第18話「つまり妹……。いや、今はよそう」

 クアリアの町には予定通り三日で着いた。

 周りの景色が変わったのは三日目の朝だ。それまでの山間の細い道や、鬱蒼とした森という景色が様変わりした。


 見えたのは一面の草原と農地。

 クアリアの町は周辺の都市に食糧供給を行えるくらい農業や牧畜で栄えた土地であるとサンドラが教えてくれた。


 石造りの壁に囲われた町は規模が大きく、活気がある。

 入り口の兵士はサンドラとリーラを見て驚いた後、すぐに中に入れてくれた。俺に対しての質問には「領民の一人だ」で特に疑われなかった。


「何の問題も無く町に入れたな……。もっと警戒されるものかと思っていた」


「それはありません。サンドラ様のことは領主であるスルホ様からすでに周知されております」


「スルホは優秀かつ慈悲深い人よ。わたしを心配して色々取りはからってくれているの。それに、現状だとわたし達は警戒されるような脅威では全くないしね」


 サンドラの言い方は自虐というか、事実をそのまま言っている感じだった。二人の語りぶりから察するに、スルホというここの領主は悪い人物ではないのだろう。


「外の農地や牧場もよく整備されていたな。柵だけでなく、見張りの兵士までいた」


 結構な種類の作物が並ぶ市場を横目に言う。実際、町の外も中も、大した物だ。

 中心部に向かう内に地面は石畳になったし、建物も立派なものが多い。大きな荷物を背負った行商人らしき者とも結構すれ違う。


 クアリアの町はなかなか活気のある場所だと、俺はそう認識した。


「ここは農業と畜産が主要産業だからね。そこにお金をかけているわ。あとは四方の町への道もよく見張っている。うん、たしかに、ダン夫妻が言うようにアルマスのポプリが役立つかもしれない」


「言われて作ってきたが、納得だ」


 ここに来る前、ダン夫妻から「魔物避けのポプリをできるだけ作って持っていってください」と強く言われたのでその通りにしていた。

 なんでも、道中で一度も獣に遭遇しなかったどころか、この町の農家に試してもらったところ、効果が抜群だったらしい。


 本来ポプリは室内用なので誰もが半信半疑だったのだが、効果を知ったダン夫妻は「これは売れます」と確信していた。

 獣や魔物は畑や家畜の大敵だ。その対策として売り込めるだろう。

 問題は、このポプリは俺が作ったハーブを使っているので竜の気配で獣を避けているという点にあり、あまり量産向きではないことだが。現状は貴重な売り物として使うしかない。


「まずは商売の話ができる状況までもっていけるかどうかだけど……。アルマス、自信は?」


「見てみないと何ともいえないな。魔法に関することなら、何とかなるかも知れないが……」


 問題である領主の婚約者の病気については未知数としかいえない。

 俺は医者じゃない、病人を癒すよりも、土地をいじる方が得意なくらいだ。何の確約も出来ない。


「アルマス様、あちらがこの街の領主。スルホ・ヤネーバ様のお屋敷です」


 しばらく歩いていると、馬を引いていたリーラが立ち止まり、そう教えてくれた。

 少し先に、綺麗に整備された広場とその向こう側にある大きな屋敷が見えた。

 煙突が何本も生えた屋敷は、サンドラ達の住む建物より、重厚な印象を受ける。


「立派な建物だ。さて、上手くいくかどうか……」


「その、頑張ってくれると嬉しい。でも、無理はしないで」


 金髪の端っこをくるくるといじりながら、サンドラが小声で俺に言ってきた。


○○○


「はじめまして。スルホ・ヤネーバです。このクアリアの町を任されております。アルマス殿、お会いできて光栄です」


 栗色の髪に柔和な笑み。それでいてがっしりした体つきの好青年。

 クアリアの領主、スルホ・ヤネーバはそんな印象の人物だった。

 年齢もまだ30に達していないだろう。なんでも、父が早くに亡くなり、この領地を受け継いだらしい。

 ここに来るまでの町の様子を見るに、優秀なのだろう。


 彼は俺達が応接の中に通されて、すぐに来た。期待の程が窺える。


「アルマス・ウィフネンだ。詳しくはサンドラの手紙にあったと思うのだが。色々と込み入った事情でサンドラに協力している。……おっと、すみません。敬語を忘れていました」


