第6話「行動早すぎです、聖竜様」
領主の最初の仕事として、領地の視察を行うことは特別おかしなことじゃない。
それにサンドラがやってきたのは未開拓の土地だ。
詳しい者に案内させるというのは適切な判断だと言える。
どこに何があるか把握することで今後の方針を決定できるだろう。大切なことだ。
というわけで、俺とサンドラは屋敷から出て散歩をすることにした。
「じゃあ、行くとするか。……ん、あの井戸は生きてるのか?」
屋敷の隅にある井戸が目に入った。見た目は綺麗だが、その中まではわからない。
「さっき確認したが、枯れていたわ。水の確保も考えなくちゃいけないわね……」
「水源が移動したか……」
恐らく聖竜様が、この屋敷を保存した当時は井戸に水が来ていたのだろう。
この建物の建設が、俺が眷属になる前のものだとすると、少なくとも436年以上は前の建物。
そりゃあ、水も枯れるだろう。
二人で近寄ってみると、確かに井戸は枯れていた。
「飲料水も持って来ているし、魔法士がいるから当面は何とかなるけど、これは問題ね」
「そうだな。ちょっと待ってくれ……」
俺は精神を集中させ、井戸の底の魔力の流れを見る。
「これは……いけるかもしれない」
地下に水の魔力の流れがある。水源だろう。それが井戸の底より少し深い場所にあるようだ。
これくらいなら、軽く水源を刺激すれば直るだろう。
良かった。早速パンのお礼を出来そうだ。
俺は自分の手の平をかざし、拳大の光の球を創り出した。
これは俺が調節した竜の魔力の塊だ。こいつを使えば、地下水脈をほんの少し、こちら側に動かせる。
「何をするの?」
「井戸の修理。ほいっと」
光球を放り込むと井戸の底で弾けて、一瞬だけ明るくなった。
「……何も起きてないけれど?」
「少し時間がかかるのさ。ほら……」
二人で中を覗いていると、狙い通り、じんわりと水が湧き出してきた。
「うん。上手くいったみたいだ。うっかりすると噴水みたいになるからな」
魔力による土地の操作は難しい。眷属になりたての頃は、色々失敗したもんだ。うっかり加減を間違えて魔物を発生させたりとか大変だった。
「信じられない。こんな簡単にいくものだなんて……」
「竜の扱う魔力は人とは異なる。こうして自然に作用させるのが得意なんだ」
「なるほど。世界を創り、支える力ね」
俺が使えるのはその一部だけだけだ。
聖竜様を初めとした六大竜のように山脈や大陸を創るのは流石に厳しい。
その代わり、俺は竜の魔力で人間時代に修めた魔法が使える。
俺は戦闘系の魔法が専門だったので、戦いに関してはそれなりのはずだ。
まあ、戦闘に特化しすぎててそれ以外何もできず、酷い生活を送ってたわけだが。
「ありがとう。賢者アルマス。早くもまた借りを作ってしまったわね」
「いや、今のはさっきのパンのお礼だ。気にしないでくれ。さあ、行くとしよう」
素直に感謝の言葉を投げかけられるのがちょっとこそばゆかったので、俺はすたすたと歩き出した。
○○○
今はまだ道も何もない、草が生い茂った丘を二人でゆっくり下っていく。
季節が春になったばかりなのが良かった。草の丈が低く歩きやすい。
今日は天気も良く、日差しが心地よい。散歩日和だ。
「見ての通り。何もない。東は聖竜の森。北は氷結山脈。南は森が切れたら荒野になっている。西はどうだったかな。確か山が多くて道が細かったが」
「歩いて5日の距離に小さな街がある。道がなかったし、荷馬車もあったから苦労したわ」
「5日……」
そんな近くに街ができていたとは知らなかった。
人の生存域が広がっていると言うことは、平和な時代になったのだろう。
「何も無いけど開拓向きの場所に見える。この辺りは農地を作るのに良さそうね。うん、帰ったら相談しよう。いや、川がないかな」
「川か……」
この辺りは、聖竜様の命令で森が広がらないように草原を維持していた。
きっと、かつてここで人が生活していたのだ。聖竜様ともやり取りがあったんだろう。
聖竜様は思い出を大事にするタイプだからな。多分、ここが森に呑まれるのが嫌だったんだ。
「もう少し歩いていい?」
「ああ、少し森の方に向かってみようか」
春の花がちらほら咲く丘を東に進む。
地面は少しずつなだらかになり、最終的に平地になった。
そこから少し向こうが聖竜の森だ。
