第15話「結果がわかるのは、およそ十日後だ」
翌日、屋敷の前にサンドラの領民全員と俺の姿があった。
目の前には荷物を背負わせた二頭の馬と、それを引く二人の男女。
気さくそうな男性と、淑やかな雰囲気の女性の夫婦。
領地の商人であるダン夫妻だ。旦那の方がダニー・ダン。奥さんの方がモイラ・ダンという。
「荷物の方は予定通り、領主のスルホに手紙と一緒に渡してね。優秀な人物だから、万事取りはからってくれるわ」
「はい。承知しました。サンドラ様」
「買い物に関してはリストにあるもの以外にも必要そうなら買ってきてくれていいわ。そこはお任せ」
「夫ともども期待にこたえますわよ」
夫妻はともにやる気だ。
なんでも、商才はあるのだが、上司に恵まれず困っているところをサンドラに助けられたという経緯があるらしい。
サンドラはここに連れてくる人材を相当選んだのだろう。誰もが彼女への信頼が厚い。
「あの、ところで持たされた魔力増強ポーションは大丈夫なんでしょうか?」
「平気です……。昨夜、アルマス様と何度か試しましたが、僕がおかしくならないところまで調節してあります。それでも十分高級品かと……」
例のポーションは昨夜、俺とロイ先生で改めて作り上げた。
一応、人間が飲んでも精神に影響の無いものに仕上がっている。効果は薄めになったが、それでも十分だ。
「本当に数は二つでいいのか、サンドラ? もっと用意できるぞ」
俺の問いかけに、サンドラは静かに首を横に振った。
「今、この領地に最高級の魔法薬の素材があるということを知られるのはあまり良くないの。簡単に他の人間に付け入られてしまう」
詳しく聞いてはいないが、サンドラ側の事情だろう。確かに、こんな人もいない領地に最高の資源が眠っていると知れば、手出ししてくる者はいるに違いない。
「まだ足場も固まっていないうちに目立つのは危険なの。そのポーションは向こうの領主にこっそり買い取って貰うつもり」
「信用できるのか?」
「ええ、わたしの数少ない味方よ」
サンドラには味方が少ないというわけか。今まで色々あって聞かなかったが、そろそろしっかり事情を把握した方が良さそうだな。
「アルマス様。ここはお嬢様の判断を信じて頂ければと思います」
俺の心中を察してか、リーラが頭を下げてきた。
まあ、この場で聞くようなことでもないな。
「ここから街まで往復十日、長旅だな」
「恐らくはもう少し早いわ。荷車は置いていくし。来るときは道を直しながらだったから」
「直す? そうか。大昔の道がまだ残っていたのか」
「殆ど消えていたけれどね。少しは歩きやすくなっていると思う」
多分、俺もかつて使った古い道の名残を、サンドラ達はやってきたのだろう。
「そうだ。これを渡しておこう、獣避けになると思う」
そう言って、俺はダン夫妻のそれぞれに小さな布袋を渡した。
「これは……ポプリですか?」
「アリアとトゥルーズに教わった、獣避けになるというハーブを入れてある。多分、効果があるはずだ」
普通の人間にこの辺境の道中は危険だ。
あのメモを見てすぐにこれを作ることを思いついた。
ポプリは本来、室内用の香だが、聖竜の森の中で採ったハーブを使ったものなら外でも効果はあるだろう。
「しかし、本当に二人で行くのか? この辺りは獣もいる。戦える者がいた方がいいと思うんだが」
「ええ、結局、スティーナのところから一人出して貰うことにしたわ。安全のためね」
俺の懸念事項を伝えると、サンドラはそう答えた。
そうえば、この場には大工仕事をしている屈強な男が一人足りない。
「もとはわたしの護衛よ。頼りにしてね」
サンドラがそう言うと、旅姿の大男がこちらにやってきた。
見た目に反して恐縮しているが、たしかに頼もしそうだ。
「ある意味、この領地で最初の交易ね。期待はするけど、無理はしないで」
「承知しました」
「仕事はしてきますわ」
「護衛は任せてくだせぇ」
サンドラの言葉に、隣町へ旅立つ三人がそれぞれ答える。
彼らの荷物はポーションの他は乾燥させたハーブだ。こちらは実際に向こうの街の領主に体験して貰うことになっている。
上手くいけば、少しずつ交易が始まっていくだろう。
ある意味、サンドラにとっては領地経営の本格的な一歩目でもある。
『まあなんじゃ。この辺りに怪しいものはなさそうじゃから。安心するように伝えておくれ』
いきなり、聖竜様が頭の中で囁いた。
「……聖竜様のお告げ?」
サンドラのみならず、全員が俺に注目していた。
「ああ、聖竜様が旅の安全を保証してくれた。安心してくれ」
その言葉に、旅立つ三人は少し表情を柔らかくしてくれた。
これまでに色々見たおかげか、全員の聖竜様への畏怖というか、そういうのはかなり強くなっている。
「聖竜様の加護があるなら安心ですね。それでは、行って参ります」
その言葉を残して、ダン夫妻と一人の護衛は街へと旅だって行った。
結果がわかるのは、およそ十日後だ。
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