第3話「これは、俺の生活を変えるまたとない機会だ」

 それからの眷属としての日々は過酷だった。主に自分の生活能力のせいで。


 聖竜様から指示がある場合は、俺は色々なことをした。

 森の中の魔力の流れを整えたり、魔物を倒したり。場合によっては地形を変えたりだ。


 世界を支える六大竜の一つ、聖竜の眷属の力は、強力だ。

 詠唱もなく、意識を差し向けるだけで大地や木々や生き物など、魔力が流れるあらゆる存在に影響を与えることができる。

 

 仕事をするうちに、俺は自分の魔力と周囲の魔力を自在に操れるようになっていった。

 地形を変えたり、体内の魔力が澱んで死にそうな獣を治したりと、竜の力はとても応用が効く。


 だいたい百年くらいで、俺は小さな山を崩す程度には力を扱えるようになっていた。


 強大な力を手に入れた一方で、大変残念なことに生活水準は上がらなかった。

 食事の中心は木の実や魚やキノコ。

 主食は魔力だ。自然の魔力を取り込めば生命は維持できる。


 なまじ肉体が人間であるため、食欲が残っているのが厄介だった。

 体も竜ならそうでもないと聖竜様が教えてくれたのだが、どうにもならない。

 どうやら『体は人で、本質が竜』という特殊な眷属にされたらしい。


 長い時間の中、料理とか大工仕事とかも挑戦したけど全然ダメだった。

 唯一成果が上がったのは、ハーブの栽培だ。

 魔法士として薬草などの知識を軽く押さえていたのと、ハーブが思ったより育てやすかったこともあり、それだけは上手くいった。

 中には魔法草という特殊な分類の植物も少しだが育ったほどだ。


 おかげで小屋の外に作った小さな畑は、薬草とハーブだらけだ。

 いつの頃からか、たまに飲むハーブティーが俺の贅沢になっていた。


 そんなわけで、貧しい食事とハーブティーの限り無く野生に近い生活が続いた。

 それも、思ったより長く。


○○○


 俺が眷属になって436年がたった。

 年数が細かいのは、新年が来る度に聖竜様が教えてくれるからである。


 436年。その間、聖竜の森は誰も訪れず、静かな時間が流れていた。

 聖竜様達の頑張りのおかげで、世界の竜脈も落ち着いた。

 かつて魔境と呼ばれたこの場所も、俺の活動で清涼な森へと生まれ変わっている。


『アルマスよ。人間が来るぞ』


 ある日、聖竜様がそんなことを言ってきた。


「……にん……げん。……人間ですって!」


 野生に近い生活を続けていた俺は、人間の存在を忘れかけていた。


 そりゃあそうだ。もはや、人生の大半をここでほぼ一人で過ごしてたんだし。

 というかこれは、400年以上の間、人が訪れなかったこの森で最大の事件だ。


「せ、聖竜様。それで、どのようにすれば?」


 未知との遭遇すぎて、どうすればいいかわからない。俺も元は人間なのに。もう人付き合いの方法なんて忘れたぞ。


『うむ。恐らくは、ここで領地経営でもするつもりなのじゃろう』


「なるほど。で、俺はどうすれば?」


『やってきた人間に接触し。善悪を判断する。悪ならば、追い払う』


「では、善ならば?」


『ここで村を作って生活させてみようと思うんじゃ。ほら、最近世の中落ちついて、退屈じゃし。面白そうじゃろ?』


「……わかりました」


 聖竜様の意外と前向きな回答に俺はちょっと驚いた。


『アルマスよ。不満か?』


「いえ、むしろ俺も生活水準を上げるチャンスな気がします」


 ああ、そうだ。パンとかもう400年以上食べていない。

 これは、俺の生活を変えるまたとない機会だ。


『うむ。乗り気なようで何よりじゃ。では行け! 我が眷属、アルマスよ!』


「はい!」


 返事と共に、別の空間に保管していた俺の装備品を取り出す。

 俺の全身を薄灰色のローブが覆い、手には杖が現れる。

 

 聖竜様から頂いた、眷属としての正装だ。この装備品だけは聖竜様の領域に保管され、俺が自由に取り出せる。

 

 これで見た目だけなら一人前。

 そう納得し、俺は意気揚々と小屋を出た。


『すまん。方角は西、森の外じゃ。あと三日後に来る』


「あ、じゃあ。一度帰ります」


 仕方ないので、俺は家に帰って寝ることにした。

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