第17話「その先祖とやらに苦情を言いたいが、目の前に子孫しかいない」

「森から離れたのは久しぶりだが、あまり代わり映えのしない景色だな」


 起伏のある道と木々を見ながら、俺は呟いた。


「国内ではずっとこの辺りも魔境と呼ばれていたわ。言い伝えが恐すぎて、誰も近寄らなかったの」


「細いですが道があったのが何よりでした。私達が何度か行き来したおかげで、多少は歩きやすくなっていますし」


 横を歩くサンドラとリーナが俺に話しかけてきた。

 俺達は三人揃って、隣街への道を歩いていた。

 道といっても殆どないようなものだ。何とかわかるそれっぽい地面と、つい最近できたダン夫妻達の行き来した後が唯一の目印。


 多分、四百年以上前に俺がアイノと共に歩いた道の名残だろう。あの時はまだしっかりした道があった。


 当時からすれば、想像もつかない人間と共にここを歩くのは少し不思議な感じだ。

 

「お嬢様。身体の方は大丈夫ですか?」


「ええ、荷物は馬に持たせて貰ったから、おかげで楽をさせて貰っているわ」


 そう言うサンドラの表情には余裕があった。日々の農作業で鍛えられたのだろう。ちなみに前は荷車にできるだけ乗ってきたそうだ。

 ちなみに今回の街行きにも馬が同行している。往復させるのは悪いが、我慢して貰おう。


 ダン夫妻一行の帰還から二日がたっている。

 

 二日間でどうにか領地の開拓をロイ先生を中心にできるように整えて俺達は出発した。

 正直、現時点でサンドラと俺が森を離れるのは良くないのだが、これには事情がある。

 

「隣町の領主から、俺達を呼び出し。緊急か……」


「手紙の表にも『至急』とあったのでその場で確認して良かったわ」


 なんでも、隣町の領主から俺に頼みがあるそうだ。


「何度も言うが、保証はないぞ。俺は医者じゃない」


「向こうも承知よ。僅かな可能性にでもすがりたいのでしょう。婚約者だから」


 俺は隣町の領主の婚約者を診ることになっている。

 

 なんでも原因不明の病で苦しみ、ここ数年は特に酷いらしい。

 症状は食欲不振を初めとした体調不良で、すぐにどうこうなるような状態では無いが、ずっと続いているそうだ。

 薬と魔法の両方で対処しているが、効果は薄いとのこと。


 そこにサンドラの手紙に俺のことが書かれていて、という流れらしい。


「婚約者が国のお偉いさんの娘とは、隣の領主はなかなかやるな」


 クアリアと呼ばれる隣町の領主は、国家のなかでもかなり上位の人物の娘と婚約しているらしい。

 それを知るサンドラは手紙を見るなりすぐに動いたという次第だ。


「婚約者は第二副帝の何人もいる娘の一人よ。病弱な上に上に何人もいるからこそ、こんな田舎の方に嫁ぐことが許されているの。つまり、政治的には重要な立場じゃ無い。でも、その婚約者は第二副帝から可愛がられているの」


