第14話 いろんな『好き』

 いろんな玉子焼きを食べ終わって、さあ急いで帰らなきゃ、と外を見てみたら雨が降り出していた。

 道理でうす暗いはずだと思っていたら父さんからの電話。

 かさを持って駅まで迎えに来てほしいって。

 ついでだから、えみは王子君を送っていくことにした。

 ワラビーもついて来たがったんで、ナップザックに隠れているのを背負って来た。

 ワラビーをよその人に見られるとさわぎになるかもしれないんで、できるだけ人が通らない道を選んで歩く。

 さっき空き缶コンビやナツと別れた時はまだ明るかったのに、何だかみるみるうちに暗くなってきて、道のわきにある田んぼの様子もよく見えないほど。

 カエルたちがうれしそうに鳴く声だけはよく聞こえる。

 そう言えば、ワラビーと初めて会った日も、こんな雨の日だったっけ。

「王子君、今日は楽しかった?」

「うん、とっても」

 王子君の明るい声。

 よかった。

 ナップザックの口を内側から開いて、ワラビーが顔を出す。

「とっても」

 その様子がおかしくて、二人してわらっていたら、ワラビーまでいっしょになってわらった。

「あの」

 王子君がおずおずと話し始める。

「玉子焼きって、あんなにたくさん種類があるなんて、ぼく、知りませんでした」

 言っているうちに興奮してきたのか、最初はかの鳴くような声だったのに、だんだん声が大きくなる。

「さとうで味付けたり、塩味にしたり、みそだれで食べたり、それに『八十点お好み焼き』だってあるし。すごいや!」

「すごいや!すごいや!」

 ワラビーがナップサックからはい出して、えみのかたにこしかける。

 王子君に山びこを返しながら、空にむかって右のこぶしを突き上げている。

「そうね。玉子焼きって言っても一つじゃない。工夫次第で、もっともっとたくさんの玉子焼きができると思うよ」

「そうか。今日作ったので全部じゃないんですね」

「うん。『八十点お好み焼き』みたいに具を入れるパターンは今回はほとんど作らなかったけど、いろんな具を入れることができるんじゃないかな」

「わあ!」

「わあ!わあ!」

 ワラビーがかたの上で立ち上がり、ぴょんぴょんと飛びはねる。

 それからしばらくは、どんな具を入れるとおいしそうか、二人で話ながら歩いた。

 ワラビーがそのたびにぴょんぴょん飛びはねたけど、周りに人影もなかったし、ずいぶん暗くもなっていたんで、まあいいや、ということにした。

「一口に玉子焼きって言っても、本当に色々なんですね。すごいや!」

「そうね。そして、それは人間にだって言えるかもしれないわ」

「人間にも?」

「そう。色々な人間がいるし、いていいのよ」

「色々な人間がいるし、いていい……」

 えみの言葉をかみしめるように、王子君は目をふせて考えこんだ。

 そんな王子君を支えるように、えみは王子君の背中に右手を回し、だきよせる。

 夏のにおいのする雨が、二人を優しく包んでくれているのを感じながら、えみはじっと待った。

 王子君が自分なりの答えにたどり着くのを。

 やがて、王子君のかたが細かくふるえていることに気づいた。

 そっと横顔をうかがうと、ほほを涙の粒がすべって落ちた。

 一粒。

 また一粒。

「色々な人がいていいのなら……」

 すすり上げながら、小さな小さな声で王子君はつぶやく。

「いろんな『好き』もあっていいのかな?」

「もちろん!いろんな『好き』があっていいの。いろんな『好き』は、時には周りの人とちがうこともあるけれど、それでいいの」

「ぼくの『好き』が、みんなの『好き』とちがってても?」

「そう。『好き』をそろえることなんてしなくていい。みんなの『好き』がちがうって、当然のことだし、それはとても素敵なことだと思うな」

 えみのかたに立っていたワラビーが、えみの右腕を伝って、王子君のかたによじ登る。

 そして、王子君の耳元で、何度もくりかえす。まるで、何かのじゅもんのように。

「なすき。なすき」

「ありがとう、えみちゃん、ワラビー。そうだね。いろんな『好き』があっていいんだよね。うん!」

 小さかった王子君の声に、だんだんと力がこもっていく。

「赤いランドセルが好きなぼくも、いていいんだ。ぼくは変かもしれないなんて、思わなくていいんだ!」

「そうよ、ランドセルの色なんて、何色でもだれにもめいわくかけないわ。だったら、好きな色のランドセルを、胸を張って背負っていったらいい。だれかがあなたを悪く言ったら、教えてあげなさい。玉子焼きは、一種類じゃないんだぞって」

