第16話「なんてことを言うんだ、この領主」

 ダン夫妻一行が旅立ってからも、俺達は真面目に働いた。

 というか、やることが多い。

 

 ロイ先生を手伝ってゴーレムの作成。畑は大分できつつあったので、今度は枯れ木や出来たての材木などを使ってのウッドゴーレムだ。

 自動で歩いて、自分で穴を掘って埋まって停止するという、見ていて気の毒になる代物を大量生産して村の周囲の即席の柵とした。


 森の中の畑も順調に完成し。俺は手持ちの種を提供したり、森の中に生えているものを探して植え替える手伝いもした。

 少ないが魔法草も植えてみた。俺以外が育てて上手くいくかはわからない。


 ここで大変だったのが、庭師のアリアだ。

 いざ、植物の世話となったら隙あらば俺に色々と聞いてくるようになった。


「アルマス様ー。ハーブごとに肥料を変えたり、あげるタイミングがあると思うんですけれど。それを知ってる限り教えてください」


「いや、それは庭師のアリアの方がよく知っているだろう」


「それは普通のお庭の話ですよー。この森は随分特殊みたいですから、アルマス様のやり方を聞いてみたいんですー」


「わかった。できる限り答えるから質問してくれ」


「はい。それでは、まずはこのブラックマジョラムからー」


 サンドラから貰った紙とペンを手に、ずっと質問攻めだ。

 アリアは本当に庭仕事が大好きな女性で、俺から聞いたことをとにかく実行に移し、検証を繰り返すつもりのようだ。


 ちょっとふくよかに見える、柔らかい印象の女性なのだが、大変エネルギーに満ちた女性である。


「……なあ、サンドラ。アリアが働きすぎじゃないか心配なんだが」


 森の畑を視察に来たサンドラにそんな相談をする。

 俺達の目の前では、アリアが元気に庭仕事をしている。


「わたしもそう思う。どうも、森で採取したハーブをお茶にして毎日飲むことで体調を維持しているみたいなの。ところでアルマス。ここのハーブに依存性は……」


 なんてことを言うんだ、この領主。


「普通のハーブだ。危険なわけないだろう。確かに魔法的な作用で効果はあるようだが、それでも限度があると思うぞ」


 いいながら、アリアの魔力の流れを観察してみる。少し勢いがありすぎるように見えた。何かの拍子で調子が狂うと、いきなり魔力が悪さをしかねない。


「……そうね。無理矢理にでも一日休ませるわ。ロイ先生も心配していたし」


「ロイ先生が?」


「ああ見えて、ロイ先生はアリアがお気に入りなの」


 なるほど。そう言う話か。俺には関係ないことだが、覚えておこう。


「アルマスの家も建設準備に入ったみたいね」


「土台を組み始めているよ。ありがたいことだ」


 俺の魔法のおかげもあり、材木の確保が順調に進んだ。

 既に小屋の近くに更地を作り、家の建築が始まりつつある。


「いっそのこと、アルマスも屋敷に来てくれると嬉しいのだけどね」


「俺は自分の家がある方がありがたいな。森の面倒もみなければならないし」


 眷属としての仕事があること、アイノが帰る場所を確保しなければならないこと、その二点から俺の家はここにあるべきだろう。


「森の中にアルマスがいてくれるのは心強いと考えることにするわ。素晴らしい隣人だと思う」


「ああ、俺も素晴らしい隣人でありたいな」


 そんな話をしつつ、農作業でも手伝おうと思った時だ。

 聖竜様の声が響いた。


『アルマス。あの三人が二日後には帰ってくるぞい』


 両目が熱を帯びるのを感じつつ、俺は聖竜様に返事をする。


『……具体的ですね。無事なんですか?』


『もちろんじゃとも。荷物も結構持っておるよ』


 三人が出かけてから六日。ここに到着するのは八日目か。思ったより早かったな。


『ありがとうございます。安心しました』


『なに。ここに人が来てからの出来事はなかなか面白いのじゃ』


 そう言うと、聖竜様の気配が消えた。


「……どうだったの、アルマス?」


 目の前には、緊張した面持ちのサンドラの顔があった。

 彼女を安心させるために、俺はつとめて穏やかに言う。


「二日後、ダン夫妻達が帰ってくるそうだ。無事だよ。荷物も持ってる」


 その言葉に、サンドラの表情はあからさまに明るくなった。


○○○


 二日後、聖竜様の言うとおり、ダン夫妻と護衛の一人が帰ってきた。

 それも、大量の荷物と共に。

 三人は背中に物資が詰め込まれたリュック、さらにそれ以上の荷物を背負った一頭の馬と共に帰ってきた。


 姿を見るなり、屋敷の中に案内する。今日帰ることはわかっていたので、全員で待っていたら驚かれた。


 屋敷の広間で旅から戻った三人にお茶と食べ物が振る舞われると、早速報告会が始まった。

「三人とも、ご苦労だった。無事に帰ってきて本当に良かった。……成果は十分にあったということでいいかな?」


 サンドラの言葉に、三人は笑顔で頷いた。

 代表するように、ダン夫妻の旦那さんが口を開く。


「隣町の領主様は、サンドラ様の言うとおり話しやすい方でした。馬をお見せするとすぐに案内されて、すんなりお話しできました」


「馬が返ってきたのを見て驚いていただろう?」


「はい。返ってくることは期待していなかったのでしょう。それ以上に、こちらが持ち込んだ物を見たときの驚きようが凄かったですが」


 そう言うと、旦那さんはお茶に手を伸ばす。森で採れたハーブを複数混ぜた特製だ。長旅で疲れている身体に良く効くだろう。


「……ふぅ。人払いをして貰った上で、サンドラ様の手紙を読んで頂き、ハーブとポーションを見て頂きました。側近の魔法士の方が鑑定してまず驚き、次の日にハーブティーを飲んでまた驚かれました」


「そうか。価値あるものと認められたか」


 俺は少し安堵した。自分の作ったものだし、専門家じゃないという負い目もあるので自信がなかったのだ。


「価値はあるに決まっているわ。四百年以上もかけて培った技術と、聖竜の眷属のお手製なのよ。それで、あの荷物ね」


「はい。恐らく、相手がお嬢様ということもあり、かなり良い値段で買い取ってくれました。それと、食料や馬も一頭。売り上げで色々と買い物するのに二日ほどかかりました」


 すると、ここから街まで徒歩で三日と言うことか。サンドラ達が最初に来たときに道を手直ししたというのが大きいようだ。


「よし、大体わかったわ。報告はこれで一度終わりにして、三人は休んで。持って来た荷物はこちらで見させて貰う」


 サンドラはそれから子供らしくない、静かな笑みを浮かべていった。


「お疲れ様。三人の働きに心からお礼を言うわ。ありがとう」


 旅から帰った三人は、ここで本当に嬉しそうな顔になった。


「あ、休む前にこれを。領主様からの手紙です」


 席を立とうとした旦那さんがサンドラに一通の手紙を手渡す。

 旅の間に少し曲がったようだが、丈夫そうな紙に、蝋で封がされたしっかりしたものだ。


「ふむ……ちょっと待ってね」


 リーラがどこからか取り出したナイフを受け取ると、手早く封をあけ、中身に目を走らせるサンドラ。

 一瞬で文面を読み取ると、彼女はこちらを見ていった。


「アルマス、どうやら、わたし達も街へ行く必要があるみたい」

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