第7話「俺はどうしようか、畑作りでも手伝おうか?」
「それじゃあ、始めますね」
俺達の前で岩を前にした眼鏡の青年が宣言した。
優しそうで線の細い外見の彼はロイ先生。サンドラ一行で唯一の魔法士だ。
年齢は20代中頃だろうか。見た目通りの穏やかな人物で、話しやすい。
あのあと結局、俺はサンドラの屋敷に一泊することになった。
聖竜様の力のおかげで、寝具一式が保管されており、軽い掃除と日干しで対応できたのが幸いだった。
久しぶりというのも馬鹿らしいくらい久しぶりなベッドでの睡眠は素晴らしい体験だった。
その後の食事でまた泣きそうになったけど我慢した。俺も大人だ。
さて、俺の現在地は屋敷から少し離れた草原。昨日生まれた川の近くだ。
サンドラを始め領民全員が、ロイ先生がこれから行う魔法に注目している。
「……見られてると緊張するなぁ。よし……こうで……」
ロイ先生は手にした一枚の紙を岩に押しつけ、その上に杖を乗せて、ぶつぶつと何かを呟く。
呪文だ。事前に用意した魔法陣を起動するための動作である。
「よし、これで……。目覚めよっ!」
ロイ先生の鋭い声と共に、杖と岩が輝く。
すると、身の丈ほどもある岩が徐々に動き出した。
「おおっ」
全員から歓声が起きた。
巨岩はまるで自分の意志があるかのように割れていく。
バラバラになるかと思わせて、それが繋がり、何らかの意図を持った形へと至る。
それは人型だ。雑ではあるが、何とかそう見える岩の塊がその場に直立した。
「見事なゴーレムだな」
俺は素直に感想を言う。
ロイ先生はゴーレムが専門の魔法士だ。
この手の魔法士は、部品を集めて強力なものを作ることもあれば。今のように自然のものからゴーレムを作ることもある。
俺には使えない系統の魔法だが、何度か目にしたことがある。
ロイ先生の手際はかなり良い。腕利きだ。
「はぁ、はぁ……。これで、あとはアリアさんの命令を聞くようになっています。……うっ」
「ロイ先生!」
褒めようとしたら、ロイ先生がいきなり倒れた。
全員で近寄ると、彼はやり遂げた男の顔で言う。
「すいません、魔力切れです。半日くらい屋敷で寝かせてください」
「…………」
マジか。ゴーレム造りはそんなに魔力消費は激しくなかったはずだけど。
俺の疑問を察したのか、サンドラが口を開く。
「ロイ先生は非常に優秀なのだけど。魔力が絶望的に少ないの。ゴーレムは一日に一体が限界」
「そうなのか……」
それじゃあ、仕方ないね。という空気の中、戦闘メイドのリーラに担がれて、ロイ先生が屋敷へと連れて行かれた。
「それでは、ゴーレムちゃんはわたしが使わせて貰います。はーい、こっちですよー」
役目を終えたロイ先生に代わり、女性がゴーレムに指示を出す。
背が低く、気持ちふくよかで優しい雰囲気の彼女はアリア。サンドラ直属の庭師だ。
今日はロイ先生の作ったゴーレムで畑を作ることになった。
主にアリアが指示を出し、ゴーレムが土を掘り返す。細かく整えるのは人間の仕事だ。
他の者も別の仕事をやりつつ、手伝いをする。畑に集中したいところだが、屋敷の片付けや、点検。やるべきことは色々とある。
「畑か、今から小麦を育てれば秋には食べられるか?」
「残念ながら、小麦は秋に種まきするの。収穫は来年になるわね。とりあえずは土づくりをしたり、アリアの見立てでいけそうだと思った野菜を育てる方針よ」
「そうか。小麦は来年か……」
小麦の種まきは秋だったとはな。そんな基本的なことも知らずに生きていたとは悲しくなる。
生きる上で大切なものがどう育つも知らないくせに、賢者と呼ばれていたとは……。
「? 何を微妙な顔をしてるの? 土を掘り返すのはアリアとゴーレムに任せましょう。私達は別の仕事があるわ」
そう言って、サンドラも屋敷に戻っていく。
俺はどうしようか、畑作りでも手伝おうか?
