷にいた護衛にもひっそりと配置についておいてもらうことにした。シュルビアも来たがったが病み上がりなのでそこは遠慮して貰う。
テトアは屋敷の裏側、一番人気のないところにいた。
その左手には小さな魔法の光を灯す魔法具があった。日常使いに便利な奴だ。
安心しきっているのか、テトアは周囲を確認することもなく、懐に手を入れ、何かを取り出した。
「……リーラ、何が見える?」
「鳥の形の小物のように見えますね……」
隣でサンドラとリーラが小声で話すのが聞こえた。
テトアの手にある物は俺にもよくみえた。
「あれは魔力を通して命令すると特定の相手まで飛んでいく連絡用の魔法具だ。俺の生きた時代にもあった」
「それはなかなかの品ですね。ここで止めて、捕まえたい……」
「わかった」
スルホの発言に、俺は即答で答えた。
別次元、聖竜様の領域から杖を取り出す。
先端を連絡用の魔法具に向け、魔力が上手く働かないように操作する。
別に杖がなくてもできる技だが、こちらの方がより精密に狙いを定めることができる。
「あれ……おかしい、どういうことだ? 魔力は通っているはずだが?」
テトアが戸惑う声が聞こえてきた。
上手くいったみたいだ。
俺がテトアを指さしながらスルホを見ると、彼は頷いた。
よし、いくとするか。
「悪いが、少し細工をさせてもらった。その魔法具は飛ばない」
「…………っ。お前か、話に聞いた魔法士というのは」
ローブ姿のテトアは、何とも地味な顔つきの男だった。特徴がないのが特徴、みたいな感じだ。
「その通り。話が早くて助かる。お前がやった魔法具の仕掛けもわかっている。ここの領主は寛大だから、素直に掴まって色々白状すれば悪いようにはならないと思うが?」
俺が警告している間に、サンドラとスルホとリーラがすぐ側までやってきた。
「魔法士テトア、そちらのアルマス殿が言うとおりだ。素直に謝罪と贖罪の道をいくならば悪いようにはしない。保護することもできる」
スルホの勧告に対する反応は早かった。
「いや、それは無理だな。全てを白状すれば私はただでは済まない。こんな辺境の地で過ごすのもご免だ……っ」
そう言って、テトアは素早く、だが正確に呪文を紡いだ。右手を前にこちらに向ける。
聞き取った呪文から察するに、火炎系の魔法。俺達を牽制し、逃亡するつもりか。
「やらせないぞ」
俺は一言と同時に、杖でテトアのいる方向の空間を叩く。
創造の竜の力の本質は魔力の制御だ。魔力を自在に操り、色々な奇跡を起こす。
操るというのは、魔力の変化を止めることもできるということだ。
そう、先ほどの魔法具のように。
「……くらえっ! …………ん?」
一瞬だけ、テトアの手から火が出たが、すぐに消えた。
「お前の放出した魔力を無効化した。俺の前で魔法は使えない」
「馬鹿な。そんな真似が……。どういうことだっ」
想定外の事態に慌てるテトア。次の呪文を紡ごうとするが、この場の者がそうはさせない。
「リーラ、行け」
「はい……」
「くそっ、なんで魔法がっ……ごふっ」
サンドラの命令で動いたリーラが一瞬でテトアの後ろに回り込み、首筋に一撃を打ち込んで昏倒させた。
見事なものだ。慣れた者でないとこうはいかない。
「お嬢様。確保しました」
「ご苦労さま。スルホ、これでいい?」
「あ、ああ。魔法士をこんなに簡単に制圧するとはね……」
何やらスルホが驚いている。俺はできることをやっただけなんだが。
「このまま部屋に戻って詳しく調べましょう。……聖竜様のお力を借りることになりますが」
いいですか、という問いかけに俺は頷く。
『聖竜様、起きてますか? 力を借りることになると思います』
『ん、ああ、起きとるよ。あっさり終わったもんじゃのう』
『戦い慣れてない魔法士なんてこんなものです』
恐らく、テトアは荒事に慣れていない魔法士だ。工作員にしても隙が多すぎる。
あとは詳しい事情だが、これは本人に聞くしか無いな。
「大丈夫だ。聖竜様も力を貸してくれるそうだ。行こう、茶の一杯も飲みたい」
春とはいえ、夜は寒い。少し暖まりたいものだ。
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