第13話「サンドラが本気で俺に疑惑の目を向けてきていた。失礼な」
俺の自宅が散々哀れまれた後、近くの良さそうな一画を畑にすることになった。
全員で一度、屋敷の方に戻ってから、ロイ先生は屋敷付近で魔力を供給しつつ十体あまりのストーンゴーレムを作成。
そのまま木を切り出す作業が始まった。
スティーナが指揮をとって次々と木が切り倒され。根っこは掘り返されていく。
「よぉし、切った丸太はこっちだぞ!」
「新鮮な丸太だぁ!」
男二人も喜んで作業をしている。元護衛とは思えないくらい手際がいい。
これなら手伝わなくてもいいかな。
「ところでロイ先生。生えてる木を直接ゴーレムにするわけにはいかないのか?」
ウッドゴーレム。すなわり木のゴーレムも作れるはずだ。なんでわざわざストーンゴーレムを作って連れてきたのか気になっていた。
「岩と比べて木は生き物としての側面が強いですから。切り倒した状態でないと上手にゴーレムにできないんですよ。人間をゴーレムにできないようなものです」
「そうなのか。その理屈だと死体ならできるってことになるんだが……」
「実際に試した者がいましたが、無理だったそうですよ。何か法則があるのでしょうね」
そもそも死んだ人間を動かすのは別分野の魔法だ。そこは詳しく話すと面倒なのでやめておこう。
「ここは三人で良さそうね。戻って他の仕事をしましょうか」
「ですね。木の扱いについて私達は専門の知識がありませんし」
サンドラとリーラが横でそんな会話をしていた。
たしかに、屋敷の近くでは商人の夫婦とアリアが三人で畑仕事をしている。
ゴーレムにできない細かい作業はあちらの方が多いだろう。
「では、一度戻りましょうか。ちょうど道もできましたし」
そう言って、ロイ先生はたった今できた俺の家から屋敷までの道を指し示した。
ストーンゴーレムは重くて大きい。屋敷の方からここまで行進させただけで、簡単な道が出来てしまったのだった。
○○○
その後、屋敷の周辺まで戻った俺達は日暮れまで畑仕事をした。
客人である俺は手伝わないで良いと言われたが、なんか申し訳ないので色々手伝った。
現在十人の人口に対して畑は大分大きい。
今年はアリアを中心に領主も含めて皆でこれの世話をやっていくことになるだろう。
日が暮れる前に森からスティーナ達も戻り、全員揃っての夕食となった。
屋敷の大部屋を食堂として、食事が振る舞われる。
昨日獲った鹿が早くも調理されて出てきたのが大変嬉しかった。
シンプルに焼いただけの肉が美味すぎて、涙が出た。
そんなわけで食後、その場に領民全員が揃っていることもあり、会議をすることになった。
「さて、ここに来てまだ一週間も経っていないが、色々な事が起きたので皆で共有したいと思うの」
領主サンドラが厳かに会議の開催を宣言した。
ちなみに手元には二杯目のハーブティーがある。運動不足の彼女は、体から疲労を抜くのに必死だ。
「当初の問題だった建物、水、畑の問題がアルマスのおかげで一気に解決した。これはいい?」
サンドラの言葉に全員が一瞬俺を見た後に頷いた。
『なんか尊敬されてるのう。お主』
『聖竜様、見てたんですか。半分以上は貴方の功績ですよ』
『ワシも肉体があればなんか貰うんじゃけどのう』
いきなり聖竜様が話しかけてきた。しかも、完全に世間話だ。
俺にとってもサンドラが聖竜様に気に入られたのは良いことだったと言えるだろう。
このまま順調にことを進めて、のんびり暮らしたいものだ。
「……ん? 皆、どうして俺を見てるんだ?」
「アルマス様。目が金色に……」
「ああ、聖竜様も聞いてるみたいだ。あんまり気にしなくていいぞ」
全員がざわついた。ちょっとした緊張感すら漂っている。
『畏怖されてますよ。川を作ったりとか派手なことするから』
『まあ、ワシってそんなもんじゃし。気にしないでおくれ』
そんな俺達の会話を知ってか知らずか、サンドラが口を開く。
「聖竜様がいるなら有り難い。私達は土地に住まわせて貰っているのだし。では、ロイ先生、あれを出してください」
「はい。こちらです。試作品ですが」
促されたロイ先生が取り出したのは、緑色の液体の入った小さなビンだ。
端的に言って、どろりとして不味そうである。
「これはなんですかー?」
アリアの質問に、ロイ先生が穏やかに答える。
