第12話「うん、とりあえずラッキーということにしておこう」

「ロイ先生、ここでいいのか?」


 屋敷から離れた丘の一画。岩が沢山ある場所で俺とロイ先生はいた。


「はい。元々使えそうな岩には目をつけて準備していましたから。ちょっと移動は必要ですけど」

 

 魔法陣をもったロイ先生が言いながら、いそいそと岩に向かっていった。

 よく見ると、岩にも色々書いてあるのがみえる。

 色々と準備だけしてあったようだ。流石といえる。


 今日も領地の全員が揃っている。

 様子を見ながらサンドラが少し不安そうに口を開く。


「では、アルマス。宜しく頼むわ。……本当に大丈夫なの?」


「心配するな。これは俺の得意分野だ」


 俺はこれから、ロイ先生に自分の魔力を注ぎ、ひたすらゴーレムを創らせる。

 竜になった俺は魔力制御が人間時代よりも得意だ。人に魔力を与えるくらいなら、それほど難しくない。


「……問題は。人間相手にやったことないということだがな」


「あの、今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのですが?」


「心配するな。動物相手なら上手くいった」


「え、もしかして僕実験されてますか。ちょっと、お嬢様! お嬢様!」


「アルマス、やってちょうだい」


「わかった」


 厄介なことになる前に実行するべきだ。

 俺はロイ先生に近づくと、手に持った聖竜様の杖で触れた。


「ひっ」


「落ち着け。危険はない」

 

 そのまま自分の魔力を調整しながら流し込む。

 ロイ先生は魔力が弱い。全身を巡るそれも微弱だ。

 それを刺激しすぎない程度に、魔力を少しずつ、しかしかなり流し込む。


「お? おおおぉお! 凄い! 凄いですよこれは! 魔力が漲ってきます!」


 ロイ先生のテンションが高いな。魔力は精神への影響が強いから、そのせいか。


「ロイ先生、少し離れても平気だから、どんどんやってくれ」


「はいっ! いきます!」


 ロイ先生が手に持った紙を次々とそこらの岩に貼り付ける。

 そして、かつてない速度でストーンゴーレムが生み出されていく。

 次々と立ち上がる人型の岩はなかなか壮観だ。


「こんなロイ先生は初めて見たわ!」


「驚きです……」


「すごーい! ロイ先生が凄腕にみえますー」


 サンドラ、リーラ、アリアがそれぞれ声をあげる。

 アリア、微妙に辛辣だな。ロイ先生は魔力不足以外は凄腕だぞ。


「よし。ここは終わりです。しかし凄いですね、全然疲れません。あと、どのくらいいけますか?」


 ストーゴーレムはあっという間に20体が完成。

 すぐさまアリアの指示で畑に向かい、作業が始められた。


「ん? まあ、この程度ならいくらでも大丈夫だぞ。1万でも10万でも好きなだけやってくれ」


「……す、凄いですね。一人で戦争できませんかそれは」


「俺は争いは嫌いだよ。平和で静かに暮らしたい」


 『嵐の時代』は酷かった。あんなのはもうご免だ。


「その様子だと、まだ出来るようね。じゃあ、森の方もお願いしていいかしら?」


 サンドラの言葉に、俺とロイ先生が頷く。

 森に魔法草とハーブ用の畑を作る手はずになっている。

 それも今のうちにやってしまおう。


「少し準備が必要ですから、午後になりますが宜しいですか?」


「ああ、俺は大丈夫だぞ」


「では、そのようにお願いするわ。アルマス、おかげで作業が一気に進みそう。どうにかお礼をしないと……」


「それはそのうちでいいよ。君らがここを盛り上げてくれれば、俺にも恩恵があるんだから」


○○○


 畑作りはアリアに任せ、ロイ先生は次の準備をするため、屋敷に戻った。

 

 とりあえず残った俺達は下見ということで森に入ることにした。

 

 俺と一緒にいるのはサンドラ、リーラ、それと大工のスティーナとごつい男性二名だ。

 

 スティーナは背の高い赤毛に黒い目の元気な女性だ。筋肉質な体つきと言い、男勝りな物言いといい、大工と紹介されてつい納得してしまう印象がある。まだ20歳くらいだが、腕は確かだそうだ。


 彼女に付き従っているのは筋肉質な男性二人。なんでもサンドラの昔からの護衛であり、ここまでついてきたらしい。背が高く、筋肉の塊のようで頼もしい。


「まずは、俺の家でいいんだな?」


「ええ、別にアルマスに畑を管理して貰うわけではないけれど、現状だと近い方が色々助かるのも事実だし。邪魔にならない程度の距離の場所に作りたいの。お勧めの場所などはない?」


「お勧めの場所かぁ。強制的に引っ越したばかりだからなぁ」


 俺の家は聖竜様の力で強引に畑ごと開拓地方面の森の中に移転した。

 おかげで周囲についての知識は何も無い。

 どこを切り開くかはサンドラ達と相談で決めるのがいいだろう。


「よし、こっちだ。まだ獣道も無いからなぁ。はぐれるなよ」


「アルマス様。よく迷い無く進めますね……」


 木の幹に目印を書きながら進んでいたリーラが感心しながら言った。

 この森に住む竜である俺が、森の中で道を見失うことはないのは当然なので、大したことじゃないんだがな。


「それが聖竜様の眷属ってもんなんだ。……と、ここだ。みすぼらしい家だけどな」


 森の中を一時間もかからずに家についた。やはり、開拓地には大分近い。


「なんか、見られるのは恥ずかしいな」


 見慣れた掘っ立て小屋だが、他人に披露するのは初めてだ。

 照れながら言うと、その場の全員が呆然と立ち尽くしていた。


「……? どうかしたのか?」


 俺の問いに代表して答えたのはサンドラだった。


「……アルマス。貴方はここで400年以上暮らしていたのか?」


「そうだが? 住めば都だぞ。聖竜様の加護で傷まないし」


 その言葉を聞いて、サンドラはじめ全員がとても優しい顔をなった。

 なんだか微妙に傷つくぞ。


「よし決めた。スティーナ、森を切り開いたら、出来た木材でアルマスに家を建ててあげて。世話になったせめてものお礼よ。できる?」


「おう。まかせときな! 立派な家……は材料ないから厳しいけどね。ま、しっかりしたのを建てるよ!」


 サンドラの指示に気合い十分でスティーナが答えた。


「家って……別に俺はそれほど困っては……」


「いえ、私共からのお礼です。是非受け取ってください。アルマス様、共に生きていきましょう」


 なんだかリーラが慈愛に満ちた笑みを浮かべながら言ってきた。

 もしかして、俺はとんでもなく過酷な生活をしていたと思われたのだろうか?

 野生に近かったのは認めるけどな。


「賢者アルマス。貴方は私達の恩人よ。是非とも礼を受け取って欲しいの」


 サンドラが俺の手を両手で包み込み、見上げながら懇願してきた。

 普段の堂々とした態度はどこへやら、揺れる瞳に年相応の感情が垣間見える。


「それほど酷いか、この家……」


「ええ、かなり。住環境の改善が必要だと思う」


 住環境の改善。魅力的な言葉だ。

 将来アイノが帰って来たときのためにも家が良いことは大切だ。


「じゃあ、頼んでもいいか? 俺もできることがあれば協力する」


 サンドラ達に頭を下げる。正直、ありがたい。


「よし、決まりね。スティーナ、最初の仕事よ。そこの二人もね!」


「おうさ! 任せときな!」


「合点!」


「承知!」


 サンドラの号令に、スティーナと男性二人は大いにやる気を見せる。


 うん、とりあえずラッキーということにしておこう。

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