第13話 玉子焼き七変化

 結局、玉子焼きの最後の一個が焼き上がって味見が始まったのは、五時近くになってしまった。

 わいわいとにぎやかに食卓を囲んだ六人(ワラビーは食卓の上に座っていた。これも『食卓を囲む』の一種だとして、しかも正体不明の彼を一人と数えてもよいとしたら七人だ)の前に、六つの皿が並べられた。

 それぞれのお皿には切り分けられた玉子焼きが乗っているが、それらは形は同じでも、色が少しずつちがっていた。

「こっちから順番に、みんなでいっしょに味見していきましょ」

 そう言って、えみははしっこの皿から玉子焼きを一切れ取り、口に入れた。

 みんなもそれに続く。

「さとうで味付けした玉子焼きね。おしょうゆを使ってないから、色がきれいね。なっちゃんの家はいつもはこんな味付けなんだ?」

「そうね。うちはいつもこれ」

「甘くてやさしい味付けだな」

「特に小さい子は、こういう味付けが好きなんじゃねえか?なあ、とら」

「ぼく、全然小さい子じゃないけど、この味は好きだな」

「ぼくも小さくないけど、やっぱり好き。もっと甘いともっと好きかも」

 えへへとわらいながら王子君。

「なっちゃん、これってさとうだけで味付けするの?」

「さすがえみ、鋭いわね。実はさとうだけじゃなく、塩もちょっぴり入れてるの。そうすることで、甘味がはっきりするの」

「へえ、塩の味なんて、わしにはさっぱりわからんな」

「塩の味がはっきりわかるほど入れたら、それは入れ過ぎ」

 寛にそう言って、ナツはにこりとわらう。

 そのえがおをまぶしそうに見た寛は、あわてたように言った。

「次はどんな味かいの?」

 みんながその声を合図に、二つ目の玉子焼きを口に入れる。

「あ、これ、さっぱりしてるね」

 えみの言葉に、ワラビーがだまってうなづく。

 両手でだきかかえた玉子焼きは、彼の顔の半分くらいの大きさがあり、しゃべっているよゆうなんかないのかもしれない。

「塩味だね。これもおいしいなあ」

 王子君はさっきから、ワラビーが玉子焼きを食べている様子をながめながら食べている。

「うちで母ちゃんが玉子焼きを作ると、だいたいこの味だ。甘い玉子焼きも悪くはないが、毎日食べるとなると、ちょっとな。玉子焼きの基本は、塩だけで味付けした塩味だと、おれは思う」