「アルマス様が持って来てくださった魔法草を加工して作った魔力増強ポーションです」
「おおー、流石はロイ先生です-。えーと、高いものなんですよね?」
どうやら庭師のアリアには『凄そうなもの』という認識しかできなかったらしい。
その質問にはサンドラが言葉を続ける。
「はっきり言って超高級品だ。昨日話した通り、アルマスの育てた植物はただのハーブでも抜群の効果がある」
「なるほどー。では、当面の金策の品ということですね」
アリアの言葉に、同時にスティーナなど魔法に詳しくない者も納得した様子で頷いた。
「問題は効果ですが。よければ僕にためさせてください」
ロイ先生の言葉に反対する者はいなかった。魔力増強ポーション。魔力不足の彼にぴったりの品だ。
全員の同意を受け、ロイ先生はビンの蓋を空ける。
『あ、ちょっと待て。ちょっとだけ飲む方が良いと思うぞい』
「ロイ先生。聖竜様がちょっとだけ飲めって言ってる。従ってくれ」
聖竜様は基本的に嘘はつかない。忠告には従うべきだ。
「わかりました。試作品ですしね。その点からも一気飲みは控えるべきでした」
そう言って、ロイ先生は自分のティーカップに置かれていたスプーンを取り、ちょっとだけポーションをすくい取る。
というか一気飲みするつもりだったのか……。なかなか豪快なところがあるな。
「では、いきます……」
全員が見守る中、ロイ先生は緑色の液体を少量だけ飲み込んだ。
効果はすぐに現れた。
ロイ先生が弾けるような笑顔で叫びだしたのだ。
「これは……凄いですよ。すごいですよこれは! すごいすごいすごいすごいごいごいごいごいごごごごごごごごごごごごすごごごご!!!」
「ロイ先生! 大丈夫か!」
「気を確かに! 落ちついて!」
なんかロイ先生が勢いよく叫び出した。
気になって見てみれば、先生の体内の魔力が物凄く活性化していた。体内の魔力が激流のように循環している。
魔力は心と密接な関係を持つ。このテンションの原因はそれだ。
「ロイ先生、落ち着け。よっ……と」
俺は素早く先生に近づいて、その背中に触れると彼の体内の魔力を調整。
流れを正常に戻してやる。
「おごおぽおおおおおお!! ……はっ、僕は一体なにを」
正気に戻ったようだ。
大人しく席に座ったロイ先生を見て、リーラが言う。
「ロイ先生。これは成功なのでしょうか?」
「……効果はありました。僕の魔力が一時的に増えた感触はありましたが……」
「多分、効果が強すぎたんだろうな。人間には強力すぎたか……」
聖竜の森。それも眷属である俺の影響を間近で受け続けた畑で取れた魔法草だ。
常とは違う極端な効果が出ても不思議は無い。
『多分じゃが、かなり薄めといたほうがいいぞい。竜はいるだけで環境に影響を与える。お主が丹精込めて作ったわけじゃからな。ちょっとした伝説の品みたいになっとるかもしれん』
草を育てただけでそんなになるのか、これからは気を付けて生きよう。
「聖竜様が、できるだけ薄めろと言っている。多分、ロイ先生は悪くない」
俺の言葉に、ロイ先生がほっとした顔をした。
「アルマス。本当に大丈夫なの? 依存性とかないの?」
サンドラが本気で俺に疑惑の目を向けてきていた。失礼な。
「魔法草は普通の品種だ。ちょっと場所と育てた者の問題だろう。それに、効果が高いなら価格も高いのでは?」
「それもそうだけど。いや、希釈したものを用意する方向で行きましょう。よし、じゃあ次ね」
気を取り直しつつ、会議はその後も続くのだった。
その日の会議で今後のことがいくつか決まった。
明後日、商人のダン夫妻は隣町へ馬を返却に行く。
その際に現金を持ち、必要なものを出来るだけ買い込む。
森の開拓も進み次第、畑を作る。これはアリアが中心となっての仕事だ。
俺はロイ先生のゴーレム作成とポーション作成の手伝い。できれば一本、希釈しまくって安全なポーションを明後日までに作成するのが目標だ。
サンドラとリーラは基本的に畑仕事だ。それと隣町へ人を出すならと、いくつか手紙を用意するらしい。
「とりあえず、できるのはこれだけか。みんな、しばらく大変だろうが。宜しく頼む」
小さな領主が静かに頭を下げて、その日の会議は終わりを告げたのだった。
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