そんなことを思っていると、サンドラから声が掛かった。
「アルマス。すまないけれど、私と話をしてもらえる? 相談したいことがあるの」
「ああ、わかった」
領主からの呼びかけとあらば、対応しないわけにもいかない。
俺は素直に屋敷へと戻った。
○○○
サンドラの相談は執務室で行うことになった。
前の屋敷の持ち主もこで仕事をしていたのだろう。
立派な机と椅子。応接用のテーブルとソファーが備えられた良い部屋だ。
俺が掃除されたソファーに座ると、リーラがお茶を淹れてくれて話が始まった。
しかし、昨日から紅茶を貰ってるが、これは貴重品じゃないのか。大事な資材を使わせてしまってないか不安だ。
「改めて。私達を迎え入れてくれたこと、多大なる協力をしてくれたことに感謝します。ありがとう、賢者アルマス」
相談の始まりは、サンドラの礼から始まった。小さいながらなかなか威厳のある振る舞いだ。
主人が頭を下げるのを見て、後ろに立つリーラも静かに同様の動作をする。
「いや、俺は聖竜様の言うとおりにしただけだからな。気にしなくていいぞ」
「では、聖竜様に感謝を。まさか、このような状態で過ごせるとは思ってもいなかった……」
確かに、聖竜様がいなければ、彼女たちはここで野宿をしながら作業していたはずだ。
その場合、井戸も川もないので環境も悪い。暢気に紅茶を飲む余裕も無かっただろう。
「実のところ。今回は拠点になる建物を作って、ある程度形を整えたら、冬になる前に西の街に帰ろうと思っていたの」
「そうなのか? いや、賢明だな」
当たり前だが、冬は生き物に厳しい季節だ。未開の地の冬越えは危険極まりない。
「西にある街の領主は知り合いでね。そっちで厄介になって、勝負は来年と思っていたの。それで、予定が早まって正直困ってもいるというか……」
指先で金色の髪の毛をいじりながら、困ったように笑うサンドラ。
その様子に嘘はなさそうだ。
「もしかして、悪いことをしたか?」
「とんでもない。おかげで建物の建築分の資金が浮いたわ。これだけでも大助かり。そうよね、リーラ」
「はい。おかげで、これからの各種資材の購入が楽になります」
にこりともしないで言うリーラ。基本が真顔なのな、この人。
「つまり、順調すぎて困るということ。先送りにしてたことを考えなきゃならなくなった。さし当たって、金策をね」
「金策か……。難問だな」
世の中、何をするにも金が必要。それは400年たとうと変わらないだろう。
「まず、今日から畑を耕し、ジャガイモなどを植えて順調に収穫できても、せいぜい私達で食べる分が限界だと思う。ゴーレムで畑を拡張できても、人が少なくて世話を仕切れないし、地理的要因で出荷も難しい」
開拓地の現在の人口は十名だ。
内訳は、領主、戦闘メイド、魔法士、庭師、大工、料理人。それと元商人の夫婦が一組と、ごつい男が二人。
0人よりは大分いいが、それぞれが専門の仕事をする必要がある。皆で畑を全開でやるというわけにもいかない。
「農作物をとれても、資材や人の確保で金はいくらでも必要そうだな」
「その通り。話が早くて助かるわ。そこで、この辺りに何か商売に使えそうなものがないか教えて欲しいの」
「商売か……少し考えさせてくれ」
いきなり言われても難しいな。400年以上過ごして、初めての問いかけだ。
何があるか、俺なりに考えてみよう。
「宜しくお願いするわ。一応、切り札のような財産はあるけど、できれば使いたくないから……」
そう言って、サンドラは改めて俺に頭を下げた。
横で主人に習うリーラが、悲しげな顔をしていたのが少し気になった。
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