第19話「いきなり聖竜様の声が聞こえてきた。ちっ、まだいたか」

 俺の提案通り、その場で話し合いをすることになった。


 それとは別に、スルホの指示で飲み物と軽食が運び込まれる。主に彼の婚約者のためだ。


 ほとんど食べていなかったらしいシュルビアは嬉しそうにしてから「失礼致します」と断って、病人用のベッドの上で静かに小さく切られた林檎などを口にした。


「体調が良いというのは、素晴らしいことですね……」


「シュルビア、このまま話し合いをしても大丈夫かい? 良くなったとはいえ、寝込んでいたのだから」


「平気よ。それに、アルマス様は私を心配して言ってくださったし。ここにいる人達で出来るだけ早く話すべきことだわ」


 少し顔色が良くなったシュルビアが強気に発言をした。そこには病弱な印象とは別の性質が見え隠れしているように思える。


「アルマス。まずは説明してくれない? あれだけはっきりと言うのだから、根拠があるんでしょう?」


 サンドラの言葉に俺は頷く。


「シュルビアの体調不良の原因だが、体内の魔力の活動を乱されたのが原因だ。魔物から感染する病気や補助魔法の乱用、大魔法の発動後なんかに見られる現象に近い。ただ、シュルビアの場合、わざと魔力を乱された形跡のようなものがあった」


 俺の見たシュルビアの魔力の流れと体調不良は、この手のものとしては大分軽かった。

 人間だった時に何度か見たものはどれももっと酷い症状だった。

 なにより、シュルビアは立場的に魔物だとか大魔法と縁があるとも思えない。


「なにか、身の回りに医療目的の魔法具は無いか?」


 魔法具というのは宝石や金属などに魔法陣を書き込んで、繰り返し魔法が発動できるようにしてある道具のことだ。明かりだとか火付けなど、簡単な用途のものが多い。

 現代でも昔と変わらず存在し、サンドラ達の荷物にも簡易的なものがいくつかあった。


「……。あの、これは?」


 枕元に置かれていた丸い護符をシュルディアが俺に見せてきた。中央に白い水晶がはまっている。


「これを持って呪文を唱えると、私の魔力が魔法具にうつり、綺麗になってから体内に戻されると言われています。実際、体調が良くなることもあったのですが」


「見せてくれ……ふむ……」


 手の平に収まる魔法具をじっと見て、そのまま分解する。

 金属の板を会わせただけの魔法具で簡単に二つに分かれた。


「なるほどな。これはシュルビアの言うとおりの魔法具だ。魔法陣に手が加えられていなければな」


 分解した板の中には精密な魔法陣が描かれている。複雑だが、簡単な部類だ。そのままだと健康にちょっと良い程度の効果を発揮するが、問題は後から書き加えられた箇所があることだ。


「手を加えられている? それでは、これにシュルビアの体調を悪くする効果があったのですね」


「いや、両方だな。体内の魔力をほんの少し良く流したり、悪くしたり。これを描いた者の都合で変えられるようにしてある」


 恐らく、シュルビアがこれを常に持つようになるくらいまでは正常な効果の魔法陣にしていたのだろう。

 その後、仕込んだ者の都合に合わせて、魔法陣の効果を逆転させた可能性が高い。

 

 体内の魔力を操る魔法は人間には難易度が高い。この魔法具はそれなりの知識がある者が作成したはずだ。


「俺の見立てでは、この魔法具を用意した者が怪しい。ただし、理由はわからない。そちらの知識は皆無だからな」


 俺がそういうとスルホが言葉を続けた。


「シュルビアは小さな頃は病弱でしたが、15歳になるころにはそれなりに元気になっていました。このまま成人すれば元気になるかと思っていた矢先にということでしたので……」


