第15話


 私は平安時代、豊前ぶぜんのくにで祭られていた神に仕える獣神でした。


 任務は人間を苦しめる穢鬼けがれきを退治することです。


 ある日のこと、豊前の神から陸奥むつのくにに行くように命じられました。


 陸奥国に新たな穢鬼が産まれ、そこの神々では太刀打ち出来ないらしいとの話でした。


 私はすぐに陸奥に向かったのですが、対峙した穢鬼は強靱でした。


 何より異常だったのは、本来なら奴らにとって毒である神の発する気を、逆に養分として吸収することでした。


 十日以上戦い続けて退治した時には私も全ての力を使い果たしていました。


 なんとか豊前国に戻ろうとしましたが、途中で力尽きた。獣神は死ぬと消滅します。


 豊前国の神様に思いを馳せながら、私はゆっくりと消滅していきました。


 目が覚ますと、私は見知らぬ人間の男性に抱き上げられていました。


 初めはワケが分からなかったのですが、時間が経つにつれて状況が分かってきました。


 どうやら私は一度は消滅したものの、長い年月を経て猫の姿となって復活したらしいのです。


 この時代の文明は目を疑うほど発展していて、穢鬼はどこにもいない。何よりも人間同士が平等に暮らしているように見えました。


 実際にこの家での生活も、友達が遊びに来たり、その友達の孫も来たりと平和で穏やかなものでした。


 このまま猫として光岡士蔵に飼われ、その生涯を終えてもいいと思えたほどです。


 しかし、そんなぬるいことを考えていたせいで気づかなかったのです。

 

 私に神としての力が戻り始めていたこと、士蔵が持っていたサイコロに陸奥国で戦った穢鬼の子孫が封印されていたこと、そしてそれが私の神の気を吸って少しずつ力を回復していたことを。


 そして満月の夜にそれは起こりました。


 士蔵と一緒に二階の寝室で寝ていた時に不意に全身の毛が逆立って目が覚めました。


―――穢鬼だ!しかも家の中にいる・・! 


 禍々しい妖気を一階の居間から感じました。士蔵はまだ眠っている。今の自分で倒せるだろうか?


しかしそんなことは関係ない、士蔵を助けるためには戦うしかない。私は腹を決めて一気に階段を降りて居間に入りました。


 そこにいたのは巨大な蜘蛛の姿をした穢鬼でした。


 これはかつて私が陸奥国で戦ったものと同じ姿でした。私は力を一気に解放しようとしたその瞬間、後ろから突然抱きしめられました。


 この感触は・・・・!


「茶太ぁ、逃げろ!化け物だ!」


―――士蔵、離してくれ!これでは力を解放できない!


 神力を解放すると私の全身に人間が触れれば即死するほどの強い雷が走ります。


 これでは士蔵を巻き添えにしてしまうので彼の腕の中から抜けようと引っ掻いたり牙を立てたが離してくれません。私を抱きしめたまま玄関に向かって走っていきました。


「茶太、頼むから落ち着いてくれ!」


 それが士蔵の最期の言葉となったのです。


 背後から来た穢鬼に頭を喰われました。士蔵の腕から抜けて応戦しようとしましたが、それよりも早く穢鬼の牙が私の背中に刺さりました。そしてそのまま私の神力を吸いはじめました。


【お前のおかげで外に出ることが出来た。しかしまだ足りん。今宵の満月が沈めば又あのふざけた神具に戻される。お前は今は殺さん。次の満月までに神力を回復させておけ。その時に喰うてやる。ついでにここに来ていたガキも喰おう。甘くて柔らかいガキの肉、楽しみじゃ楽しみじゃ】


 穢鬼はそう言いながら神力を吸い取った私を庭に投げ捨て、士蔵の体をくわえて森の中へ消えていきました。


 私は人間に見つからない森の中までなんとか移動して、ひたすら神力の回復につとめました。

 

 回復と同時に穢鬼を封じ込めていた神具がなんだったのか考えて、そしてそれが士蔵が友人と楽しんでいた遊戯に使うサイコロだと気づいたのです。

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