第1話 魔王様、日本にて

「なんだ!なんだ!?なんなんだこれは?!これがあの私だと!?幾代の時を過ごし!幾千の種族を根絶させ!幾万の魔族を従えていたあの私が、こんな……」


 魔王は幾分混乱していた。しきりに自身の顔を両手でベタベタと触り輪郭を確かめ、自分の顔(と思われる)が写りこむ鏡を見ながら倒錯していた。傍から見たら不審者極まりない。


「ねぇねぇおかーさん、あの人面白ーい」

「そうね。でもあんな人が居ても近づいちゃ駄目よ?なるべく距離を置きなさい?」

「はーい!」


 近くで親子が魔王を見ていたがそんな事は魔王にとっては些細な事だった。

 今最も重要な事は自分が『魔王ではなく人間になった』という事の確認である。


「ば、ばかな……まさか人類が転生術を確立させていたとは……第三者、しかも同族である人間ではなく魔族の王であるこの私を転生させる程の高等呪文……一体いつの間に……」


 魔王は一人自分の世界へと入っていった。やがて地べたにひざを着き、手をついて悲壮感に暮れていた。


「ま、まあいい……所詮は人間どもの考えた浅知恵の呪文だ。いずれ解決策は見つかる……それより今は、現状の確認だな……」


 魔王はすぐさま思考を切り替え改めて自身の格好を確認する。青い上着に白のシャツ、灰色のズボンに大きめなカバンといった装備に身を包んでいる事が分かった。


「ふむ……見たところ制服に術などは仕込まれていない様だが、生地は中々に素晴らしいな。ここまで肌触りがいいのは魔界でも珍しい。人間どもはこういった服を着るのか……しかし、勇者などはこんな軽装ではなかったが……そうかこれ程上質であれば一般階級に流通している可能性は低いな。という事は上流階級のものが着る服だな?であれば、この体の人間は身分が高い可能性がある……」


 魔王は服を弄りながらそう言った推測を立てていく。そして次に魔王は自身が肩にかけていたツルツルとした材質のカバンに目を付ける。


「これは……なるほど手提げ袋か。流石上流階級の人間だ。今まで見てきた装備品の袋よりも頑丈だな。それで、中身は……何だこれは?」


 それはオレンジ色の生地と黒い線で構成された球体だった。魔王の手のひらに乗る程度の大きさのその玉は非常に硬く、表面は非常にザラついている。


「見たことのない球体だな……大砲の玉にしては軽すぎるし、かと言って兵糧の類でも、アグ……無いな。使い道がてんで分らん」


 玉をガジガジと歯を立てて噛み付くが、まるで手応え、否歯応えがない。使い道がわからず、再び魔王は口を離す。


「うーむ、謎だ……他に何か…これは異界の字だな?」


 取り出したのは一冊の本だった。三角やら四角やらが無造作に描かれており、上にタイトルと思われる文字がでかでかと印刷されているが、全く読めない。


「うーむ、これまたレベルの高い……このような材質の表紙は見たことがないな?おまけにこの紙、羊皮紙ではないな。あまりにページが薄いし字が滲んでいない。相当な技術化が進んでいると見れるな……まさか人間がこれだけの技術を隠し持っていたとは……知らなかった故に口惜しいな。して内容は……」


 魔王はペラペラとページをめくる。しかしどれだけ眺めても一文字も意味が分からなかった。そしていつまで経っても読み解けない文字の羅列に、いよいよ魔王の限界も近づいた。


「……だー!なんなのだ一体この文字列は!!人間界の文法はマスターした筈だ!なのに読み解けん!まさか暗号化された文字か?どれだけ高等な暗号なのだ!?文字列どころか字体すら異なるではないか!!」


 魔王は本を投げ捨てる。何も分からず自暴自棄になりつつある。魔王は道に寝そべった。


「あーーーーーーー……一体何だというのだ。何故私が人間に……何の意味があっての事だ?いや、まず意味などあるのか?」


 空を仰ぎ見ながら魔王は物思いに耽る。燦然と輝く太陽に手を翳して前とは違う腕を眺める。


「醜い腕だ……こんな腕では石柱すら振り回せん。皮膚もブヨブヨして頼りない……一体どうなるというんだ……」

「あー、ちょっと君、其処で何やってるんだい?」

「ん?」


 突然上から声が聞こえる。その方に魔王は顔を向けた。


「こんな歩道の真ん中で寝そべって何やってるんだい?学校は?」


 そこには紺色の制服に、つばの上部分に金色の勲章が入った帽子をかぶった男がのぞき込んでいた。

 




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ああ、ラスボス様 素晴らしきかな第二の人生 極丸 @kmhdow9804

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