第14話
闇の中、遠くから「おじいちゃん」と呼ばれた。
目を開けると正人が私の体を必死に揺さぶっている。体をゆっくり起こしてから孫を抱きしめた。
「正人、無事で本当に良かった・・・」
それから周囲を見回す。
涙でにじんで視界が悪いが、ここが庭先だと分かる。辺りはミサイルでも落ちたかのようなひどい状態で家も半壊している。そこで一番大事なことを思い出した。
「化け物はどうなった?」
正人が庭先の雑木林を指した。
そこに向かうと徐々に腐敗したような臭いがしてきた。さらに進んだところに巨大な死骸が横たわっていた。
全身が白く泡状になっていてプチプチと弾けている。吐き気をもよおす状態だ。
しかし死骸は一つしかない。形状からすると蜘蛛の化け物のようだ。もう一匹はどこにいったのか。
「おじいちゃん!」
背後で孫が叫んだ。声の方向に行くと正人が木の前で立ちすくんでいる。
正人の目線の方向に目を向けると、柔らかそうな白い毛に包まれた足が落ちていた。
普通のサイズの猫の前足だ。正人は恐がる様子もなくそれを拾いあげるとそれをまじまじと見つめて、太陽にかざしたりしている。
「おじいちゃん、この毛、白じゃないよ」
私も顔を近づける。不思議と怖さや気持ち悪さは感じない。そして孫の言う通り、その毛は白ではなく、透明だった。
※ ※ ※
私は正人と一緒にタクシーで士蔵の家に向かった。
正人は拾った前足をバスタオルに包んで胸に抱えている。
車内はしばらく無言だったが、先に口を開いたのは正人だった。
「お母さん、おじいちゃんちを見たらどうなるかな」
「・・・発狂するか失神するかのどちらかじゃないか」
半壊した家も化け物の死骸もそのままにしてきた。
誰かに見つかり次第大騒ぎになるだろう。しかしそんなことはどうでもよかった。娘だろうと警察だろうと後でいくらでも説明をしてやる。とにかく今は士蔵の家に行くことが最優先だ。
程なくして士蔵の家に続く山道の入り口に到着した。
タクシーに支払いをしている間に正人はどんどん山道を登っていく。私もあわてて後を追った。
二十分ほどで士蔵の家に到着した。
警察が貼っていた立ち入り禁止の黄色いテープはもう外されている。
庭にまわればそちら側の壁は壊れたままになっているが、敢えて玄関のインターホンを押した。なんの反応もない。私の行動を正人は不思議そうに見つめている。
「おじいちゃん、庭の方から家に入れるよ?」
「正人、今日は私達の命の恩人に会いに来てるんだ。無礼な振る舞いはしちゃ駄目だ」
正人は分かったのだか分かってないんだかよく分からない表情をした。
インターホンは諦めて扉をこぶしでノックした。
「ごめんください」
すると中から足音が聞こえて、扉が開いた。
「田畑さん、ご無沙汰しています」
中から出て来たのは幹本小百合だった。
「昨夜わたし達を助けてくれたのは、あなただったんですね」
私の問いかけに幹本小百合は微笑んだ。その顔は白く儚げで、美しく見えた。
※ ※ ※
「昨夜はありがとうございました」
居間に通された私は、改めて正座をして額を畳につけた。
隣で正人も見よう見まねで頭を下げている。
「頭を上げて下さい」
穏やかな口調で幹本は言った。彼女の右腕はヒジから先がなくなっていて、血が滴り落ちている。顔を上げると嫌でもそこに目がいってしまう。孫も同様のようで
「お姉さん、その腕痛くないんですか?」と訊いてしまった。痛いに決まってるだろう。
「一応止血はしてるから大丈夫です、見苦しいものを見せてすみません」
幹本さんは薄く微笑んだ。彼女の顔を見ながら、私は本題に入っていいものか悩んでいると
「田畑さん、もう気づいているんですよね?私の正体に」
彼女から切り出した。隣で正人がスウッと息を吸った。
「お姉さん、チャタなんですか・・?」
孫の質問に幹本さんが頷く。
「前に家に来た警察官も・・・」
「私です。松木刑事にはあの日まる一日ご自宅で眠ってもらい、彼の姿に化けてこちらにうかがいました。幹本さんは湘京大学の卒業生で、一度ここに来たことがありましたので」
「性別関係なく姿を変えれるんですか」
「はい、これでも神の使いですから」
「なぜ、松木刑事の後に幹本さんの姿で
「松木刑事の姿でうかがった時は、あなたが本当は持っているのに嘘を吐いている疑いを払拭できなかったからです。なので幹本さんの姿を借りて再訪しました」
「なぜ彼女の姿に?」
「前に幹本さんがここに来た理由は、士蔵さんに民碁を教わるためでした。その時、士蔵さんは教えながらとても嬉しそうにしていたのです。なのでこの姿なら男性の警戒心を解くことが出来るのかと思いまして」
「それは心外ですな。あんなエロじじいと一緒にしないでもらいたい」
「この姿で民碁を打ってる時、善一さんも同じ表情をしておりましたよ」
「・・・・」
孫よ、そんな目で私を見るな。軽く咳払いをしてから正人に言葉をかけた。
「正人、バスタオルの中身を」
あ、ハイッと正人がオズオズしながら茶太の右腕が入ったバスタオルを差し出した。
「おねえ・・チャタ、これ」
「ありがとう、正人くん」
茶太はお礼を言いながら左手で受け取った。このタイミングで意を決して本題に入った。
「私は最初、士蔵を殺したのはあなたなんじゃないかと疑っていました」
茶太は目を細めた。
「私が殺したようなものです。恩を仇で返すようなことをして、士蔵さんにはなんとお詫びしたらいいのか分かりません」
「話を聞かせてもらえますか」
私のお願いに茶太は「はい、少し長くなりますが」と断ってから話し始めた。
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