引きこもり賢者、一念発起のスローライフ 聖竜の力でらくらく魔境開拓!

みなかみしょう

第1話「俺は即答した」

「……見つけたよ。アイノ」


 森の中、それを見つけた俺は背中の妹に語りかけた。

 妹のアイノは、体を厚めのローブで覆い、細い息を吐いている。

 俺と同じ明るい茶色の髪も、活発さが形を持ったような瞳も、今は色あせ、疲労が濃い。

 アイノは病気なのだ、それもたちの悪い。


 全ては『嵐の時代』と呼ばれるこの時代が悪い。

 海は荒れ、天気は不安定。おかげで世界的な大不作。

 問題は国家間の政治にまで波及し、世界中で戦争が起きた。


 俺はそんな情勢の中、才能を生かして魔法を学び、魔法士としての階段を駆け上がり、賢者とまで呼ばれる力を得た。

 これで自分の知識と力で『嵐の時代』を生き延びれる、大切な家族、特に妹を護ることができる。


 そう思った矢先のことだった。

 

 知人から、妹が病気になったという連絡を受けた。

 それは魔法も薬も効果がなく、徐々に衰弱していく厄介な病気。

 慌てて故郷に帰って見たのは、家族からも周囲から見捨てられ、ゴミのように扱われる妹の姿だった。

 

 俺は妹を引き取り、最愛の家族を助けるために全てを捨てて旅立つことを決意した。

 普通の方法で治せないならば、別の可能性に賭けるしかない。

 

 俺が向かったのは魔境と呼ばれる場所だ。


 鬱屈とした大森林で、内部は恐ろしい魔物や植物で溢れ、人を寄せ付けない。

 実際、魔境に向かって帰った人間はいなかった。


 だが、古い資料によれば、魔境はかつて聖竜の森と呼ばれていたという。


 そこには世界を支える六大竜がひとつ、聖竜がいるとされる。

 

 六大竜は、古の時代に世界と生命を創り上げ、今も世界を支え続ける強大な存在だ。

 そして、資料によると実在は確認されていた。

 伝説の彼方にある存在ならば、妹を癒やせるに違いない。

 

 そう考えた俺の冒険行はいま、結論に辿り着こうとしていた。


 目の前、深い森の中に、太陽が見えないにも関わらず日だまりがあった。

 木々の間にある小さな広場。

 空は暗く、何もない闇があるはずの場所に、明るく暖かい光が満ちているのだ。


 これこそが、聖竜の居場所に至る道だ。 


「……アルマス兄さん、ありがとう」

 

 囁くようにアイノが言った。まだ妹も息がある。間に合って本当に良かった。

 だが、礼を言われるのはまだ早い。

 ここでようやくスタート地点なのだから。


「行くよ。アイノ」


 そうして、俺はアイノを背負ったまま、光の中に入った。


 ○○○


 光の中に飛び込むと、いきなり視界が切り替わり、別な場所に出た。

 足下にはなにもない。にもかかわらず俺は空中に二本の足で立っていた。背中のアイノも無事だ。

 周囲には無数の木々が浮かんでいて。温かい光に満ちている。

 森のようで森で無い、とても心地良い不思議な場所だった。


『よもや。この時代に人間がやってくるとはのう』


 頭の中に直接声が響いた。


「……っ」

 

 いつの間にか目の前に銀色の巨大な竜がいた。アイノが息を呑むのが伝わってくる。


「貴方が聖竜か! 俺は……」


『少し待つがいい』


 すると、俺と背中のアイノの体が共にぼんやりと光に包まれた。

 魔力の光だ。危険は感じない。むしろ、不思議と心が穏やかになる。


『アルマス・ウィフネンとアイノ・ウィフネンか。ここに来るまで苦労したようじゃのう』


「まさか、今ので……」


 心を探られた。

 驚くべく現象だが、相手は聖竜。世界の創造者の一人だ。そのくらいはできるだろう。


「偉大なる聖竜よ。貴方なら、俺の望みがわかるはずだ」


『わかるとも。妹を助けたいのじゃな』


「頼む。俺達には、どうしようもないんだ」


『アイノは混沌にその身体を蝕まれておる。治すにはこの場で長い間、浄化の眠りにつかねばならない』


「長い間……どれくらいだ?』


『恐らく。数百年』


「よし、やってくれ」


 俺は即答した。


「ちょっと兄さん……っ」


『お主、ちょっと決断早くない?』


 アイノと聖竜が咎めてきた。あとなぜだか聖竜の口調から厳かさが消えていた。


「いや、この『嵐の時代』もついでに乗り切れるならありかなって……」


 俺なりに考えた結論だ。例え一瞬に見えても、兄は妹にとって最適な選択ができる。


『アルマスよ。お主の都合の良いようにはいかぬぞ。そうだな、妹を預かる代わりに、お主には眷属になって貰おうか』


 背中でアイノが「眷属……?」と呟いた。


『我が眷属になるということは、即ち人を捨てるということ。これより先は我が従僕の竜として活動するのだ』


「わかった。やってくれ」


 俺は即答した。


『…………やっぱり結論早くない?』


「アイノを助けるためなら、俺の身体くらい、いくらでも差し出すぞ」


 たった一人の大切な妹だ。そのくらい大したことじゃ無い。


『しかしな、アルマスよ。聖竜の眷属となれば、見た目は人じゃが本質は竜。誰かと愛し合ったり、子供を抱いたりといった、人並みの幸せは望めないんじゃぞ。悲しい気持ちになるかもしれぬぞ?』


「いや、そのくらいなら全然問題ないのですぐやってください」


 俺はアイノの幸せを祈っているけど、自分自身に結婚願望とかはない。


「………聖竜様。兄は少々変わっていますが、基本的には善人です。どうか……」


 妹よ。俺の背中で突然何を言い出すのだ妹よ。

 だが、妹の言葉が効いたのか、聖竜が動いた。

 再び俺達の身体が光に包まれる。


『うーん。確かにおかしなところはないのう。……天然か。まあ、いいじゃろ』


 なんだか聖竜が適当な感じで決断をしたのはよくわかった。


『よかろう。アルマス・ウィフネン。お主を我が眷属とする。契約に従い、妹には浄化の眠りを施そう』


 その言うと、聖竜の全身が白く輝きだした。

 暖かい光に、俺と妹が包まれる。


「アイノ。元気になるんだぞ」


「うん。兄さんも、元気でね」


 兄妹でそんなやり取りをした後に、俺達の身体は完全に光に包み込まれ、視界が真っ白になった。

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