第11話「全員が「もっと具体的に言ってくれ」と視線で抗議してきた」
魔法士であるロイ先生は、屋敷の掃除の際に真っ先に自分の部屋を定めた一人だ。
彼の部屋は屋敷の隅にある変わった場所だ。普通の寝室の隣に、半地下の実験室のような場所がある。
これは大昔の魔法士の部屋だ。それも工房付きの。
ロイ先生は時間を見てはそこで何やら色々作業をしているらしい。
日中はゴーレムを作ったら寝てるけどな。
「ロイ先生、ちょっといいかしら」
サンドラがノックすると返事を待たずにドアを開けて中へ入った。
俺達も続くと、ロイ先生がベッドから起き上がるところだった。
「ああ、どうしたんですか、お嬢様。って、アルマス様まで」
俺達を見るなり慌てて起き上がり、眼鏡をかける。
相変わらず知的で優しげな雰囲気の彼は、突然の来訪に気分を害した様子もない。
彼の魔法士としての専門はゴーレムだが、それ以外の知識も一流だという。
致命的なまでの魔力不足さえなければ、どこかで立派な肩書きを持っていそうな人材である。
とりあえず、物が少なく広さのある実験室に移動し、事情を説明する。
テーブルがあったのでリーラの手によってお茶も準備された。
「確かにこれは本物ですね……。状態もいい。こんな新鮮な実物を見たのは久しぶりです」
「ロイ先生、魔法草も詳しいのか?」
「ご存じの通りの魔力不足ですから。一時期色々と研究していました。……というかアルマス様まで僕を先生と呼ぶのはやめて貰えると嬉しいのですが」
「いや、俺とは専門が違うからつい」
俺には無い有用な知識を大量に蓄えているのだから先生でもいいと思うんだがな。
「自分より遙かに実力が上の魔法士に言われると辛いものがあるんですよね……。えっと、それで、なんでしたっけ」
「これを使って、何らかのポーションは作れる、先生」
サンドラの言葉を聞いて、ロイ先生は少し考え込んでから答えた。
「機材がありませんから、簡易的な魔力増強ポーションなら何とか。今から作業して、明日には試作できます」
本当に優秀だな。ろくに道具も無いって言うのに。
「アルマス、良いかしら?」
「ああ、頼む。そうだ、この魔法草とハーブを栽培することについてどう思う?」
「うーん、そうですね。そもそも、どこで育てるんでしょうか? 普通に畑で良いのです?」
「いや、駄目だな。魔力の濃い……最低でも森の中に畑を作るべきだろう」
魔法草の栽培には魔力の豊富な土地が必要だ。それも割と珍しいレベルの。
サンドラが言う非常に希少だとかいう話も、そもそも育つ土があまり無いためだろう。
幸い、ここは六大竜の一つが住まう場所。竜脈と呼ばれる魔力の流れにひたすら曝(さら)されている。
特に森の中はその影響が濃い。逆に屋敷周辺は魔力が若干薄く、普通の土地よりちょっと強い程度だ。
これは聖竜様が意図的にやっていることで、詳しい事情を俺は知らない。
あえて人の住みやすい環境を維持していたんだろうとは思う。
「なるほど。では、まずは森を切り開いて栽培地を作らなきゃいけないです。それと、栽培方法の指導と研究も必要ですね。……アリアさんが忙しくなるなぁ。」
「私の想像以上にアリアが忙しくなってしまうのは問題ね」
庭師のアリアは今でも農業関係で多忙だ。
農地の範囲を決めたり、植える作物の選定。その後の世話と今後の方針。下手をしなくてもこの開拓地で一番忙しい。
「森の中の仕事を追加するのは厳しいかもしれないか……」
「本人は喜ぶと思うんですけれどね。魔法草を栽培できるなんて知ったら寝ないで作業するかと」
「それはそれで問題だな……」
アリアは植物の世話が大好きだ。開拓初日も日が暮れた後も作業を続けようとして皆に止められていたくらいである。
森の開拓まで頼んだら倒れるまで働きかねない。
「商売は専門外ですが。話通りなら、商品としては有望に思えます。……どちらにしろ、人手が足りませんね」
「人手か……それは領主たる私の仕事だけれど。すぐには難しい」
難しい顔をしながらサンドラがハーブティーを飲む。
こいつ、俺のハーブで筋肉痛から回復するつもりだな。期待しすぎだぞ。
「せめて僕がもっとゴーレムを作れたら、効率が良くなるのですが。……役立たずの魔法士で申し訳ありません」
何やら責任を感じ始めたらしく、頭をロイ先生が頭を下げ始めた。
あと、例え一体しか作れなくてもゴーレムは貴重な労働力だと思う。
「ああ、そういえば、来るときに一緒だった荷車を引いてた馬は使えないのか?」
サンドラ一行がここに来た時、荷物を引いていた荷馬が2頭ほどいる。
馬達を農作業に使えばいいのに、何故か屋敷の近くに繋がれているのだ。
「あれは隣町の領主からの借り物で、近いうちに帰さなければならないの。残念ながら、労働力としては利用不可能ね」
「そういう事情だったのか……。すると、ゴーレムを増やすのが一番手っ取り早いな」
「はい。石だけで無く木を素材にすれば、そのまま移動させて停止するだけで即席の柵を作ったりも出来ます。色々と考えてはいるのですが、先立つものがなさすぎて」
がっくりとうな垂(だ)れるロイ先生。
なまじ優秀なので手段は思いつくが、それを実現できないことに無力感を覚えているようだ。
「そういえば、普通の魔法士は一日にどれくらいゴーレムを生み出せるんだ?」
俺の生きた時代は世の中がそこら中で戦争をしていたので、魔法士同士は専門的な知識と技術を隠匿しがちな傾向にあった。
そのため、俺は戦闘以外の系統の魔法に疎い。
まして今の時代のゴーレム専門の魔法士の事情など知りようが無い。
「えーと。一般的なゴーレム魔法士だと、一日10体生み出せるかどうかですね」
すると、ロイ先生は通常の十分の一の魔力しか持っていないのか。苦労したろうな。
「もう一つ聞くが、魔力さえあればゴーレムを大量生産して、開拓が一気に進むということで理解していいか?」
「はい。魔力の不足さえ補えれば一気に土地も森も切り開くことを約束しますよ。そういう意味でも、これには期待ですね」
魔法草をじっと期待の目で見ながらロイ先生が言った。
魔力の不足さえ……か。
「魔力の問題だけなら、どうにかなると思うぞ」
俺の発言に、全員が注視してきた。
「それは、どういうこと。アルマス」
発言の意図を図りかねたサンドラの問いに、もう一度答える。
「魔力の問題だけなら、俺がどうにかできると思う」
全員が「もっと具体的に言ってくれ」と視線で抗議してきた。
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