第4話「まずい、怒ってる。しかも、ちょっと涙目だ」

 三日後、聖竜様の言ったとおり、人間が来た。

 聖竜の森の西側は、木々が終わると、なだらかな丘と草原が続いている。

 そこに十名ほどの人間がやってきていた。

 彼らの他には荷車が2台。それぞれ馬が引いてきたようだ。


 季節は春。過ごしやすい時期だが、道の無い地域の移動は大変だったろう。


『よし、アルマスよ。とりあえず接触するのだ』


「わかりました。でもちょっと対応に悩みますね……」


『そこは元人間のお前に一任する』


 丸投げか。

 どうするか。厳かに言ってみるか。

 俺は森から出て、正面から人間の一団の前に出た。

 向こうも普通にこちらに気づいた。


「この聖竜の森に何用だ。人間達よ」


 若干の威圧の意味を込めて、少し魔力を活性化させつつ言う。魔法士がいれば気づくはずだ。

 すると、荷車から一人の女の子が降りて、目の前に来た。

 

 十代前半くらいだろうか。子供と言ってもいいくらいに見える。

 短い癖毛の金髪と白い肌。太めの眉と意志の強そうな瞳が印象的だ。

 全体を見ると、まるで人形のような可愛らしさと美しい印象を持つ少女だった。

 着ている服は質素な色合いながらも上等な作りだ。この一行の中で一番といってもいい。

 

 少女は一礼すると、思ったよりも芯の通った声音で挨拶をしてきた。


「初めまして。アルマス・ウィフネン様で宜しいですか?」

「なっ……」

 

 滅茶苦茶驚いた。感情がここまで動くのは四百年ぶりだ。

 いきなり想像もしていない展開が来たぞ。


「何故……俺の名を……」

「ふふ。私の先祖、フレス・エヴェリーナの記録にあったのですよ」


 フレス・エヴェリーナ……。


「誰だっけ? それ」


 思い出せなかった。


「貴方と共に、『嵐の時代』を生きる賢者として共に研鑽した魔法士ですよ! ほら、いたでしょう。私と同じ金髪に、つり目で!」


 まずい、怒ってる。しかも、ちょっと涙目だ。

 子供を泣かせると気分が悪いので必死に思い出す。アイノ以外の記憶を掘り返すなんて久しぶりだ。

 エヴェリーナ……。あ、たしかいたな……。


「……思い出した。……言われてみれば似ているな」


 改めて少女を見ると少し懐かしい気持ちがこみ上げてくる。


「君の名は、なんと?」


「サンドラ・エヴェリーナ。この地方の開拓を任せられた。一応、男爵ということになっています」


 女男爵か。俺の時代も元気な女性に地位と領地を与えることはあった。

 しかし、サンドラの場合はどうだろう。

 連れてきた人間は九人。しかも女性が多い。男女を差別するわけじゃないが、未開拓の土地にふさわしくない一団に見える。 

 これではまるで、追放されてきたみたいだ。


『アルマスよ。そのサンドラという子供を見ても良いかの?』


「聖竜様、お願いします」


 俺がそういうとサンドラ達がざわついた。

 同時、サンドラの体が光に包まれる。


「お嬢様!」


「危険は無い。聖竜様が直々にサンドラを見ているだけだ」


 俺が眷属になった時と同じで、調べられているのだ。

 光はすぐに収まった。


「お嬢様! ご無事ですか!」


「驚いたけど大丈夫。いきなり聖竜に会えるとは思わなかったけれど」


 ちょっとぞんざいな口調でサンドラが部下に対応した。あちらが素なのか。 


「かつて俺も聖竜様に今のようなことをされた。そして、眷属となった」


「それで、私の評価はどうだったか教えて貰えますか?」


 サンドラは思いの外落ち着いていた。

 なかなか肝の据わった子だな。恐くなかったのか。


『どうなんですか? 聖竜様』


『……うっ。ぐすっ。この子、結構苦労しとるよ。ワシ、味方になる。悪じゃないし』


 なんだか同情していた。聖竜様、竜が良いから……。


「聖竜様はお認めになったようだ」


 周りの人達がどよめいた。「流石お嬢様」などと言う声も聞こえる。

 実は俺にはこっそり安堵のため息をつくサンドラが見えたわけだが、黙っていよう。


「賢者アルマス。さっき瞳が金色に染まっていました。あと、髪の色も祖先の記述と違うようなのですけど」


「聖竜様の眷属になった影響だ。だが、俺は俺だ」


 水面に映る姿などで知ったが、俺は銀髪銀目になっている。また、聖竜様と話している時は瞳が金色になるらしい。


「それで、聖竜に認められた私達はここに住んでもいいでしょうか? 村を作るから、森を切り開いたりすることになりますが……」


『いいんですか?』


『別に構わんよ。あと、アルマス、お前も手伝ってやるのじゃ。手始めに住居を用意しておいたんで、案内してやっとくれ』


 住居とな。そんなものがあったのか。


「また聖竜と会話ですか?」


「俺にもお前達の作業を手伝うように言われた。それと、住居の用意もある。案内しよう」

 

