第8話「久しぶりに肉料理が食べられるなら協力しない手はない」
「では、参りましょう。お嬢様、留守の間は出歩かないように」
「わかっているわ。成果を楽しみにしてる」
サンドラ達との話の後、俺はリーラと共に森の中で狩りをすることになった。
理由は新鮮な肉の確保だ。保存食だけで生活するわけにもいかない。
森の中には鹿とか兎が多く、俺なら見つけられると言ったら、そういう流れになった。
リーラは着替えて弓と短剣を装備している。服はメイド服のままだけど、それでいいそうだ。
「もしかして、食料に余裕がなかったか?」
「いえ、むしろ余裕があるうちに動きたいということです。それに、アルマス様は私達の常識で計れない力があるのを思い知りましたので。いらっしゃるうちに力をお借りすべきかと思いまして」
「そういうことか。森の中の獣捜しなんて、大したことじゃないんだがな」
本当に大したことじゃない。魔力を追いかけるだけだ。
「しかし、肉か。久しく食べてないな」
「パンはともかく、肉なら材料が沢山いたと思うのですが、何か食べない理由があったのですか?」
「いや、何度か試したんだけど解体に失敗してな。可愛そうだし無理に食べなくてもいいかなと思って」
「左様でしたか……」
俺のあんまりな説明に、リーラは簡単に納得してくれた。
実際、言葉通りだったりする。
俺はどうにも不器用で、上手に獣を解体できなかった。
そもそも食事が不可欠でも無い身で、いたずらに命を奪うのもどうかと思い、狩りをやめた、本当にそれだけだ。
しかし、今回はちゃんと料理人がいる。久しぶりに肉料理が食べられるなら協力しない手はない。
「別に肉食を禁じられてるわけじゃないし、ここも狩りは禁止じゃない。遠慮無くやってくれ」
「では、遠慮無く。獲物を見つけるのはお願いしても?」
「ああ、こっちだ」
俺は魔力を頼りに、リーラに先行した。
1時間後、森の奥で俺は獲物を見つけた。
というか、森に入った段階から目星をつけていた存在に接近した。
「いたぞ。あそこに鹿がいる」
俺の視線の先には、木々に紛れて雄の鹿が一頭。
模様のおかげで景色に紛れて、上手い具合に隠れている。
「……あの、全然見えないのですが。私、目には自信があったのですけど」
なんかリーラが落ち込んでいた。
「気にしないでくれ。竜の目は人のそれと違うのを忘れてた。もう少し接近しよう」
そんなわけで、俺は上手く気配を隠しながら、リーラと共に鹿に接近。
ほどよい距離で、リーラは鹿を視界に捉えた。
「見えました。流石はアルマス様……。この距離なら……」
静かに弓を構えるリーラ。
ここで獲物を逃す手はない。俺も少し手伝おう。
「リーラ。俺が鹿を脅かして動きを止めるから、射ってくれ」
「え?」
俺は指先を鹿に向けて、微量な魔力を発射。
呪文も何もない、純粋な魔力をぶつけるという技術だ。魔力を自在に操る竜でなければできない技である。
この技は対象に誘導されて命中する。結構練習したので精度は高い。
狙い違わず、鹿の足に俺の魔力が炸裂し、その場に倒れ込んだ。
鹿としては、いきなり足に衝撃を受けて倒れ込んだという感じになる。
狙い通り、鹿はわけがわからず狼狽しているが、すぐには立てない。
「……っ」
一瞬驚いた様子だったリーラだが、すぐに我に返って矢を放った。
矢は吸い込まれるように鹿の目に刺さり、即座に目標を絶命させた。
「目を狙うのは鹿以外の猟の技だったと思うんだが……」
「ええ、ですが、これなら毛皮にも傷がつきません」
射撃の結果に満足したリーラは、ゆっくりと獲物に近づいていく。
「ご協力ありがとうございます。こんなに簡単に片付くとは思っていませんでした」
絶命した立派な雄鹿を見ながら、礼を言われた。成果としては十分だろう。
「いやいいって。これは肉料理を食べるためさ」
「では、そういうことにしておきましょう。解体した後、運ぶのを手伝って貰っても?」
その場で解体しないと味が落ちるとか聞いたことがある。美味い食事のためなら断る理由は無い。
○○○
リーラの手際よい解体を終えて、大量の肉を持って屋敷に戻るころには夕方になっていた。
ちなみに部位ごとに肉は全部俺が持った。布とか袋を持たされていたついでということで強引に。
リーラは最初反対していたが、軽々と鹿一頭分の肉を持ち上げた俺を見て驚いたり呆れたりしていた。
俺の服が血なまぐさくなったが、そこは聖竜様から貰った特製だ。すぐに浄化されて綺麗になった。
リーラのメイド服はこうはいかないからな。正しい判断だったと思う。
「お、サンドラお嬢様がこっちに来るぞ」
「ええ、心配してくださっていたようですね」
屋敷からずっと様子を見ていたのだろう。
俺とリーラを見つけたサンドラが、玄関から飛び出してくるのが見えた。
「アルマス様。狩りの前に話した金策の件ですが。私からも切にお願いします」
「そんなに切実なのか……」
「お嬢様が切り札として持っている財産。それは、亡き奥方様の形見なのです。たった一つ、あの方に残された、家族との繋がりといってもいいでしょう」
「…………そういうことか」
聞いたところ、サンドラ13歳だそうだ。とても聡明で、大人と話しているような感覚になるが、まだ子供といって良い年齢である。
その上、何らかの訳ありなのは明らかだ。
肉親のために命をかけた俺としては、家族の繋がりは大切にしてやりたい。
「約束はできないけど、承知はした。それでいいかな?」
「はい。それで十分でございます。お礼ですが……」
「美味い飯を食わせてくれればそれでいいよ」
リーラにそう応えると、声をあげて駆けてくる領主がすぐ近くに見えた。
とりあえず、彼女の事情については機会を見て聞いてみようか。
ともあれ、久しぶりの肉料理が楽しみだ。
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