第6話 エピローグ Right Where It Belongs
五人が小屋に戻る頃には夜もふけきり、緋未の腕時計の針は午前四時を指していた。
話し終えた後、翡錬の部屋に五人は集った。石榴と啼耶はソファに身を寄せ合い、静かに座っていた。緋未は翡錬とベッドに腰を降ろして居る。ただ薫だけが落ちつかなげに立ちつくし、腰に手を当ててしきりに考え込んでいる。
「あんたたちの、その、関係は」
薫は腕を組んで石榴と啼耶に問うた。
「あんたたちだけでも納得すれば解決する話じゃないの?」
啼耶は黙って首を振る。
「どうしてよ」
「自己完結したくないの。自己完結したら、二人はそれまでってことを証明してしまう。仲のいい姉弟の擬似恋愛でした、と勝手に片ずけられてしまう。終わってしまう。
それだけはしたくないの。負けたくないの。人がいないケミカル工場が、武蔵野にあるって訊いて、そこで実験を進めたのも、周囲がうるさく言うから。純粋にわたしと石榴の間を詮索されることなく、二人で居たかったからよ。
翡錬は認めてくれると信じていたから、実験の協力者になってもらった」
「それで病院から消えたのね。あんたが翡錬をそそのかしたの? 理想の高い自分の願望を満たす為に翡錬を巻き添えにしたのね?」
翡錬が割り込む。
「違うの。啼耶と石榴ちゃんがが居なくなると、わたしも多分、持たないと思ったから、啼耶の案に従ったのよ。薫と緋未はいつでも会える。でも啼耶が、石榴ちゃんが消えてしまうと多分、もう二人には会えない。怖かったのよ。薫、誤解しないで」
啼耶は溜息をつく。
「いいのよ、薫。理想が高い、ね。そうね。我ながら嫌になるわ。だから今はこう願うの。早く硝子になりたいと。そうすればこの人間の規範という責め苦から解放されるから」
「僕も願う」
石榴は啼耶と両掌を握り締め合う。
「このまま二人が硝子になればひとつになれるから」
「あんたたち、ちょっとおかしんじゃないの? 好きだったらそんなの問題ないでしょう?」
「そうも思うし努力もしたわ。でも駄目ね。そうやって自分の心のどこかに曇りをつくってごまかせば誤魔化すほど、硝子化は進み、心には鬱積が蓄積される」
「あんたたち、本当に好き合ってるの? だったら曇りなんて出来ないはずよ?」
「だからわたしたちはとても羨ましいの。薫。あなたが」
「どこがどうなのよ」
「好きなら好きを、つらぬき通せるから」
その時、室内の薄闇に一条の光が射した。
薫は天井を見上げる。ランタンの火は頼りなく瞬き、壁の硝子に鈍く光っている。
「ランタンか。驚かさないでよ。気のせいね」
「いいえ、気のせいではないわ」
啼耶がキャミソールのスカートを持ち上げる。
「ほら」
啼耶の両足は完全な硝子と化していた。薫は固唾を飲む。
「姉さん」
石榴が啼耶の両手を強く握り、姉に口付けをした。二人はそのまま動かない。石榴の体にも硝子化がはじまっていた。
硝子化の浸食は進み、啼耶と石榴が絡ませた二人の手は、ひとつの硝子になって融合する。次いで首、頬が硝子化し、重ねられた唇は繋がったまま硝子に変わった。二人の髪の毛の先まで硝子化は浸食し、啼耶と石榴は三人の前で、ひとつの硝子になった。
あっけなく、当然のごとくに二人は硝子になった。ごく自然に。そうなるのが決まっていたかのように。
「姉さん」
緋未は眼前の光景に、姉に助けを求める。
「石榴ちゃんと啼耶さんが」
緋未は姉の手を取る。取って目を見開き、姉の手首を見つめた。
翡錬の両腕は硝子になっていた。
「姉さん? どうして?」
「啼耶と石榴ね」
薫が顔を伏せて重々しい声を絞り出す。表情は読めなかった。
「さっき翡錬、言ったわよね。啼耶と石榴が消えたらわたしは存在していられないって。わたしと緋未では不足。石榴と啼耶、あわせて五人で、翡錬は存在していられるのね。五人揃っていないと翡錬は人生を生きていく価値が見出せない。違う?」
翡錬は月明かりのように弱弱しく肯定した。
「緋未」
翡錬の胸は硝子と化していた。腰から足にも硝子化は及ぶ。
「薫をお願い。それから薫」
首から顎にかけて翡錬は硝子になる。目が透明になって唇は色を失う。
「緋未をお願い」
「姉さん、待って!」
「二人とも」
翡錬は透明な硝子に近づく。ウェーブの髪の毛が固まり光を放ちだす。かすかに唇が動いて微笑をつくった。
「ありがとう。愛しているわ」
翡錬は緋未の隣に座ったまま、白いワンピースごと静かに硝子と化した。
緋未は眼前の光景に頭がくらくらした。硝子の姉をみていると吐き気がこみ上げてきた。姉が硝子になるはずがない。この世から居なくなるはずがない。だから目の前の硝子の翡錬は嘘だ。嘘なんか見ていられない。そんな思いが頭を占めて緋未は小屋のそとによろめき出た。
「緋未!」
薫の声がする。小屋の外に出た途端、足が萎えてその場に座り込んでしまう。気分が悪い。異様な不快感が全身を埋め尽くした。生ぬるい汗が吹き出た。血流に鉛が混ざり、内臓が全部溶けてゆくような倦怠と脱力感に支配された。むかつく胃は、内容物を嘔吐によって排出しようと緋未の意志の外で蠢いている。四肢が勝手に、姉を求めて痙攣した。
「緋未、しっかりしなさい。緋未、しっかりして」
背後で姉の作った硝子の葉のアクセサリーがちりちりと鳴った。体皮からは粘つく汗が次から次へと浮き出る。世界がぐるぐる回っている。
「緋未、翡錬はね、わたし達五人が揃っていないと駄目なのよ」
うん、分かっているよ、大丈夫、といって緋未は回転する頭を抱えた。足元が崩れてなくなってしまいそうだが、その中に落ちて、消えてしまえば少しは楽になるだろうか。
「数年前、翡錬が、啼耶と石榴と一緒に消えた時、そんな予感はしていた」
頭がうまくまわらない。爆発しそうだ。爆発のイメージと共にいくつかの記憶がフィードバックされて映像となり、音と共に蘇った。こんな気分は母の葬式の時以来だ。あの時、緋未は頭が爆発しそうな自分自身が怖くなり、大声で泣いた。
「安心しなさい。わたしだけは絶対に消えたりしない。絶対よ」
姉が泣いている緋未を、柔らかく抱きかかえて二階のベッドに連れて行ってくれた。緋未は姉が自分を励まそうと作ってくれた苺タルトを食べられなかった。翡錬は、混乱し、タルトの前でこれを食べたらお母さんが帰ってこなくなる、と泣き叫ぶ緋未をベッドに寝かせた。翡錬は微笑む。緋未、わたしが居てあげるわ。安心しなさい。これからはお母さんの代わりにわたしが緋未を守ってあげる。
「緋未、大丈夫よ。わたしが居るわ。翡錬みたいに消えたりしない」
姉が緋未の身体をやさしく抱いた。緋未も抱き返す。廊下から乱暴な足音がして、翡錬の部屋のドアが開く。酒宴で酔った叔父が部屋に入って来て手を叩いた。
二人とも仲がいいな、叔父さんも遊びに入れてくれよ。
緋未の家の近くには飛行場があった。叔父が背をむけている窓硝子には黒い飛行機の影が浮かんでいる。
「緋未、立てる? 背中、さすってあげる。大丈夫よ、絶対に」
叔父は酒臭い息をベッドに吐きかけて布団の端をめくった。翡錬が起き上がって叔父の頬を叩く。叔父はわめいた。飛行機が近くなった。エンジン音が聞こえる。
「緋未、わたしが、来奈薫が居るわ。わたしも緋未が必要なの」
叔父は翡錬の服の上から胸を鷲掴みにし、顔を近づけてそのまま押し倒した。翡錬ちゃん、いい匂いがするな、どれだけおおきくなったか、叔父さんに教えてくれよ。叔父は翡錬の服の裾から、中に手を突っ込む。翡錬は悲鳴を上げた。
