第2話「いかん。生きる以前に飢え死にする」
気づいたら、俺は森の中で一人だった。
「ここは? アイノは?」
背中にあった妹の感触が消えている。
場所はついさっき飛び込んだ光の前だ。
森の中の不思議なひだまりは、今も穏やかに輝いている。
……あれは、夢じゃなかったってことか。
『安心するのじゃアルマス。お主の妹はちゃんとワシと共に眠っておる』
頭の中に声が響く。
両目が熱い。
「く……なんだこれ」
『お前は聖竜の眷属となった。見た目は人間じゃが、中身は竜じゃ。しばらく慣れるのに時間がかかるじゃろう』
一瞬で俺の体は作り替えられたって事か。
目の熱が落ちついて少し状況がわかった。
「……なんだこれ」
俺の身体に魔力が溢れている。人間の時と比べものにならないくらい、桁違いの量だ。
それと、聖竜の存在を非常に近く感じる。とても強大で、畏るべき存在だ。
「聖竜……様。俺はこれで何をすればいいんでしょう?」
『素直で宜しい。さしあたっては、この辺りの我が領地の調整をして貰う。竜脈はわかるな?』
「はい。一応……」
言われたのは魔法士にとって基本的な知識だ。
竜脈、霊脈、魔脈。色々呼び方はあるが世界を流れる巨大な魔力のうねりだ。
その莫大な魔力こそが世界を支えるものであり、恵みと災いをもたらすとされている。
俺の知る限り、あらゆる時代に龍脈から力を取り出そうとして大変な目にあう者が存在していた。
『ワシら六大竜は世界全体の竜脈の調整で忙しくてのう。自分の土地の管理がおろそかになっておるんじゃ。聖竜のお膝元なのに、酷いもんじゃったろう?』
「確かに……」
魔境と呼ばれてしまっていた聖竜の森のことを思い出す。
魔物とか沢山いたし。近づくのも大変だった。
『ワシらがこっちの仕事に集中している間、お前にはそっちの調整を頼む。その身体ならできるようになっとる。たまにワシから指示を出すし、困ったら聞け』
「結構優しいんですね……」
『眷属にした以上、ちゃんと面倒をみなきゃいかんじゃろう』
意外としっかりした上司だ。なんだか安心感がある。
「よくわからないけど、わかりました。やってみます」
『うむ。新しい身体の使い方を覚えるのにちょうどいい仕事じゃ。時間はかかるじゃろうが、頑張るんじゃぞ』
「時間ってどれくらいですか?」
『わからん。300年くらいかもしれん』
余裕で人間なら死ねる時間が提示された。
『まあ、今のお主は竜じゃから、そのくらいじゃ死なんよ。じゃあ、切るぞ。地竜から連絡が来たのでな』
「ちょ、切るって……聖竜様! 聖竜様!」
返事は無かった。
目の前にあった光も消えている。
俺は魔境にひとりぼっちだ。
しかも、状況はかなり不明瞭。
「やるしかないか……」
一応やることがあるだけマシだと思って、俺は行動に移った。
○○○
することはあるが、目的地はないので、適当に森の中を歩いて数分。
今日寝る場所もないことに、俺は気づいた。
「俺、ここでどうやって生活するんだ?」
というか、聖竜様に会う前まで持ってた荷物もない。
状況は最悪だ。
そう思っていたら、聖竜様から連絡が来た。
『おおそうじゃ。一応、お主のための住まいを用意しておいたぞい。平和な時代に貴族が作った別荘……の敷地内にあった小屋じゃがな。西に向かうが良い』
「あ、ありがとうございます。聖竜様……」
とりあえず寝る場所があるのは有り難い。
俺は言われた通り西に向かった。
というか、自然と西がどっちかわかった。鬱蒼と茂る森の中だというのに。凄いな竜の体。
「よし、行ってみるか」
俺は思い切って駆け出した。
魔境とも呼ばれる聖竜の森は、本当に広い。
足場も不安定だし、日も差さない。その上魔物までいる。
その中を、俺は快調に走っていた。
この体、凄いな。
聖竜様の眷属になったのは伊達じゃないみたいだ。
人間の頃と比べて、まさしく世界が変わっていた。
少し集中すれば、魔力の流れが見える。これは凄いことだ。
魔術師なら魔法を使ってやっとできる技で、持続時間も数分の技術。
それを俺は常に展開できるようになっていた。
おかげで、移動がとても捗る。
万物には魔力が宿る。魔力こそ命の源。
生き物の中で魔力が淀んだり、弱まったりすると、悪いことになる。
逆に活発に循環したりすると、良いことになる。
ざっくりいうとそんな感じのことを発表した賢者がいたが、その通りだ。
森の中で大きく嫌な感じの魔力があれば魔物だし。
逆にいい感じの魔力がある場所には綺麗な泉があったりする。
自分の体に注意を向ければ、体の中心辺りから他とは莫大な魔力が生まれ、それが全身を循環していた。
竜は人間とは比べものにならない魔力を持つという。
聖竜様の言うとおり、俺は見てくれだけ人間の竜になったのがよくわかる光景だ。
足も速いし、疲れもしない。魔力を見れば危険も避けれる。
ちょっとした万能感に浸りながら、俺は森の西側に到達した。
「ここが俺の新しい家か」
そこにあったのは限りなく倉庫に近い木の小屋だった。
四角く大きな箱に屋根。窓が一つ。
人一人が寝起きして生活するのがやっと。そんな小屋だ。
『どうじゃ。立派なもんじゃろう』
「ええ、まあ。屋根と壁がありますからね」
『うむ。そこを拠点に、頑張って暮らすが良い』
聖竜様の反応は消えてしまった。
小屋に入り、中を見る。
室内には何も無い。寝床になりそうな干し草が敷かれているのはサービスだろうか。
「自力で小屋を建てるよりマシだな……」
賢者とまで言われていた俺だが、大工の能力は無い。
森に放り出されて生活すれば、最初は野宿、その後はどうにか粗末の小屋を作れるかどうかだ。
それに比べれば、ここはどれだけマシだろうか。
とにかく、少し休みながらこれからの事を考えよう。
そう思い、室内に座る。
そうだな。まずは食事でも……。
「いやまて、食事はどうする? 自分で作れるか……?」
近くに川も森も山もあるから採集はできる。木の実と野草の知識は多少はある。
あとはそうだな。パン……パンとか作れれば何とか。すると小麦か。
「小麦……か……」
多分、生えてない。
なにより致命的な問題を思いあたった。
俺は生活能力が著しく低いのだ。
ここに至るまでの旅でも、食事などは病気の妹の世話になっていたほどに。
いかん。生きる以前に飢え死にする。
「聖竜様! 聖竜様!」
『なんじゃ? 何か問題でもあったかの?』
「俺、このままじゃ飢え死にしちゃうという結論に達しました」
『安心しろ。お前はもう竜じゃ。自然の魔力を吸収すればとりあえず死なん。後は頑張れ』
「頑張れって! あっ、もう切れてる!」
聖竜様の気配はもう感じられなかった。
いや、魔力を吸収すれば生きていけるというのがわかったのは僥倖ぎょうこうだ。
これで死ぬことは無い。魔力を吸収のやり方がわからないけど。
「よし……とりあえず、寝るか!」
眷属生活初日。
俺はふて寝した。
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