「ん。アルマス、あれは川の跡に見えるけれど?」
「ああ……確かに、言われてみれば」
丘の終わり辺り、小さめの石や岩が曲線を描いて続いていた。
なるほど。あれは川の跡だろう。
「水が流れていれば、大分助かるんだけどね……」
サンドラが難しい顔をして呟いた。
川があれば水路も作れるし、水車も置ける。生活の利便性は向上するだろう。
『なるほどのう。川があればいいのじゃな』
唐突に、俺の頭の中に聖竜様の声が響いた。
「ちょ、聖竜様! 何かする気ですか!」
「どうしたアルマス! ……その目はっ!」
いきなり叫んだ驚くサンドラだったが、金色に光る俺の目を見て状況を理解したようだ。
『少し離れておくれ。川を流す』
行動早すぎです、聖竜様。
「サンドラ、こっちだ!」
「なっ、きゃっ!」
俺が強引に引っ張ると、サンドラが女の子らしい悲鳴をあげた。
「何を慌ててるの。聖竜は何を言っていたの?」
「川を元に戻すらしい」
「は?」
サンドラが「こいつ何を言ってるんだ?」という顔をした。気持ちはわかるが、事実だからしょうが無い。
とにかく嫌な予感がするので、俺達は足早に丘の上に避難した。
「来た……」
「信じられない……」
少し待っていると、かつて川があった場所に、北にある氷結山脈の方から大量の水が流れてきた。
危険なくらいの勢いの水が押し寄せ、さっきまで俺達がいた場所も一瞬で水の底に沈む。
そのまま呆然と眺めているうちに水量は落ち着き、目の前に立派な川が生まれていた。
「アルマス、これは聖竜……聖竜様が?」
サンドラが聖竜様の名前を言い直した。流石にこれを見れば、畏怖やら畏敬の念を覚えるか。
「そうだが。ちょっと待ってくれ。抗議する」
「抗議?」
俺はすぐに聖竜様に話しかけた。
『何考えてるんですか! 川を作るなんて、竜脈に影響しますよ!』
山や大地と違い、川は頻繁に形を変える巨大な生き物だ。巨大な魔力のうねりのような存在で、扱いを間違えると竜脈に影響を与えかねない。
それを教えてくれたのは聖竜様だというのに、何てことを。
『いや、元々川があった場所じゃし。平気じゃよ、平気。……多分』
『多分!!』
『ほ、ほんとに平気じゃ。万が一何かあっても、ワシが何とかする』
よし、ちゃんと責任はとってくれるようだ。というか、そうじゃなきゃ困る。
何かあったら全部聖竜様にやってもらおう。
俺が一安心していると、サンドラが心配そうにこちらを見上げていた。
「話し合いは無事終わった。この川は利用して問題ない」
俺が努めて穏やかに言うと、サンドラは安堵したようだった。
「良かった。何か良くないことがあったのかと」
良くないことだけど、何かあったら上司に投げる算段を立てただけである。
「君達にとっては利用しがいのある川ができた。それで良しとしてくれ」
「わかった。そうする。これはパンだけでは返しきれない借りになったわね」
「礼は聖竜様にやってくれ。やったのは俺じゃない」
いきなり変わった景色をしばらく眺めてから、俺達は屋敷に戻った。
そして、屋敷に戻ったら、戦闘メイドのリーラが滅茶苦茶怒っていた。
「……お嬢様。何故、私に一言も声をかけずに出かけたのですか」
滅茶苦茶殺気混じりの声だった。こわい。
「い、いや、アルマスもいることだし、平気だろうと……」
ギロリと、リーラが俺を睨む。やめてくれ、俺は悪くないぞ。
「……確かに、アルマス様は無害そうな方で、実際無害な男性だったわけですが」
おい、なんか微妙に失礼なことを言い出したぞ。
「ですが、お嬢様は非常に美しい、13歳にして世界有数の美女であることをお忘れ無く。ちょっと優しくされたからといって、簡単に出歩かないように!」
「ご、ごめんなさい、リーラ。しかし……」
「しかしではありません! いいですか、お嬢様ほど可愛らしい存在は……」
「いや、それはどうなの……」
「言い訳しないっ!」
「ううっ……」
なるほど。リーラはサンドラが大好きなんだな。ちょっと危ないくらいに……。
物凄い勢いで展開される主従の説教を見ながら俺は思った。
このメイド、ちょっとおかしい。
それはそれとして、結局このあと、屋敷に一泊することになった。夕飯でまた泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます