第9話 招かれざる王

 城に入り、廊下を進む。中庭を過ぎ、王の間の扉を開く。やはり、マリはそこにいた。

「窓を閉めることないのに。暗いじゃない」

 真っ暗になった王の間をエリは進む。玉座には自分と同じ姿の妹、マリが膝を抱えて座っていた。

「風がうるさいのよ」

 マリが言った。エリの目が暗闇に慣れてくる。玉座のそばには灰色の騎士が立っていた。

「ねぇ、驚いたでしょ? 自分の画が他人のものになって、それが賞を獲ったのよ」

 マリが顔を上げた。深い影が表情を隠している。

「他人じゃないわ」

「他人よ。だってあたしたちに、同じところなんて何もないじゃない。あたしはダメで、エリは優秀。あ、違った。今回はあたしがよくて、エリがダメなのか」

 あはは、と乾いた声でマリが笑う。

「ここへ来たってことは、マリもついたんでしょ? 『ためいき』を。あたしにはそれでじゅうぶん。マリが何を考えてるのかはわからないけれど、あたしとマリはいっしょだよ。パパの話を聞いて、ママのご飯を食べて生きてきた、家族じゃない」

「いつもそうよ」

 唸るように言ってマリは立ち上がる。瞳が剣呑に光る。

「あんたって、いつもそう。あたしが何を考えて、どんなに悲しい想いをしてきたかちっともわかってない。誰かと自分を比べたことなんかないのよね、いつだって自分のことだけ考えて生きてきた」

「そんなことない」

「あるわよ!」

 マリが叫んだ。エリは思わず後ずさる。妹のこんな声を聞いたのははじめてだった。

 ふふ、とマリが暗い笑い声を漏らす。

「逃げればいいよ、エリ。あたしのそばにはいないほうがいいよ。あんたがどんなにいいおねぇちゃんぶったって、それはあたしの心を傷つけるだけなんだから。怖いでしょ? 人に嫌われるのが。想像してみて『あんたなんかいらない』そういう目が、自分を見つめる世界を。苦しいでしょ?」

「誰もマリをそんな風にみてないよ!」

「出て行って!」

 マリが手をあげる。

「あたしは開拓者としてこの街の新しい王になったの! ためいきを消すのなんて簡単よ、みんなが望む世界を描けばいいんでしょ! あたしにはその力があるわ。だから、王になった!」

 マリが騎士に命じる。

「王の命令よ、招かれざる客を追い出しなさい!」

 灰色の騎士は、一瞬ためらってから動いた。エリの腕をつかみ、扉の外へと引き摺って行く。

「待ってソル! マリと話をさせて!」

「話なんかないわ! 来ないで!」

「あたしたち、お互いのことを知るべきなのよ!」

 ふたりの悲鳴交じりの声が風の中に消えてゆく。

 エリの抵抗もむなしく、その体は中庭へ放り出され、王の間へと続く扉は閉ざされた。ソルは扉の前に仁王立ちになったまま動かない。

「そこを開けて」

 エリがソルを睨む。

「だめだ。王の命令だからな」

 ソルが睨み返す。エリはたまらず声を荒げた。

「あの子はあなたの王じゃない! あなたが本当にこの街の王の騎士ならば、守るべきはこの街よ! 王の愛した人々よ! マリはきっと、この街の何もかもを変えてしまうわ!」

「去れ、ここは王の城だ」

 エリは両手の拳を握り、ソルをみつめた。灰色の瞳には、色のない風が映っているだけだ。

「あなたの悲しみを、受け止める人がいればよかったのに」

 エリの中から感情があふれ出す。灰色の瞳に満ちる絶望の深さを思い知る。この騎士はもう、悲しみのあまりに自らの心を手放してしまっている。自分の中の『わたしのせかい』を、誰かの手にゆだねてしまっている。

 誰よりも王の側にいた騎士は、誰よりも傷ついているだろう。賢いマリは彼の悲しみを見抜き、その中に入りこんだ。言葉で上手く丸めこんで、開拓者である自分を『新しい王』に仕立て上げたに違いない。

 突然現れた開拓者を、新しい王として受け入れてしまえるほど、彼の自尊心と忠誠心は傷つき、ためいきに満ちている。

 自らの王を、彼は選べない。

「そうすれば、あなたにだって、わからないはずがないのに。あなた自身の、大切なものが」

「さっさと出ていけ」

 ソルが言い、エリは王の間に背を向けた。

「あなたが守ってるのは、あなた自身よ。さよなら、灰色の騎士。あたしは行くわ」

 二人の間をひときわ大きな風が吹いた。

「あたしはマリといっしょに帰る。この街のためいきを消して、ふたりで帰るのよ」

 

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