 またも周囲がざわついた。サンドラも驚いている。


「こっちだ。ついてきてくれ」


○○○


 俺が案内するのは何百年も草原であるように調節された土地の一画だ。

 緩やかな丘が続くその先にはかつて貴族の別荘があったという跡地がある。

 そこで俺は驚きの光景を目にした。


 丘の上まで歩いていったら、立派な屋敷が建っていたのだ。

 

「嘘だろ……」


 どういうことだ。ここには、建物の土台だった石がいくつか転がってるくらいだったはず。

 なんで二階建ての見事な屋敷が建ってるんだ。しかも結構いい状態で。


『聖竜様。こんなものどこから?』


『ああ、大昔の屋敷をな、ワシの次元に保管しておいたんじゃよ。だから綺麗じゃぞ』


 なるほど。理解はした。

 これならサンドラが連れてきた人間全員を収容しても問題なさそうだ。


『ああ、ついでにお主の家も少しそっちよりに移動しておいたぞい』


「えっ!」


 思わず声が出た。いつの間にか近くまで来てたサンドラがぎょっとしてる。


『今までみたく森の奥にあったら不便じゃろうからな』


『まあ、聖竜様の命令だから従いますけれど……』


 なんだか微妙に納得いかないぞ。俺は小屋だったのに。いや、こんな屋敷を用意されても困るか。

 

「賢者アルマス。私達は本当にここに住んでいいのですか? 正直、今期はここで家を建てたら帰るくらいのつもりだったのですけど」


「……ああ、構わないそうだ。聖竜様からの挨拶代わりの品だ」


「でも、対価を払えません」


「む……対価か」


 彼女は俺達にお礼をしたいというわけだ。

 俺が欲しいもの。

 それは、よりよい生活だ。限りなく野生に近い生活はもう嫌だ。


「ここでの暮らしは街に比べると酷くてな。君にそれを改善して貰えると嬉しい」


 本心からそう言うと、サンドラは凄く驚いた。


「そんなものでいいのですか? もっと無茶を言うものだと」


「君のような子供と9人の家臣。十分無茶だと思うが?」


 俺があえて挑発すると、サンドラはわかりやすく立腹した。


「いいわ。その挑発に乗りましょう。貴方に快適な生活を味わってもらいます」


 何となく微笑ましい怒り方だった。


「期待しているよ。サンドラ・エヴェリーナ。ああ、敬語は使わないでいい。子供が無理をしているようで見ていられない」


「……お見通しと言うことね。祖先の記述通り、なかなか面白い人物みたい。アルマス・ウィフネン」


 切り替えの早い子だ。すぐに口調が素になった。あるいは、無理していたのかもしれない。


「みんな、屋敷の中を確認しよう」


 そう言うと、家臣に号令をかけて、サンドラは屋敷の方へ向かう。

 とりあえずは中を確認しなきゃな。俺もついていこう。


 ゆっくりと一番最後を歩いていると、また聖竜様の声がした。


『スローライフ……じゃったか。田舎でのんびりゆったり暮らす、そんなことを現す言葉だそうじゃ』


『へぇ、悪くないですね』


『お前さんのこれまでの生活だってそんなもんじゃろう』


『あれは限りなく野生に近い生活なので、のんびりゆったりしていません』


 断言する。俺の436年はスローライフとは違う別の何かだ。

 

 とはいえ、一つ思いついた。

 アイノが目覚めた時、ここにのんびり過ごす場所があるというのは悪くない。むしろかなり良い。


『聖竜様。とりあえずは、俺はスローライフというのを目指してみますよ』


『うむ。ワシも面白そうじゃからそれで良いと思う』


 そんなわけで、俺と聖竜様の見解も一致したところで、屋敷に向かうのだった。


 今思いついたんだが、ここでついていけば一食ご相伴に預かれそうな気がする。

 パン……食べたいな。

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