そう、サムライはガンマンだ!

牛☆大権現

第1話

「高旗 英吉(たかはた ひできち)、お主に見聞の命を与える」

藩主に呼び出され、登城した拙者は、このような命を受けた。

幕府は開国を迫られ、諸外国の圧力が高まりつつある昨今、外つ国の情勢をはかり、藩の方針を考えたいとのお考えらしい。

大切な使命だ、命を懸けても果たさねば。


秘密裏に、出島から出る船に乗り、渡航した拙者は、"あめりか"なる国に着いた。

髷をするものはなく、銃も私の知るそれより遥かに小さい。

そして、日常的にいさかいがあり、誰もが銃を持っている。

武器の性能が違う、これでは勝ち目がない。

敵を知るにはまず己から、という。

私は、藩の精兵に持たせ鍛える時の為、最新式の銃の扱いを学ぶ事にした。

しかし、刀と比べ複雑な銃と言うものは、扱いが難しく、中々に熟達しないのだった。


他の者がやるように、右腰から銃を抜き、構え、狙いを定めて、撃つ。

速さを求めると、正確性を欠き、弾は大きく的を逸れる。

正確性を求めると、確かに弾は的に中るが。

今度は一連の動作に時間がかかりすぎて、敵の動作に間に合わない。

"あめりか"国は、幼少より銃に触れていた者達ばかりだ。

既に元服を過ぎてから銃に触れる私とでは、かれこれ10年以上の経験の差がある。

生半な修行ではこれを埋めることは、叶わない。

分かってはいた、分かってはいたが。

現実の厳しさに、酷く腕が重く感じられた。


半年に渡る修行も成果が上がらない。

藩からの、銃を学ぶため持たされていた資金が、尽きようとしていた。

射撃場から出て、酒場で"わいん"なる酒を頼む。

得も言われぬ渋味が、口の中に広がる。

我が国の酒とは、些か趣きが違うが、慣れた今ではこれも悪くないと感じる。

「どうした、サムライ? 最近は暗い顔ばかりじゃないか」

「路銀が、底を尽きようとしているのだ。ますたあ殿、何か金策の当てはないか? 」

「サムライってのは、ナイト様みたいな職業なんだろ? なら、賞金首でも捕まえたらどうだ? 」

「未だ銃に慣れぬ拙者では、返り討ちに合うのが落ちよ。それに、中々その手合と遭遇する事も…」


扉を蹴破る音と同時に、銃声が酒場の天井を叩く。

「コイツで撃たれたくなきゃ、金目のもんを出しな」

入ってきたのは、"あめりか"という国の基準でも、二回り程身体の大きな男。

歳は30半ば、重心は落ちていて、声にも落ち着きがあり、場馴れした空気を感じる。

なにより、顔についた幾つもの小さな傷が、その戦歴を物語っていた。

簡潔に言えば、強いという事は間違いない。

「現金の方が良いかね?逃亡中なら、換金は難しいと思うよ」

ますたあ殿は、怖じけた風でもなく、ただそう返す。

「それで良い。何か手早く食べられるものがあれば、それも頂こうか? 」

ますたあ殿と、襲撃者が話しているうちに、自らの武器を確認する。

"ほるすたぁ"は左腰につけてしまっている。

帯刀時の癖で、少しでも左に重量がないと、不安になってしまう為だ。

この場においては、自然に利き腕を銃に伸ばせない、という点で明らかに不利だ。


「おい、そこの変な頭」

「拙者の事か? 」

「お前以外に誰がいる? 悪い事は言わねぇ、痛い目に遭いたくなけりゃ、腰のものを抜くのは止めた方が良い」

男は、酒を煽るも、構えた銃は一切ブレない。

剣術ならば、達人級の業(わざ)だろう。

「ホルスターを左につけるなんてトロくさい真似してるわりに、妙に場馴れした空気。そのヘンテコな髪。どこかの国のおのぼりさんって所だろう? 万が一、接近出来ればあんたの方が強いかもしれないが、それより早く、俺の弾があんたの額を抜くぜ」