「わ、空君の玉子焼き哲学ね。今、ちょっとかっこよかったかも」

「からかうなよ!哲学とか、そんなんじゃねえよ」

 えみの言葉に、空の顔が赤くなる。

「それより、次の玉子焼きは何だか黒っぽいな。早く食べてみようぜ」

 三つ目の玉子焼きは、空が言ったように少々黒っぽかった。

「す?」

 ワラビーが、においをかいでつぶやく。

「わ、ワラビーったらやるね。そう、これはさしすせその『す』を使った玉子焼きなの」

「おしょうゆの香りもするわね。えみ、この玉子焼きには『せ』のしょう油も入ってるでしょ?」

「うん、それだけじゃないの。食べてみたらわかるけど、さとうも使ってるのよ」

「つまり、この玉子焼きの味付けには、さとうとすとしょう油を使ったってわけね」

「味のバランスを取るのに、何度か作り直す必要があったけど、自分のオリジナルの味を見つけるために探検してるんだって考えたら、それはそれで楽しかったわ」

「ほんとだ、甘いや。でも、甘いだけじゃなくて、甘じょっぱすっぱい?」

「うん、そうとしか言いようのない不思議な味じゃ。わしはこの味、けっこう好きじゃが、百人に食べさせて、百人全員に好きと言ってもらえる味じゃあなかろうのう」

「いいのいいの。給食じゃないんだから、食べる人に合わせてメニューを変えればいいんだもの。この味が好きだって言ってくれる人にだけ、作ってあげたらいいんだよ」

「そうか、百発百中をねらうより、メニューの幅を広げるってわけか」

「うん。いろんな味があって、いろんな『好き』につながるといいなって」

「いろんな『好き』か……」

 えみの言葉に王子君がつぶやく。

「そう。いろんな『好き』」

「なすき!なすき!」

 えみの言葉を聞きつけて、ワラビーが山びこを返す。

「何それ?なすびみたい!あははは!」

 とらのわらい声につられて、みんなもわらいだしてしまった。

「さて、次のお皿。メニューの幅を広げると言えば、これほど広げる玉子焼きは他にないかもしれないわ。でも、まずはおひとつどうぞ」

 えみにうながされて四つ目のお皿の玉子焼きを食べたみんなは、困ったような表情でおたがいの顔を見合わせた。

「あのな、ワラエー。だれだってまちがうことはあるから、ミスははずかしいことじゃないんだけど……」

 言いにくそうに言いかけた空が言いよどんでしまったので、ナツがあとを引き取り、思い切ってずばっと言った。

「えみ、この玉子焼き、味付け忘れてない?」

「うん、忘れてないわ。わざと、味をつけなかったの」

 言ってることがよく分からなかったもので、もう一度おたがいに顔を見合わせるみんな。

 えみはすずしい顔でにっこりとわらい、キッチンへ行くとすぐにもどってきた。

 手には玉子焼きの乗ったお皿が二まい。

「味付けをしていなければ、あとからいろんな調味料で味付けできるでしょ?」

 そう言いながら、もう一度キッチンに取って返し、今度はたくさんの調味料を持ってきて、食卓の上に並べる。

 塩、しょう油、からし、ラー油、ソース、こしょう、マヨネーズ、七味とうがらしに一味とうがらし、タルタルソース、焼肉のたれまである。

「それからね、『そ』に挑戦してみたの。みそだれ」

 そう言ってえみが食卓に乗せた皿には、赤茶色のみそだれが入っている。

「さ、お好みの調味料をつけてめし上がれ」

「あれ、お姉ちゃんは食べないの?」

「今、思いついた料理を試してみたいの。ちゃちゃっと作れば十分もかからないと思うから、みんなが食べてる間に作っちゃうわね」