 なるほど。それを面白く思わない者がいたのだろう。権力者にはありそうな話だ。


「つまり、私もいつの間にか権力争いに巻き込まれていたのですね……」


 寂しそうに言うシュルビア。彼女の中では容疑者がいくつもあがっているのだろう。


「相談というのはここからだ。これからどうするべきだ? シュルビアが元気になりました、とはいかないと思うのだが」


 その言葉にはサンドラが答えた。


「シュルビア姉様が権力争いから逃れる方法が一つあるわ。権力から遠い、辺境の町に住むこと。この町とかね。スルホもわかっているのでしょう?」


 その言葉にスルホがちょっと照れながら反応する。


「それは、そうなんだけどな……。この場で堂々と宣言するのがちょっと」


 どうやらスルホもわかっていたらしい。それを見て呆れたのがシュルビアだ。


「婚約までしているのに今更何を恥ずかしがっているの。むしろ、有り難い話じゃない」


 このお姫様、元気になったら儚い印象が吹き飛ぶくらいの強さがあるな。これは健康になったら警戒されるわけだ。

 ともあれ、方向性は決まっているようだ。


「シュルビアを上手いこと理由をつけて、この街に早めに住まわせることは可能なのか?」


「はい。既に婚約していますし。理由をつけることはいくらでもできます。シュルビア、予定より早くなるけどいいのかい?」


「言ったでしょう。むしろ有り難いって」


 この二人に問題はなさそうだ。既に仲睦まじい。

 すると、後はもう一つの懸念だ。


「あとはこれを仕込んだ犯人をどうするかだが」


「私の今回の旅に魔法士が同行しております。数年前にどこかの貴族に推薦されて雇ったとお父様が言っていました」


 そいつが容疑者だな。さて、どうするか。

 そこで声をあげたのはサンドラだ。彼女はいつものように金髪をいじりながら語る。


「対応策だけど、試してみたいことがあるの。……リーラ、頼める?」


「頼まれますが。どうやって証明するのですか、お嬢様?」


 リーラの怪訝な言葉にサンドラが答える。


「普通に情報を流して、泳がせてみましょう。スルホとアルマスにも協力して貰えばいけると思う。あとはその魔法士の背後関係を暴きたいけれど……」


「聖竜様に頼むのはどうだ?」


 俺の提案に、サンドラが驚きつつも頷いた。


「いいの? 確実だとは思うけど」


『聖竜様、お願いできますか? 多分、悪人の心を覗くことになりますけれど』


『なんじゃ。ようやく話しかけて来たと思ったらそんなことか。まあ、よかろう。お前を通して見る町の景色が面白かったからのう』


 聖竜様は俺を通して久しぶりの人間世界を楽しんだらしく、上機嫌だった。


「大丈夫だ。聖竜様も協力を約束してくれた」


「あの、今のアルマス殿の目は? それと聖竜……様とは?」


 なにやらスルホとシュルビアが驚いている。そういえば、二人は初めてみたのか、この俺の目を。


「アルマスは聖竜様と会話している時だけ、目が金色になる。そして、聖竜様は人の心を覗くことができる。わたしも最初にあった時、同じ事をされ、領主として認めて貰った」


「言うなれば、『聖竜の試し』といったところだな。聖竜様が判定するのだ。駄目だと言われれば俺も逆らえない」


「……なるほど。ではまず、私にもその『聖竜の試し』をお願いします」


 少し考えた後、スルホがなんだか突然そんなことを言い出した。


「いや、いいことないぞ。心の中とか記憶を覗かれるし。聖竜様の独断で勝手に判断されるし。普通に気分悪いと思う」


『お主、上司が聞いとるのに好き放題言うのう……』


 いきなり聖竜様の声が聞こえてきた。ちっ、まだいたか。


「シュルビアを治すため、アルマス殿を遣わしてくれたお礼をいいたいのです。それに、すぐ隣でサンドラ達が開拓する以上、信頼関係を作っておきたいという領主としての打算もあります」


 ふむ。当たり前だが、領主というのは色々考えているものだ。きっと正直に俺に言うのも、信頼を得るためなのだろう。


「……あの、でしたら私も。その、あの…………妻ですから。予定ですけど」


 なんだか赤面しながらシュルビアが小さく手を上げて言った。ほんと、結婚前から仲のいいことだ。


「わたしとしても自分の事情があるから、クアリアの町と強固な関係があるのは有り難いわ。勿論、打算だけれど?」


 悪戯っぽく、サンドラが言った。喜びが滲み出ている。知り合いとの関係が強固になること、第二副帝の娘と縁が強まったこと、何より知人を助けられたこと。色々な喜びが一度にこみ上げているのがよくわかる。


『だ、そうです。聖竜様、お願いできますか?』


『自分から進んでとは、変わっておるのう……。どれ、やるとするか』


 聖竜様の言葉と同時、スルホとシュルビアが白い光に包まれた。


 当然だが、聖竜様は「こいつは駄目じゃ」とは言わなかった。

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