「えみお姉ちゃん、ぼく、学校に行ってみるよ。やってみる!」

「うん!私、待ってるからね」

 何だか元気がわいてきて、二人で大声で話していたら、ちょうど通りかかった神社の奥の森の中で、フンギャーと猫が鳴いて走って逃げて行った。

 アハハとわらってふり返った時に気がついた。

「あれ?王子君、ワラビーは?」

「え、あれ?どこ行っちゃったんだろ?」

 きょろきょろとあたりを見回しても、おたがいの背中を見合いっこしても、ナップサックをのぞきこんでも、ワラビーの姿はどこにも見当たらない。

「もう。勝手に帰っちゃったのかな?」

「あ、そうかも。ほら、この先のつきあたりからは大きくて明るい通りに出るでしょ。通りがかりの人に姿を見られるとまずいと思ったんじゃない?」

「きっとそうね。もう。一言そう言ってくれたらいいのに」

「ワラビーに、そんな難しいこと言えないよ」

「それもそうね」

 そんな風に言い合って、二人してわらった。

 それが、ワラビーと私達の別れだったとは、夢にも思わないで。


 王子君を家まで送りとどけた後、王子君に貸してあげていたかさを持って駅に行くと、父さんは改札口を出たところで待っていた。

 天気予報はくもりだと言ってたのでかさを持たずに家を出てしまい、雨が降り出したので困ってたから、えみが迎えに来てくれて助かったよ、と言ってくれた。

 そして、本当は、えみと二人だけでゆっくり話すチャンスを探してたんで、ちょうどいいと思って電話をかけたんだ、とも教えてくれた。

「ほら、家だと、ゆっくり話そうと思っても、ああだこうだとうるさい連中がいるだろ、だいたい二人くらい」

 そう言って、父さんはウィンクした。

 えみは、「ここはウフフと可愛らしくわらうとこだ」とピンときたけど、つい、あははと大わらいしてしまった。

 失敗。次はうまくやろう。

 駅からの帰り道、二人でいろんな話をしながら帰った。

 父さんがひさしぶりに家に帰って来た最初の日、父さんと母さんを二人っきりにさせてあげるために、えみがとらを連れてさっさと子ども部屋に帰ったの、母さんは気がついていたらしい。

 母さん、感謝してたぞ、だって。

「えみも大人になったんだなあ。もう、四年生だもんな」

 そう言って、父さんは夜空を見上げてた。

 雨が落ちてくる空を見上げる父さんは、何だかちょっぴりさびしそうに見えた。

「そういえば、あれは父さんが四年生の時だったか。うん、そうだ。まちがいない」

 父さんが昔の話をし始めたのは、大きな橋の上、遠くに神社の森がかすかに見え始めたあたりだった。

 雨はずいぶん小降りになって、霧雨になっていた。

「父さんが四年生のころに住んでいた家の天井裏にはな、何とざしきわらしが住みついていたんだ」

 私はびっくりしてしまって、きっと変な顔をしていたんだと思う。

 父さんはそれを、私が父さんをうたがっている印だと感じたらしく

「いや、本当なんだ。うそなんかじゃないんだ」

 って一生懸命になっていた。

 私はこれっぽっちもうそだなんて思ってなかったのに。

 父さんの話によると、ざしきわらしを見つけた日も、今日みたいな雨の日だったそうだ。

 四年生だった父さんには、その頃、気になる女の子がいて、その子がわらう顔を見るたびに、とても幸せな気分になれたんだそうだ。

 でも、父さん自身は、恥ずかしくて、その女の子に親切にしてあげることができなくて、それどころか意地悪なあだ名をつけて泣かせてしまうようなことばかりやってたんだそうだ。

 ところが、天井裏で見つけたざしきわらしの不思議な力で、その女の子と仲直りしただけじゃなく、仲良くなることができたんだって。

 その女の子が、なんと母さんなんだそうだ。

「あ、そうだ。ここだ」

 そう言って父さんが立ち止まったのは、さっき猫をおどろかせてしまった神社の前だった。

「そのざしきわらしな、急にいなくなっちゃったんだよな。ちょうど、ここの神社の前を通りかかった時だ」

 そう言って、父さんはなつかしそうにあたりを見回した。

「あいつ、今ごろ、どこでどうしてるんだろうな」

 そう言って、父さんはかさをたたんだ。

 えみは誰かに呼ばれたような気がして、あたりを見渡したけど、猫の子一匹見つけることができなかった。

 もちろん、身長30センチほどの、井戸の井のようなもようのついた着物を着た、ほっぺもお鼻もぷくぷくの大切な友達も……。

 いつの間にか雨は上がっていて、夜空にはたくさんの星がまたたいていた。

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ざしきわらしとたまごやき @3dars

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