 背の高い寛が食卓に座ったままのぞきこんでみると、キッチンにもどったえみは、引き出しからピーラーを取り出し、何やらキャベツを細くけずっているようだ。

 しかし、いつまでもキッチンを観察してはいられない。

 みそだれの甘辛いにおいが寛を呼んでいる。

 急いで玉子焼きをひとつつまみ、みそだれをつけて食べてみる。

「お、これはなかなかイケルで。空兄ちゃん、ちょっと食べてみ」

「本当だ、こりゃあたれの作り方を聞いておかなきゃな」

 ちょっとピリ辛のみそだれは、空き缶コンビの好みだったようだ。二人の会話を耳にはさんだナツが早速キッチンに声をかける。

「ねえ、えみ、このみそだれはどうやって作ったの?」

「おみそにさとう、みりん、ごま、七味を入れて混ぜたの。時々味見して、足りない物を足しながらバランスを取ったのよ」

 一方、おチビちゃん達二人とワラビーは口の端にケチャップをつけてはしゃいでいる。

「とらちゃん、ケチャップつけすぎだよう」

「えへ、だっておいしいんだもん。お姉ちゃんがいないすきにたっぷり楽しまなきゃ」

「ちゃっぷ!ちゃっぷ!」

「ワラビーもケチャップ、気に入ったんだね」

「ようし、ぼく、もう一個食べちゃおうかなあ」

 とらがケチャップのチューブを取りながら、キッチンの姉の様子をうかがう。

 えみは、細くけずったキャベツを玉子に混ぜる作業に熱中していて、こちらに気がついてはいないようだ。

 玉子は三個分か四個分はあったから、あれを焼くとすると、もうちょっととらの調味料つけ放題天国タイムは続きそうだ。

「えへへへ」

「わ、とらちゃん、つけすぎだってば!」

「ちゃっぷ!ちゃっぷ!」

 興奮して走り回るワラビーは、寛が置いたマヨネーズのチューブにぶつかってしまう。

「このマヨネーズっちゅうのが曲者で、けっこう何にでも合っちまうんよなあ」

「あら、寛君ってマヨラー?」

「そそ、こいつ何にでもマヨネーズつけちゃうの。この前なんか……」

 みんながワイのワイのしゃべっていると、キッチンの方からジューッという音が聞こえてきた。

 えみがさっき思いついたという新作を焼き始めたようだ。

 あれから、まだ十分とはたっていない。

 みんな、えみの手早さに感心するとともに、今焼かれている玉子焼きへのきょうみと期待におしゃべりが中断し、食卓にふと静かな時間がおとずれる。

 そこに、キッチンからのえみの声がとどいた。

「今、ちょっと手が離せなくてごめんね。もうちょっとでそっちにもどれるから、五皿目と六皿目を食べながら待っててちょうだい」

 みんなの視線がまずは五皿目に集まる。

「その玉子焼きも超シンプル。玉子になめたけを混ぜる。焼く。完成!そんな感じ」

「どれどれ……ほう、これ、超シンプルでも超うまいぞ」

「ほんとだ、おいしい。九太君、食べてごらんよ」

「うふ。なめたけおいしいね」

「なめたけ!なめたけ!」

「これ、めしに合いそうじゃのう。わし、めしがほしくなってきたぞな」

「うん、確かに。ってことは、おどんぶりにする展開もアリ?」

「お、いいねえ。しかし、どんぶりにするなら、これをめしに乗せるだけってのも、芸がないな」

「まさかの玉子とじとか?」

「ガハハハッ、玉子焼きの玉子とじか!?」

「なめたけの残りをぶっかけちまうとか?」

「残念ながら、今日はおどんぶり作戦は無しね。それやっちゃうと、帰ってから夕飯が入らなくなっちゃうよ」

 ナツが調子に乗る男子一同をにらむ真似をすると、みんなそろってぺろりと舌を出す。

「もう、あんた達って感動的にお子様ランチなんだから!」

