第14話「そもそも魔法士として専門分野に邁進した結果、生活力を失ったしな」
「なかなか賑やかになったな……」
朝起きて、家から歩いてすぐの森の中の開拓地に行くと、既に賑やかな音が響いていた。
森の中での作業時間は限られる、日が昇ってすぐに作業を始めたのだろう。
昨日まで森だった場所は様変わりしていた。
片手を石斧のようにしたストーンゴーレムが木を切り倒したり、運んだりしている。
既にかなりの部分が切り開かれ、それなりの広さの地面が露出していた。
これなら早いうちに畑にできそうだ。
「おはよう、スティーナ」
「おお、アルマス様。見に来たのか? 家ができるのは大分先だぜ?」
作業場の片隅で切り倒された丸太を加工しているスティーナ達がいた。
おおざっぱな作業はゴーレムにやらせて、細かな作業は人間にやるという分担なのだろう。
サンドラの護衛である男二人も、懸命に丸太を積んだりしている。
「すぐに出来るとは思っていないさ。この丸太はどうするんだ?」
「切り出した木はしばらく乾燥させなきゃならない。そうだな、半年はこのままかね。乾燥させる設備もないからねぇ」
大分長いな。俺の家の新築が遠すぎる。何か方法はないものか。
「好奇心から聞くのだが、乾燥させる設備っていうのはどんなものなんだ?」
「色々あるね。室内で火を使って乾燥させるのとか、魔法を使ってやる方法とか」
「魔法か。どんなものかわかるか?」
「えーと、たしか、風と火の魔法で熱風を当てるみたいな感じだな。一瞬で水分を取り出す魔法の研究もあるとか聞いたことあるけれど、木の変形が凄いとかどうとか……」
魔法は専門外だろうに、スティーナは頑張って思い出しながら話してくれた。
情報としてはこれだけあれば十分だ。うん、魔法士として少しは働けそうだ。
「なるほどな。前者ならできるかもしれん。ちょっと待ってくれ」
俺は杖を取り出し、魔力を込める。
先端が輝き、それで虚空をなぞると、空中に光り輝く魔法陣が描かれる。
「おお、凄いね。空中に光で魔法陣を描くなんて。初めて見たよ」
「俺も人間の時はできなかったよ。これでどうかな……柔らかな流れよ……」
竜の魔力は特殊なので、こういうこともできる。それだけだ。
とりあえず、魔法はすぐに完成した。
「風よ吹け」
合図と共に、魔法は発動した。
魔法陣から暖かく乾燥した程よい風が丸太の山に向かって吹き付ける。
なかなかの風量で、積み上げた丸太全体をいい具合に包み込んでいるように見えた。
「戦場で暖を取るための魔法の応用なんだが、これでどうだ? なんなら強さの調節もするが」
慌ててスティーナが丸太の山の周りを確認に走った。
「……うん、凄くいい! もうちょっと強めで、全体に万遍なくあててくれれば、かなり早く材木ができるよ」
どうやら上手くいったようだ。簡単な魔法でも、ちょっとしたことでとても役立つ物だな。
「よし、魔法陣をもう一つ描こう。それから少し調整するから指示をくれ」
それからしばらく、俺は魔法の調節をした。
「ありがとう、アルマス様。あんた、本当に凄いんだな……」
色々と整うと、スティーナが神妙な顔で俺に礼を言ってきた。
「気にしないでいい。自分のためだ。魔法の維持は十日でいいんだな?」
実際、魔法で手伝いは出来ても家を建てる技能は俺にはない。凄いのは魔法もないのに魔法のようなことを成し遂げる職人だとも思う。
「ほんとに凄いねぇ……それで頼むよ。朝から悪いね。これから屋敷かい?」
「ああ、ちょっと会いたい人物がいてな」
「お嬢様じゃなく?」
「ああ、料理人だ」
そう告げると、俺は賑やかな森の開拓地を後にするのだった。
○○○
たった十人の領民しかいないこの地でも、俺にとってかなりの重要人物。
それが料理人のトゥルーズだ。
十代後半くらいの女性で、短い銀髪に黒い瞳。無口というわけではないが、非常に口べた。リーラの話では若くしてかなりの腕前なのだが、人間関係に問題があってここに同行することになったらしい。
屋敷の台所に行くと整理された仕事場で彼女は静かに待っていた。
「わざわざありがとうございます。アルマス様……」
「いや、どちらにしろ屋敷には来なきゃいけないからな。別に構わない。それで、わざわざ俺に用件があるとはどういうことだ?」
驚いたことに、俺はトゥルーズに呼び出されていた。大抵のことはサンドラ経由なのに、俺に直接というのはとても珍しい。
「サンドラ様にお願いしたら、「練習だと思って直接話をするといい」と言われて……」
なるほど。俺をトゥルーズの話し相手にしたかったわけか。
利用されているようだが、料理人と仲良くなるのは大変意義深いことだ。
「……これを見てください」
トゥルーズが机の上にあった紙の束を渡してきた。
「これは……ハーブや野草についてか? トゥルーズが書いたのか?」
それは手書きで記された、ハーブや野草についての詳細なメモだった。紙は何枚もあり、見た目の特徴や効能、中には絵まで入っている。
「聖竜様の森で採れた物には不思議な力があるから。私はそれを皆のための料理にしたい」
「なるほど。確かに体調管理にはうってつけだが。貴重な紙をこんなに……」
「サンドラ様も大切なことだからと賛成してくれました。それに、紙は遠くの国の良い植物なんかが発見されたおかげで、年々安くなってます……」
「そうなのか……。時代は変わるものだな……」
人が生きる限り、色々と変化があるものだ。
ちなみにサンドラ達が使う文字は、俺が生きていた時代でも使っていた大陸共通語なので、問題なく読める。たまに知らない表現があって戸惑うこともあるけれど。
「ふむ……。凄いな、砂糖の代わりになるものもあるのか」
知らなかった。一口にハーブといっても色々と利用法があるものだ。
「この地域にはないかもしれないです。アリアにも手伝って貰って、知っているものをできるだけ書き出しました」
「わかった。それらしいものを森で見かけたら採ってくるようにする」
「お願いします。本当は私が直接森に入れればいいのですけれど……」
「まだそれは危険だな。聖竜の森は広い。帰ってこれなくなりかねない」
森を管理していた俺ならともかく、広大な聖竜の森の中を慣れない人間が奥に入っていくのはまだ危険だ。遭難してしまう。
俺の家がある辺りより向こうは行かない方がいいとサンドラにも伝えておこう。
「うむ……。しかし、色々あるな。俺の知らないものばかりだ……」
中には森で見かけたような植物もある。
これだけの知識があれば、もう少し俺の生活だって豊かになったかもしれない。
真剣にメモを見る俺の姿がおかしかったのか、トゥルーズがくすりと笑いながら言う。
「アルマス様は賢者だから、何でも知ってると思ってた……」
「逆だな。知れば知るほど知らないものが増えていく。現実的にはトゥルーズのような料理人の方が、よっぽど物知りだよ」
そもそも魔法士として専門分野に邁進した結果、生活力を失ったしな。
「……褒められて嬉しいから、アルマス様のご飯にはちょっと良い物をつけますね」
「嬉しいが。貴重な食料なんじゃないのか?」
「平気です。私用にとっておいたチーズですから。それに、ダン夫婦が街にいって戻ってくれば、食べ物も増えますし……」
「そういうことなら、有り難く受け取ろう。野草さがしも任せてくれ」
「良い物をみつけてくれたら、腕によりをかけたご馳走を作りますね」
人気のない台所で、なごやかに俺達は約束を交わしたのだった。
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