飛行機のエンジン音はさらに大きくなる。
「緋未、しっかりして。わたしの声、聞こえる? 翡錬は帰ってこないの」
離陸体制にはいった飛行機が轟音を上げている。
複数の足音が廊下を叩く。叔父は翡錬のスカートをずりおろし、自分のズボンも下ろした。グロテスクな刺が翡錬と緋未に切先を向ける。親戚が翡錬の部屋になだれ込んだ。叔父を取り押さえる。叔母が何度も頭を下げる。ごめんなさい、このひと、凄く酒癖が悪くて、お母さんのお葬式なのにごめんね、翡錬ちゃん、緋未ちゃん。
飛行機の轟音は、その場全員の耳を聾した。
「緋未、これからは翡錬の代わりにわたしが緋未を守ってあげる。だから安心しなさい」
翡錬はことあるごとに緋未を守ってくれた。だが今はもう居ない。だから今度は薫が緋未を守ってくれる。だがいつまでも守ってもらうばかりではいけないと緋未は思う。そうしないと硝子になってしまう。姉と同じに。
「薫ちゃん、もう一人で立てるよ」
緋未はゆっくりと立ち上がった。飛行場の轟音が頭の中でまだ反響している。それは今も、幻みたいに緋未の中に響いていた。違う。この音は現実だ。
突然、強力な光線が二人を射抜いた。空に顔を向ける。大型ヘリコプターが空を飛んでいた。シルコスキーUH―六十J。航空自衛隊のヘリだった。
「薫、探したわよ。まさかこことはね」
マイク越しのくぐもった声がシルコスキーから流れる。どこかで聞いた声だった。
薫が空に吼える。
「高杉! 高杉涼子! どうして!」
シルコスキーは爆音をたてて降下し、塀向こうに消えた。音が小さくなる。着地したらしい。ただ、いつでも飛び立てるようにスタンバイしているのか、ブレードが回転しているのが塀越しに見えた。
硝子の塀の間から白衣姿の高杉とこずえが現れる。高杉は勝ち誇った顔で、一方のこずえは迷子の幼児のようにおどおどと落ち着きがない。
「あんた……! どうやって……!」
高杉は押し殺した笑い声をあげる。
「ごめんなさいね。薫。あなたたちのパジェロにGPSを搭載するよう、こずえに手配してもらったの。こずえ、あとでご褒美をあげるわ」
こずえは薫から目を逸らす。
「すいません。でも、先生がどうしてもって」
高杉は手をあげてこずえを黙らせた。
「こずえ、いいのよ。あなたの寂しさは私が紛らわせてあげるわ。それで薫。翡錬と啼耶はどこ?」
「粗鉱翡錬と藍銅啼耶、そしてその弟の藍銅石榴は死んだわ」
「死んだ?」
高杉は煙草にライターで火を点けた、そのままの姿勢で硬直する。
「まさか、硝子になったの?」
薫は無言だった。緋未が薫に添う。二人は手を握り合う。
「そんな。翡錬と啼耶はなにか重要なことを握っている筈なのに、そんな」
その時、また世界が瞬いた。
高杉は一瞬身をすくませ、自分の体を見下ろす。異常はない。安堵の息を吐いた。
「翡錬と啼耶の身体はどこ。あらためさせてもらうわ」
瞬間、ヘリコプターのブレード部分が回転しながら、硝子の塀を打ち砕き、四人を襲った。
ブレードは鈍く光っている。硝子化していた。硝子化した自身の遠心力に耐え切れず、根元で折れたのだ。
ブレードは回転しながら四人を襲う。
こずえの両足がブレードに両断された。
こずえの上半身は血を振りまきながら宙を舞い、地に落ちる。目と口を大きく開いたこずえは、手をあてどもなく彷徨わせた。
こずえの横に立っていた高杉は右手首を切断された。
高杉は痛みに堪えきれず、その場に膝をつき、手首を押さえて奥歯を噛み、呻吟した。
ブレードはさらに空を切り裂く。巨大な刃は薫と緋末を横切った。横切り際、ブレードは緋未をかばう薫の髪の毛を少し剃った。