 あきれ果てたという様子でナツはわざとらしくため息をついて見せようとするが、つい吹き出してしまった。

「ねえ、ナツ姉ちゃん。どんぶりはがまんするから、その代わりに六皿目は食べていいよね?」

 とらがナツの方へ眼をやりながら、六皿目にそうっと箸を伸ばす。

 その皿には、何だか粒粒が入っている玉子焼きが乗っている。

「ドーナツとワラエーが何だかこそこそとキッチンの隅っこで何かしてたの、それだったのか」

 空も素早く一つを箸でつまみ上げ、ぱくんと口に放り込む。

「えみが次々いろんな玉子焼きを作るのを見てて、私もひとつ挑戦してみたくなっちゃったのよね。ね、私が作った割には、おいしいでしょ?」

「え、じゃあこれはなっちゃんが考えた玉子焼きなの?わあ、ぼく、ワクワクしてきちゃった」

 王子君は両手を胸の前でパチンと合わせ、素直に感動を表現する。

「いや、王子君、そこまで期待しないで。プレッシャー感じちゃう」

「でも、何だか本格的じゃないか?包丁使って何か刻んでたじゃん」

「いや、私はまだお母さんから包丁を使う許しをもらってないから、その作業はえみに丸投げだったんだけど……」

「ねえねえ、何刻んでたの?」

「うん、わざわざ買い物に行くひまはなかったから、ぐうぜんえみの家のキッチンにあったネギとベーコンをみじん切りして玉子に混ぜたの」

「おう、ねぎとベーコンくらいなら、どこのキッチンでもたいがいはありそうじゃの」

 あごの下をなでながら、寛が口をはさむ。

「うん。わざわざ材料を買いに行くような特別な料理じゃなくて、その気になった時に、すぐに作り始められるような、そんな料理を目指したの」

 言いながら、ナツは胸の前で両手を組む。

「ね、どう?おいしい?」

 不安そうなナツの問いかけに、最初に玉子焼きを口に放り込んでいた空が答える。

「うん、イケるぞ、これ。ドーナツにしては、できすぎなんじゃないか」

「『ドーナツにしては』が余分です!」

 玉子焼きをほめられた照れ隠しに、ナツは空のおでこをコツン。

 わっとわいた笑い声の中で、寛がつぶやく。

「めんつゆの味付けにちょっぴり加えたからしが、ピリッと味をひきしめてて、いい仕事しとるわい。ただ、そのからしの辛みが、おちびさん達にはどうじゃろうなあ?」

 そのつぶやきを耳ざとく拾って王子君。

「その心配はありません。少なくともぼくはこの味、好きですよ。もう、子どもじゃありませんからね」

「あ、ぼくだって一人前だもん。からしだってちょびっとだったら平気なんだもん!」

 とらがぴょんぴょん飛び跳ねながら、説得力ゼロの大人アピールだ。

「これね、実はちょっと苦労したことと工夫したことがあってね」

 みんなの大絶賛に気をよくしたナツが、胸を張って話し始めた。

「まず、苦労したこと。最初、味付けに失敗しちゃったのよね」

 口を『へ』の字に曲げるナツ。

「例によって、味見しながらめんつゆを足していってたんだけど、それだとしょっぱくなっちゃうの」

「へえ、どうして?」

 とらが首をかしげるところに、寛が割り込んだ。

「わかった!ベーコンの塩気、じゃな?」

「そ。食べる時に、中に入れたベーコンの塩気が出てくるから、どうしても味見の時よりしょっぱくなっちゃうの。だから、ずいぶん薄味に調整したのよね」

「なるほど。そんな苦労があったんですね」

 横から聞いていた王子君が相づち。

「もう一つは工夫したこと。最初に作った玉子焼きは、うまく巻けなかったの。ベーコンやネギがぽろぽろこぼれちゃって。解決策は簡単だったわ。具の量を減らせば問題は解決するんだもん。だけど……」