 危なかった。聖竜様以外には敬語なんて使わなかったから忘れていた。

 サンドラの立場的に俺も敬意を見せた方がいい相手だろう。


「敬語は結構です。貴方はある意味でサンドラの友人なのですから」


 俺の心中を察してか、スルホが笑いながら言った。

 そして、サンドラとリーラを見る。


「久しぶりだね、サンドラ。少し逞しくなったようだ。リーラも元気そうで何より。どうやら順調なようだね」


 まるで優しい兄が語りかけているようだった。

 リーラは静かに頭を下げ、サンドラは軽く笑みを浮かべつつ答える。


「手紙の通り。スルホのおかげで何とかなっているわ。そのお礼も兼ねて、アルマスと一緒に来たの」


「ああ、本当に来てくれるとは思わなかった。本当にありがとうございます。賢者アルマス、『嵐の時代』を生きた人よ」


「そこまで知っているのか。そうか、サンドラだな」


「ええ、妹同然に思っていた子が魔境に行くと言い出せば、詳しく話を聞くしかないでしょう」


 妹同然か、これはかなり信頼できるような相手だな。確信した。

 スルホは本当にサンドラのことを気にかけてくれているということか。

 これは俺も頑張ってみよう。


「さて、早速だが。先に用件に入ろう。その婚約者を見せてもらっても?」


 俺が本題に入ると、スルホの顔から穏やかさが消えた。


「ついて早々、すみません。でも、ありがたいです。こちらへ」


 そう言うと、クアリアの町の領主は厳しい顔で立ち上がり、俺達を別室へ案内した。



○○○


 既に人払いが済まされていた部屋に彼女はいた。


「彼女がシュルビア。僕の婚約者です」


 美しい女性だった。亜麻色の髪に褐色の肌。痩せている、というかやつれている顔は何かの芸術品のように整っている。

 病床にあるおかげで儚さと美しさが同居しているような女性が、スルホの婚約者だった。


「……お久しぶり、サンドラ。話は聞いているわ……」


「シュルビア姉、こちらがアルマスよ。医者では無く魔法士になるので期待に応えられるかはわからない」


 ほう、サンドラにとってシュルビアは姉のような存在なのか。つまり妹……。いや、今はよそう。親しい者を救いたいという気持ちに応えなければ。


「スルホの無茶に付き合わせてご免なさい。ちょっと調子が悪いだけなのに……」


「ちょっと調子が悪いという風ではすまないように見えるが……うん、わかったぞ」


 俺がそう言うと、周りがいきなりざわついた。


「アルマス殿、何がわかったのですか? まだ何もしていないように見えましたが」


「見たさ。シュルビアの体内の魔力がおかしくなっている」


 聖竜の眷属としての目で見れば簡単なことだ。

 シュルビアの魔力はおかしな感じに澱んでいる。大抵の場合、魔力は血液のように身体の中を循環して、上手い具合に流れを調節しているのだが、それがおかしい。


 一部の獣などでこれが酷くなると魔物になったりする。症状としては非常に軽いが、長く続くのは辛いだろう。

 ちなみに、俺の妹アイノはこれとは別症状で、どうしようもなかった。


 俺は聖竜様の領域から杖を取り出す。それを見たスルホが驚く。


「え? 何もないところから杖が?」


「聖竜様の次元……おわすところに置かれているんだ。よし、治すぞ」


 そういって杖をシュルビアの額に置く。

 前にロイ先生の精神を落ち着けたときと同じく、魔力に干渉を開始。

 一度杖の中に彼女の魔力を取り込んで、綺麗にしてから戻した。


 寝込んでいるとはいえ意識があって話せたくらいだ。そんなに難しいことじゃない。

 シュルビアの全身と杖が白い輝きに包まれた時間は一分もなかった。

 そんなわけで、あっさりと俺の治療は終わった。


「どうだ? 多分、すぐに効果が現れるはずだが」


「あの……物凄く体調がよくなりました。意識もはっきりしていますし、だるさも感じません」


 どうやら、上手くいったようだ。


「よし、治ったぞ」


 俺がそういうと、あからさまに表情を明るくしたスルホ。驚いているリーラ。微妙に睨み付けてくるサンドラが目に入った。


「サンドラ、なんだその表情は? 言われたとおりにしたぞ」


「行動が早すぎる。もっとわたし達に説明してから治療にうつってほしい。いきなり杖を出すのも場所によっては危険なのよ」


「む、そうだったのか……」


 そういえば、シュルビアは第二副帝の娘だったな。護衛でも近くにいれば斬りかかられていたか?


「いえ、いえいえいえ。とんでもない。サンドラの連れてきた方が悪人のはずがないし、事実こうして元気になったのですから。シュルビア、本当に元気になったのかい? 確かに顔色は良いけれど」


「ええ、こんなに気分がいいのは何年ぶりかというくらい。恥ずかしいのですが、お腹が空いてるくらいよ」

 

 先ほどまでの様子が嘘のように、顔色をよくしたシュルビアが起き上がりながらいった


「ほとんど何も食べられなかったのに……。サンドラ、アルマス殿、お礼の前に、他の者に伝えても……」


 嬉しさで次々と行動を起こそうとするスルホを俺は手で制した。


「いや、申し訳ないが、その前に話しておかなければいけないことがある。シュルビアの症状は、人為的なものだ。皆に伝える前に、色々と相談した方がいいだろう」


 俺がそういうと、その場の全員の表情が厳しいものへと一気に変わった。

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