それから石榴が積んで置いたポリタンクに刺さって、ブレードはようやく暴走を止める。
高杉は手をおさえてうずくまる。火がついた煙草は右手と共に地面に落ちた。
「連絡を……《世界の国境なき医師団》に……」
高杉は荒い息を痙攣するように吐き、眉を寄せた。
「高杉先生」
上半身だけのこずえが地を這って高杉に近寄る。こずえの失われた足の付け根は硝子になっていた。下半身の硝子は、徐々にこずえの上半身を侵してゆく。
「先生、助けて。足が、足がすごく寒いんです。先生にいつもみたいにしてもらったら、気持ちがよくなって、きっと楽になると思うんです。助けてください。いつもみたいに」
高杉は右手をおさえたまま、異様な気を発しているこずえから後じさる。
「先生」
こずえは手を思い切り伸ばした。高杉の足首を掴む。高杉は仰向けに引きずり倒された。
こずえは高杉の体におおいかぶさり、腕を、愛人の背中に回すと締め付けた。こずえの上半身に愉悦の波が何度も走る。足を失った喜びだ。これでこずえには高杉に甘える口実が出来た。半身を失った自分はなにも出来ない。だからこれからは高杉になんでもして貰える。食事も、睡眠も、慰めも。これから高杉は、二十四時間、自分だけのものだ。こずえはその想いに歓喜を覚え、喘ぎにも似た悦にはいった声を出す。
「寒い。冷たい。このままだと、ひとりだと足りないんです。わたし、冷たい。先生、いつもみたいにブリトルチマーゼしてください。あの気持ちいいの。それで先生がもっと気持ちよくして。こずえのこと、いつもしてるみたいに暖めて」
こずえは舌を突き出して抵抗する高杉の口にねじこみ、音を立てて吸った。
暴れる高杉を逃すまいと、抱きしめる腕に力を入れる。高杉は照れているのに違いない。自分たちの仲が公認になるのが恥かしいのだ。そう考えて、強く愛人を抱擁するこずえの身体は、さらに硝子に変質していく。
「気持ちいいの、頂戴。ブリトルチマーゼと先生の体温。いつもみたいに舌でこずえの冷たいところを塞いで」
こずえは舌を押し込んだ。高杉の唾液を貪る。高杉の体液を吸い込んだ分だけ自分の中が満たされていく気持ちにこずえは震える。体中が熱くなるのを覚えた。涙が溢れる。嬉しさの涙なのか、寂しさの涙なのか、よく分からない。どうしたことか、考えがうまくまとまらないのだ。
やがて高杉から唾液を吸い上げる、こずえの吸引音がゆっくりと静止する。
こずえの全身は、そのまま硝子となった。
高杉は目を剥いて薫に助けを求めた。身体は硝子になったこずえに拘束されている。身動きがとれない。
異様な絵図に凍りつきながらも、緋未は不意に違和感を覚えた。本当ならこの地は無臭の筈なのに石榴がまといつかせていたあの甘い匂いが辺りに漂っている。
後を振り返ると、石榴が小屋横に積んで置いたポリタンクにブレードが突き刺さっていた。
その巨大な切断面からガソリンが硝子の地面に、大量に流れ出している。
ガソリンも半ば硝子と化していて、液体の中に大量の破片を浮かべている。液体は流れ出し広がっていく。
薫の目の端に、高杉が落とした煙草が入った。火のついた煙草にはガソリンの透明な液体が伸びている。
「緋未、走るわよ!」
緋未は薫に手を引かれ、塀の外に駆け出した。塀の外には硝子となっているシルコスキーが右側に大きく傾いて着地していた。パイロットと副長はふたりとも透明な操縦席のなかで、うつ伏せに倒れ、やはり硝子となっていた。
「薫!」
塀向こうから、こもった高杉の呼び声がする。
「動けないの。こずえをはやくどけて! こんなに身体をつけて、身動きが……煙草の火が……」