 無意識に寛をちらりと見て、あわてて視線を泳がせる。

「大切な人に食べてもらうんだもん。お野菜だってお肉だってしっかり食べてもらって、健康になってもらわないと。だから、具だくさんはゆずれないポイント」

「でも、ドーナツ、これ、ネギもベーコンもこぼれてないぞ?」

「そう。一工夫することで、具だくさんはそのままで、問題を解決したの。ね、どうやったと思う?」

 ナツの言葉に、男子四人が首をかしげる。

 天井をにらむ空。

 ナツを見つめて何かを読み取ろうとするとら。

 王子君は玉子焼きを作る工程を頭の中で再現しているのか、手が知らぬ間に玉子をかき混ぜる動作をしている。

 寛はまだ残っている玉子焼きをはしでつまみ、穴が開くほどにらみつけている。

 と、その表情を何かがかすめる。

「ん?」

 声をもらし、皿に残っていた玉子焼きをひと切れひと切れはしでつまみ、次々とチェック。

「やっぱし」

「あら、何か気がついたかしら?」

 何かを期待する響きを含ませたナツの言葉に、他の三人がわらわらと寄ってくる。

「どうした、寛、何か気がついたのか?」

「ああ、兄ちゃん。それとチビ達も、これをよく見てくれ」

 いいつつ寛は玉子焼きをひと切れつまみ上げる。

「ん、何?おいしそうな玉子焼きだよね」

「あれ?とらちゃん、よく見て。具。」

「お、本当だ。王子君、よく気がついたな。具が真ん中に集まってることに」

「えへ。でも寛兄ちゃんに言われなかったら、ぼくだって気がつきませんでした」

 王子君の『お兄ちゃん』発言にまた笑顔がこぼれてしまう寛。

「とても重要な発見をしたわね。この手掛かりをもとに、私がどんな工夫をしたか、当てられる?」

 ナツのいたずらっぽい瞳が、空、寛、王子君、とらの順に向けられる。

「ええと、具が真ん中に集まってるってことは……どういうことなの、王子君?」

 とらはあっけらかんと王子君にたずねる。

「今考えてるから、ちょっと待っててね、とらちゃん」

「玉子焼きはどうやって焼いてたかしら?よく思い出して」

「思い出すまでもねえよ。あれだけさんざん繰り返したんだ。体に染みついてるよ」

「空兄ちゃんは俺よりたくさん失敗してたから、俺より余分に染みついてるよな、がははは!」

 馬鹿笑いする寛を無視して、空は想像上のフライパンに想像上の玉子を注ぐ動作をする。

「まず半分ほどの玉子を入れて、これを広げる。すっかり火が通る寸前にこれを巻いてフライパンを少し空けるよな?」

「で、空いたすきまに残りの玉子を入れて……ええ、でもこれじゃネギとベーコンがこぼれちゃう!」

 王子君の悲鳴に助け舟。

「待て!分かった!そういうことか!」

 ふり向き空を見上げる王子君に、彼は親指を立てて応える。

「玉子を入れたおわんは二つあった。そういうことだな、ドーナツ?」

「ご名答」

 ナツがうなづきながらOKサイン。

「おわんが二つ?なんじゃそりゃ?」

 顔をしかめる寛。

「二つ……あ、そうか!ぼく分かりました!」

「え、どういうこと?王子君、教えてよ。ぼく全然わかんないや」

 そう言って、とらはくちびるを突き出して見せる。

「あのね、とらちゃん、おわんを二つ用意しておくの。で、どっちにも玉子を割り入れて、さっきなっちゃんが言ってたように、ちょっと薄めに味付けしておくの」

「うん、うん、それで?」

 王子君の説明に、神妙にうなづくとら。

 いつも姉や母に対して減らず口ばかり叩いてるこの子の、近い年の子の話は素直に聞けるという意外な一面だ。

「で、みじん切りしたネギとベーコンを片方にだけだばあっと入れちゃうの。」

「片方にだけ?……あ、そうか!わかったよ、王子君!」

「よし、続きを言ってみてよ、とらちゃん」

 どうもこの二人の間では、王子君の先輩ぶりは板についてるようだ。

「フライパンで焼くだんになったら、ネギとベーコンが入ってる方を、まずフライパンに注ぐの。でだいたい火が通ったらくるくるって巻いてやるよね。で、空いた場所に注ぐのはネギとベーコンが入ってない方。こうすれば、ネギとベーコンは玉子焼きの中心の集まって、表面からは姿を消すからこぼれなくなる。そうでしょ、なっちゃん?」

 期待を込めた瞳で見つめられたら、ちょっと大げさにほめてあげたくなるのが人情。

「ピンポンピンポーン!とらちゃん大正解!」

 そう言って、とらを高い高いしてやるナツ。

 とらだけじゃない。

 男子四人はみんなおおはしゃぎだ。

 そこへ、おぼんを持って、えみがキッチンから帰ってきた。

 大きなお皿を食卓の真ん中に置く。

 お皿の中身は、七つに切り分けられた……ホットケーキ?

 いや、オムレツか?

「これもね、超シンプルなんだよ。キャベツをピーラーで細く細くけずって、それを玉子と混ぜて焼いただけなの。だから、見た目こんなでも、玉子焼きの一種。あ、でも巻いたりしてないから、玉子焼きと言ったらだめなのかな?ま、いいや!」

 そう言いながら、えみはおぼんに乗せてきた調味料を次々とかけていく。

 お好みソース、マヨネーズ、そして青のり……って、これは!

「これね、『八十点お好み焼き』って名づけたの。食べて食べて」

 それぞれが小皿に一切れずつを取り、食べてみる。

「あ、これ……うん。なるほど……」

 空がつぶやく。

「……八十点のう。うん、そんなトコじゃのう」

 出来立てなので、まだ熱かったのだろう。寛が口の中でハフハフしながら感想をもらす。

「九太君、これ、お好み焼きだよね」

「……うん。ええと、ほとんどお好み焼き。でも……何が足りないんだろ?」

「ごめんね。お肉だとかエビだとかの、なんていうか、立派な具を何も入れてないの。わざと、そこまでの手間をかけなかったの」

「なるほど、ちょっと見えてきたわよ。……八十点ね、なるほど」

「ナツお姉ちゃん、どういうこと?」

 不思議そうな顔でナツを見上げるとら。

「とらちゃん、これ食べてどう思った?」

「お好み焼きじゃんって思った。でも……」

「でも?」

「何だか、ちょっとおしいって気がしてきた。なんか、もうちょっとなのになって」

「そのちょっとのワケがわかりました。具が、キャベツだけなんですよね」

「それだけ?もうちょっと気がついてよ」

 ナツがいたずらっ子の顔で、みんなを見回す。

「……それって、生地のことか?」

 おずおずと空が言ったのに対して、ナツがだまってうなづき、目で先をうながす。

「おれ、お好み焼きが大好きなんだ。だから、食べてすぐわかった。これ、小麦粉で生地を作る手間も、キャベツ以外の具を用意する手間も、全部省いてる。だから……ごめんな、えみ。せっかく作ってくれたんだけど、これじゃあお好み焼きには絶対とどかない」

