第10話「これは期待が持てる」
翌日、俺は作りおきの乾燥ハーブと魔法草を少し摘み取ってから屋敷へ向かった。
早朝から行くと迷惑になるので、日が昇って少ししてから森を出る。
一日ぶりの開拓地では今日もゴーレムが土地を開墾し、その周りで人間が仕事をしていた。
ゴーレムは大きく土を掘り返し、その後の畑作りは人の作業だ。
畑作りは最優先なので、ゴーレムを作って力尽きたであろうロイ先生以外の全員がいた。
「おはよう。サンドラ、リーラ。大分進んだみたいだな」
俺に気づいて近づいてきたサンドラは作業着で、リーラはメイド服だ。
昨日もここで土仕事だったのだろう、サンドラの方は大分汚れている。
「おはようございます。アルマス様。もうアリアが種まきを初めておりますよ」
相変わらずしっかりした姿勢でリーラが教えてくれる。
離れた場所を見れば、庭師のアリアが楽しそうに種まきをしていた。
「お、おはよう。アルマスは……元気そうで……なによりね」
この場で一番若いはずの領主サンドラが、なんだかプルプル震えながら挨拶してきた。
「どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」
「こ、これは……」
「昨日、畑仕事を頑張りすぎて筋肉痛です。元々、「面倒くさい」といって運動をしていなかった方ですので」
「くっ、それは王都にいるなら勉強している方が効率的だからで……」
「なるほど。それでこのざまか。ていっ」
試しに軽く腕に触れてみた。
「あがぁっ。な、何をするの。乙女の体を弄ぶ趣味があったというの……?」
「人聞きの悪い。体調を確認しただけだ」
「なるほど。私も……」
横で見ていたリーラが軽く主人の足を叩いた。
「ぐぅっ……く、リーラまで……」
本気で辛いのだろう。サンドラはその場で座り込んでしまった。
お嬢様育ちに見えるサンドラにいきなりの農作業は過酷だったということだろう。
「これは今日は作業させない方がいいぞ」
「私もそう思います。お嬢様、大人しく屋敷に戻りましょう」
「しかし、私も領主として……」
微妙に震えながら何とか立ち上がろうとするサンドラ。
立派な心がけだと思うが、流石に無理だ。休ませた方がいい。
「じゃあ、領主として、俺からの相談に乗ってくれ。金策について話したい」
「金策? 何か目星がついたの?」
「それがわからないから相談したい。自慢じゃないが、俺は世情には大分疎いぞ」
大分長いこと人間社会から隔絶された生活をしていたからな。
今の社会情勢はおろか、通貨も知らない。
「そういうことなら、喜んで対応しよう。リーラも頼む」
「承知致しました。アリアに話をつけておきます」
○○○
執務室に通され、リーラがお茶の用意をしようとしたところで、俺はそれを止めた。
「リーラ、すまないが。これを淹れてくれないか?」
俺が懐から取り出した乾燥したハーブを見て、リーラは眉をひそめる。
「ラフレの葉ですか。疲労回復の効果があると言いますが」
「俺が育てたものだ。試しに淹れてくれ」
「……疲労回復。私も飲みたいわ」
「承知致しました」
一瞬迷ったリーラだが、主人の言葉に了解してくれた。
すぐに俺の持って来たハーブティーが用意され、少し青臭い香りの茶がテーブル上に並ぶ。
「金策というのは、これのこと? ……にがい」
一口飲んで感想を口にしつつ、サンドラが言う。
ラフレの葉は苦みが強いが、全身から疲れを取り除き体調を整えると言われている。
実際、ごく僅かだがその通りの効果があると、昔本で読んだことがあった。
「そういうことだ。……苦いな。リーラが淹れても駄目か」
俺がやると飲めないくらいの苦みなんだが、大分緩和されている。それでも苦いが。
「流石に味そのものを変えることまではできませんから。個人的に、良い状態だと思います」
褒められたぞ。良かった。長年かけた栽培技術が認められた気分だ。
「ハーブね……ふむ……」
サンドラの表情は微妙だった。当然だろう、俺の生きている時代でもハーブなど珍しくなかった。そこらの家で栽培されているものだ。
「ただのハーブではない……と思う。聖竜の森は土のみならず、全体的に強い魔力が流れている。植物も常とは違う効果を発揮するはずだ」
そう、だからこのラフレの葉も、市場で手に入るもの以上の効果を発揮するはずなのだ。
「はずだ……というのはどういうことでしょうか?」
「俺はもう人ではないからな。ちょっと変わったものくらいじゃ効果がない」
俺は自分で育てたハーブも魔法草も大して効果がない。
竜の体が強すぎるからだ。
だが、人間なら違う結果が出るはずである。
「サンドラ、体に変化はないか?」
「……なんか私で実験してないそれ? 残念ながら、変わらずよ」
「そうか。まあ、普通のハーブだしなぁ」
俺はため息をつく。一つ、あてが外れたか。
「じゃあ、こっちだ。あんまり数はないんだけどな」
俺は別の草を懐から取り出す。
取り出したのはいくつかの魔法草だ。月光草、マウの葉、緑光草。
乾燥させていない取れたてで、どれも加工次第で特殊なポーションになる。
「これは……?」
「…………凄い物を出してくるわね、アルマス」
リーラは正体を知らなかったようだが、サンドラは目つきが変わった。
「お嬢様、これが何かご存じなのですか?」
「本物を見たのは初めて。どれも魔法草よ。品質まではわからないけど……」
魔法草、という言葉を聞いてリーラが目を見張った。
よし、どうやら貴重なものだったみたいだ。これは期待が持てる。
「魔法草はポーションなどの材料だけれど、その栽培方法は秘匿されている。故に、非常に高い価値を持つの」
「つまり、これは金策の役に立つんだな? 栽培方法も知ってるぞ」
俺の問いかけに、サンドラはゆっくりと頷いて答える。
「本当に私達が使っていいなら、これほど有り難いことはない。扱いは難しいけれど」
右手で金髪をいじりながら言うサンドラ。既に頭の中では利用法について考えているのだろう。
「で、これをどうしようか。俺はポーションに加工はできない」
「それならば、ロイ先生ね。ちょうどゴーレム造りの後で屋敷にいるから話をしましょう」
そう言うなり、サンドラはその場を立って、執務室の外へ向かった。
その姿を見たリーラが呼び止める。
「お嬢様。筋肉痛はどうなさいましたか?」
「それが……あのハーブティーを飲んでから少し楽になってる」
振り返ったサンドラは、自分でも信じられないという様子だった。
これは、ハーブの方もいけそうだな。
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