 なんでも、聖竜の森のあるこの地域はイグリア帝国と呼ばれる巨大な国家に属しているらしい。

 二百年くらい前に周辺の小国家を統一し、戦乱を終わらせて平和な時代をもたらしたそうだ。


 広大な領土を持つイグリア帝国では一人の皇帝と二人の副帝が分割して統治しているという。


 今回、そのとてつもない権力者の娘を助けることが出来るなら、サンドラ達にとても大きい利益をもたらすのは想像に難くない。


「上手くすれば後ろ盾を得て、もう少し動きやすくなるかも知れないわ」


「なるほど。打算的だな。サンドラ」


「アルマス様。お嬢様はこう言ってはいますが、親切にしてくれた方をお助けしたいのが本音です。その婚約者の方とも縁がありまして、まるで姉のように……」


「リ、リーラ。余計なことを言わないでっ」


「失礼しました」


 悪びれた様子もなく謝罪するリーラ。

 それを楽しく眺めていると、サンドラが怒りながら言ってきた。


「なによアルマス。わたしがそんなに面白い?」


「ああ、なかなか面白い」


 はっきり言ってやったら、すねたらしく、しばらく喋ってくれなくなった。



○○○


 ある程度の距離を歩くと、夕方になる前に、焚き火の跡を見つけた。

 先日のダン夫妻一行の野営跡だ。

 暗くなってからの道行きは危険なので、今日はその場で野営となった。


 俺とリーラがその辺りで落ちた枝などを拾って、手早く火を起こし、軽く夕食をとった。

 パンやチーズといった保存の効くものの簡素な食事だが、とても美味い。油断すると涙がでる。


「ふぅ……一息ついたな」


 焚き火に当たりながら、のんびりお茶を飲む。

 既に時刻は夜、空を見上げれば夜空が綺麗だ。これならしばらく天気は持つだろう。


「この分なら、予定通り三日でクアリアの町に到着するだろう」


「それはなによりです。お嬢様も思ったよりも疲れていないようですし」


「ああ、アルマスのハーブのおかげね。これ、本当に依存性とか中毒性はないのよね?」


「ない。文句を言うならサンドラにだけ飲ませないようにリーラに頼むぞ」


「それは困るわ。でも、あまりにも効果が劇的すぎて……」


「俺が育てたことも影響しているだろう。竜が育てたものは特別だ。おそらく、君達が森の中の畑で作ったものは、ここまで極端なことにならないはずだ」


 感覚的に人間のままの部分が多いため、実感が薄いが、そういうことになるらしい。特に俺は六大竜の一つの眷属だから力が強く、作り出した物に特殊な影響が出てしまう。


「下手をすれば、効果が弱い方が商品として利用しやすいかも知れないわね。……さて、眠くなる前に本題を話していいかしら?」


 突然、サンドラが真面目な顔になった。となりのリーラも静かに目を伏せる。


「もっと早く話すべきだと思っていたんけれど。……わたしの事情についてよ。聖竜様から聞いているかもしれないけれど」


 癖のある金髪を指先で触りながら、サンドラは小声で言った。


「いや、君の口から聞くべきだと思ったので、聖竜様からは聞いていない。話してくれるなら、嬉しい」


 俺の言葉に、何故かリーラが微笑んだ。


「アルマス、貴方はとても優しいわ。先祖の記述通り。まあ、それほど珍しい話ではないのだけれどね……。とりあえず、最初から事情を話すわ」


 そう言って、焚き火を眺めながら、サンドラは自身についてを語り始める。


 サンドラには二人の兄と一人の姉がいる。

 ただ、血は繋がっていない。サンドラの母が亡くなった後に、父親が新たに迎えた妻の連れ子だ。


 サンドラは彼らと仲良くなろうと頑張った。

 そして、頑張りすぎてしまった。


 原因は彼女の賢さだ。年齢一桁の頃からその知性を見出され、様々な教育を施されていたサンドラは優秀だった。

 なんでも、学校内で飛び級したり、十歳以上年上の人間と議論したりするのが普通だったそうだ。


 その姿に年上の兄と姉が脅威を覚えた。

 そして、その脅威は新しい母へも伝染した。

 

 優秀とは言え、肉体的にも政治的にも力の無い子供だ。

 少しずつ、サンドラの周りから味方が減っていった。そして、徐々に家族や家の面々の対応が悪くなっていった。


 最終的に、家に来ていた家庭教師が来なくなり、通っていた学校にも行けなくなり、生まれた時から住んでいた家にもいられなくなった時点で、サンドラはようやく気づいた。


 このままだと、命が危ない、と。


 そして、サンドラはわずかに残っていた伝手や知り合いを総動員して、気の合う人々を連れて、聖竜の森にやってきたらしい。


「……一つ聞きたい。父親は何をしていた?」


「うちの家は伯爵家で、そこそこ大きいの。父は地位を維持するために必死な人。わたしにあまり興味が無いみたい。むしろ、母様を思い出すとかで苦手だそうよ」


「……酷い話だ」


 俺は極力怒りを抑えながら言う。一瞬、アイノを捨てた俺の親を思い出してしまった。

 会ったらぶん殴るかもしれない。


「もう少し細かい話はあるけれど、大体こんなところ。わたしは家を追われ、魔境と呼ばれる地の領主になった。使える伝手を使ってこれが一番マシな選択肢だと思ったの」


 自嘲気味にそう語りながら、サンドラが手近にあった小枝を焚き火に放り込むと、パチリと爆ぜる音がした。


「お嬢様は聡明ですが、野心はないと何度も言ったのですが。通じませんでした……」


 焚き火を見ながら、リーラが鬱屈とした口調で言った。そこから滲み出る無念は計り知れない。


「リーラは馬鹿ね。わたしの擁護などしなければ、家にいられたのに」


「お嬢様のいる場所が、私の居場所ですので」


 苦楽を共にしてきた仲か。この主従の絆は固いな。


「そんな事情なんで、ここに来ていきなりポーションを量産して稼いだりすると目立ちすぎになるの。もし、実家に知られて目をつけられると、何をされるかわからない。支援の名目で、余計な手出しをしてくると思う」


「……承知した。俺に出来そうなことがあれば言ってくれ」


 そう言うと、二人は驚いたような顔をしていた。


「普通なら面倒な奴が来たと思うだろうに。面白いわね、貴方は。……ああ、そうだ、一つ聞きたいんだけど。……妹さんは無事なの?」


「……なんでそのことを?」


「先祖の記述に書いてあった。多分、貴方は妹のために行動しているとね。ここに来る前、領民の全員にも説明済みよ。その様子だと……」


「現在も治療中だ。最近、良い方向に向かっている」


 まさか全員が俺の事情を知っていたとは驚きだ。別に困るようなことじゃないからいいか。

「妹様の目覚めまで、辛抱強く待っていたのですね」


 リーラの言葉に、俺は首を振る。


「辛抱じゃない。むしろ、希望に満ちた日々だ。妹、アイノが元気になるんだからな」


「………………」


「なんだ、その顔は?」


 二人は目の前で微妙な顔をしていた。


「先祖の記録にはこう書かれていた。『あいつは酷いシスコンだ』と。なるほどたしかに……」


「よくいわれるが。なんだかむかつくな」


 その先祖とやらに苦情を言いたいが、目の前に子孫しかいない。くそ、本人じゃないと意味が無い。

 

「もう寝るんだ、サンドラ。明日も徒歩だぞ。リーラもだ。見張りは俺がやる」


「しかし、アルマス様も休憩をした方が?」


「俺は竜だ。半分起きてる瞑想状態で休憩ができる。それに、俺がいる限りは獣も魔物も来ないから安心してくれ」


「本当に頼もしいわ……」


 いいながら、サンドラが足下に置いていた毛布を取り出した。


「ありがとう、アルマス。貴方のおかげで、わたしは久しぶりに穏やかな日々を過ごしているわ」


 そういうと、サンドラは横になってすぐに寝息をたてはじめた。

 

 その様子を優しい眼差しでみていたリーラも静かに横になった。流石は戦闘メイド。必要な時の休憩は逃さない。

 

「クアリアの町か。上手くいくといいんだがな」


 満天の星空を見上げながら、俺は一人呟いた。

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