 空のひどくすまなさそうな声の調子に対して、しかし、えみの声はまったくあっけらかんとしていた。

「いいのいいの。そこは大丈夫なの。だって、わざとだもん」

 ぽかんとする男子軍団。

「なっちゃんは、そのあたりも読めちゃった?」

「当然!あなたの友達やり始めて、何年になると思ってるのよ?」

 えみにわらい返した後、ナツはみんなを見回した。

「確認。これ食べて、みんな思ったはず。わ、これ、ほとんどお好み焼きじゃん、て。でしょ?」

 みんなが無言でうなづく。

「だけど、こうも思ったんじゃない?ほとんどお好み焼きなんだけど、ちょっと足りない。空君の言葉を借りると、お好み焼きには絶対とどかない」

 空が、居心地悪そうに周りを見回す。

 それと目が合って、えみはにっこりほほえむ。

「気にしなくていいんだよ、空君。それって、ねらった通りなんだから」

「ねらった通り?」

 空の言葉にナツが答える。

「そ、ねらった通り。えみはわざと、本物のお好み焼きの近くまではいくんだけど、追いつくことは決してない、まさに『八十点お好み焼き』を作ったの」

「ううん……確かにネーミングはばっちりだと思ったのう。まさに八十点の味じゃったわい。じゃが、わからんのは、なぜ八十点なのかじゃ。ワラエーなら、もっと本物の味に近い物もできたんじゃねえか?」

「十分で?」

「え?」

 言葉を失い、ナツの顔をぽかんと見つめるみんなの顔を見回して、みんなの考えが追いつくのを少し待ってから、ナツは続けた。

「そう、えみはこの料理をたった十分で作っちゃったの。お好み焼きのお店で食べさせてくれる、本物のお好み焼きには、確かにとどかない。でも、八十点の味を十分で作っちゃうってのは、これはこれですごいと私は思う」

 ナツの力説に、みんながめいめいにうなづいてくれる中、えみは静かな口調で話し始めた。

「いつも『八十点お好み焼き』ばっかりじゃ、ダメだと私は思うの。力いっぱいおもてなししたい時、最高の味を楽しんでもらいたい時には、私も『八十点お好み焼き』は作らないわ。だけど、『八十点お好み焼き』が役に立つ場面だって、たくさんあると思うの」

「おなかぺっこぺこで、十分以上はとてもがまんできない時とか?」

 とらの言葉に、えみは優しくあいづちをうつ。

「何かいそがしい事情があって、料理してる時間がおしいって時もあるよな」

「わしみたいな料理初心者には、手間がかからず簡単に作れるっちゅうのも助かるのう」

「夜おそくにおなかがへっちゃって、有り合わせの物で何か作らなきゃいけなくなった時、玉子とキャベツなら、たいがい台所にあるんじゃないかしら。それに、お年寄りなんかだと、本物のお好み焼きはこってりしすぎてて食べられないけど、『八十点お好み焼き』なら食べられるってこともありそうだわ」

「何かつらいことがあって、料理に回すだけの元気が残ってないって時でも、十分だけがんばってこれを作って、ちゃんと食べたら元気が出てくるってこともあるかも」

「たべる!げんき!たべる!げんき!」

 小さな声で、つぶやくように言う王子君をはげますように、ワラビーは飛びはねながら言った。

「『おいしい』はとっても大切なお料理の良さ。でもね、『すぐできる』とか『簡単』もやっぱり良さだと思うの。良さってひとつだけじゃないんじゃないかな」

 えみは、王子君を見つめながら、優しくわらった。

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