高杉の懇願は爆音が掻き消した。煙草の火が流れ出たガソリンに引火したのだ。
爆風と焔に、薫と緋未は宙に投げ出される。
緋未は地面に叩きつけられた。痛みをこらえながら起き上がって薫に駆け寄る。
「薫ちゃん!」
薫は顔をあげてしかめた。危なっかしい足取りで立ち上がる。
「なんともない。安心して。緋未は?」
「わたしはなんともない。平気。でも高杉さんが……」
塀の向こうは、赤い光に包まれ、硝子越しにもその惨状が分かった。また爆発。
「最期までだめなやつは駄目ね」
薫は肩を落とした。
「緋未、歩ける?」
緋未は薫の手を取る。
「歩ける。薫ちゃんは?」
「わたしも平気。歩けるわ」
二人は頷き、工場に背を向けて、ゆっくりと歩き出した。赤い炎に照らされた硝子の世界は夕焼けに染まっているようだった。その光も二人が工場を離れるに従がって硝子にとりこまれて薄くなってゆく。
「薫ちゃん、わたしね、わたし自身のために生きることに決めた。だってわたしが生きていて、はじめて薫ちゃんと居られるんだから」
緋未の薫の手を引くその掌は、いつになく力に満ちていた。
「わたしもよ。緋未。翡錬と啼耶、石榴が教えてくれた事実に立ち向かわなければいけなんだから」
薫はすこし歩を早め、緋未と並行して歩く。
工場も遠くなり、二人が歩く世界は暗く静かだ。
緋未は暗闇のなかで、薫の胸の硝子を思い出した。今は、今の薫なら、なくなっているのではないだろうか。
「薫ちゃん。胸、どうなってる?」
緋未の言葉に薫は立ち止まって胸元を広げた。手で胸元をさぐる。
「ない」
薫は信じられないというふうに手を胸の谷間に滑らせた。
「硝子が消えてる。緋未、見て」
薫は緋未の手をとり、自分の胸元に導いた。緋未が触ると予想通り硝子は消え、皮膚に回帰していた。
「すごい、姉さんと啼耶さん、石榴ちゃんの言った通りだ……」
緋未の目尻に薄く涙が滲んだ。薫が人差し指でそれをそっと拭う。
東の空が白みはじめた。夜が明けたのだ。
そして信じられないことに、世界は輝き始めた。
太陽の光を反射して地面も、建物も、そして木も、草も。
二人の周囲は光で満たされる。
緋未と薫は輝く世界を、驚異の眼差しで見渡した。
どこも光だけで出来ていた。
まるで白く輝く部屋の中に居るようだ。
「どうして? こんな急に、薫ちゃん、どうして?」
「ヘリ、それに崩れた工場の一部。大量に硝子屑が産出されて、それで光の反射角が変化したんだわ。光全てを取り込むのではなく、全てを反射するようになったのよ」
周りは白い輝光に満たされる。
そのなかには二つの影が伸びている。
「薫ちゃん」
緋未が薫の手を引く。歩き出した。
「緋未」
薫は握り返した。
後に続く。
影は光のなかを再び歩みだす。
二人は光のなかを歩く。
この光がどこまで続いているのか緋未には分からない。
途中でまた闇になるかもしれない。
だが薫が傍に居る。
二人は果てしのない瞬きのなか、歩み続ける。
どこへ行くのかはまだ決めていない。
歩けるだけ歩こうと緋未は決意した。
歩けるだけすすんで、道が途絶えたら薫と相談すればいい。
そうすれば、また歩ける。
一度実家に帰ってみるのもいい。
大学へ足を向けてもいいし、ひなとみことを尋ねるのもいいかもしれない。
恋路はうまくやっているだろうか。
インターロイキンの話をどこかでしてもいい。
それ以外にも道は沢山ある。
『Right Where It Belongs』 了
Right Where It Belongs 池田標準 @standard_ikeda
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