男の言葉は、客観的に見て事実だろう。

襲う機を伺っているというのに、その隙がなかった。

剣術の師曰く、食事中に隙を作らないのは相当修羅場を潜って、初めて成せる業(わざ)だとか。

ならば、経験で劣る自分は分が悪いと見るべきか。

「忠告する位なら、そうすれば良かろう。何故しない? 」

「弾が勿体ねぇ。補充も難しいんでな、なるべく節約したいのさ」

ま、今ある弾だけでも、ここにいる全員皆殺しにするには足りてるんだが。

そう男は呟き、"さんどいっち"を食む。

それから、あばよ、と挨拶して男は出ていった。


「……弾をバカスカ撃つ馬鹿じゃなくて、助かった」

ますたぁは、机の下で隠し、男に向けていた銃を下ろす。

そして、一息ついてから、酒器磨きに戻る。

「……許せぬ」

拙者は、拳で机を強く叩いた。

「何がだい? 」

「奴は、弾が勿体無いと言って、拙者を見逃した。"拙者の命"は"弾一つ"程の価値もない、と侮られたのだ。」

「そりゃ、全員同じだ。命が助かっただけ、儲けたと思え」

拙者は、首を横に振る。

「違う! ますたぁ殿だけは侮られなかった! 故に、奴は一度だけ天井を撃ったのだ!! 」

「サムライの買い被りじゃねぇのかい? 」

「拙者の目を侮るな! 酒場のますたぁなどしていようと、貴殿の立ち振る舞いは武人のそれよ! 」

「サムライがそう思うなら、そうなのかもな……それで、侮られたから、どうするんだい? 」

「一つ、思い付いた策がある。それを徹底的に磨きあげ、奴に挑む」

今日より、酒を断たねばならぬな。

なにより、時間が惜しい。


「へぇ、久し振りだね。あんた、この前のヘンテコ頭か! 」

男の隠れ家に踏み入り、拙者は銃を突きつける。

「策があるにしたって、あれからそんなに経ってないってのに、俺に勝てるつもりでいるなら、無謀ってもんだ。」

男は、一切構えない。

銃を突きつけられた状態からでも、逆転出来ると踏んでいるのだろう。

或いは、即座に打たなかった事から、こちらが取り引きを行う用意があると考えているのか。

「……無論、勝てるつもりでござる。この場で撃たれたくなくば、拙者と決闘を行ってもらいたい」

「ほう! 決闘!! ソイツは予想外だ! 」

男は、手を叩いて笑う。

「わざわざ、先手を取った有利を捨てるとは、正気じゃねぇよお前! 」

「これで勝っても、拙者の名誉は回復せぬ。なればこそ、決闘という場でお主を下す必要があるのだ」

「……へぇ、なんだか知らないけど、俺はあんたの地雷を踏んじまったのか。参ったねぇ」

言葉はふざけているようだが、目は笑っていなかった。

本気になってくれたなら、それで良い。

そうでなければ、拙者がここまでする価値が無かった事になるのでな。


「立会人は無しで良いか? 俺は手配中なんでな、正式な決闘の手続きを取るのは難しい」

「構わぬ、それぐらいは承知よ。……あの木の葉が落ちた時を、合図代わりとしよう」

「異論はねぇ、始めるか」

互いに、構える。

男は、右腰に右手を伸ばし、いつでも抜けるように。

足は均等に肩幅、正統派の構えだ。

拙者は、"左腰に右手を伸ばし、少し前傾になるように"構えている。

右足を前に、重心は前足側。

早撃ち(ファストドロウ)の常識からすれば、合理性を欠いた構えだ。

怪訝な顔をされるが、油断や侮りの気配は感じない。

こちらに隙が無いのを、即座に見破ったのだろう。

互いに、動かない。

木の葉が、互いの間に舞い降りる。

ヒラリ、と地面に着いたか否か、身体は動いていた。

パァンッ!

銃声が一発鳴り響く。

男は、驚愕の表情で自身の腹を見やり、膝をつく。

「拙者の、勝ちでござるな」

「負けちまった、か……一体てめぇのあの構えは、なんなんだ? 」

「拙者の国日本には、抜刀術と呼ばれる武術があってな。腰に提げた刀を、瞬時に取り出し奇襲に対応する術なのだ」

拙者は、もう一度同じ動きで、銃を抜いて見せる。

「その術理(じゅつり)が、早撃ちでも活かせぬかと思案した迄の事。名付けるならば、抜銃術とでもなるかな」

「へぇ、そんなもんがあるとは、世界ってのは広いもんだ。……最後に、お前の名前を聞いて良いか? 」

「拙者は、高旗 英吉。日本国の侍よ」

「俺は、ジャック。ジャック・ジョンソン、よければ覚えといてくれ」

「覚えておくぞ、じゃっく殿。お主のお陰で、私はこの術を考案出来たのだから」

「アバヨ、ヒデキチ。地獄があったら、会おうぜ」

じゃっくの額に、銃口を押し当てる。

引き金が、重く感じた。


「行っちまうのかい? 」

ますたぁ殿が、見送りに来てくれた。

「藩命は既に果たした、ならば早く主に報告せねばならぬ」

「サムライってのも、中々過酷なもんだね」

ますたあ殿が、袋を投げてくる。

「サンドイッチとワインだ。安物だが、船の中での慰めにしな」

「かたじけない、ありがたく頂戴しよう」

「万が一、もう一度こっちに来るような事があれば、俺を訪ねてこい。仕事の斡旋位はしてやるよ」

手を振り、それ以降ますたあ殿の姿は見えなくなった。

そして、拙者は一生、ますたあ殿の顔を見ることは無かった。










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