第13話
寝室に布団を二つ敷いて、それぞれの布団に入った。部屋の電気はつけたままにしてある。
「正人、夢の中に出てきた化け物は、どんな見た目だったか覚えているか?」
う~ん、と隣でうなり声がする。
「なんか真っ暗い部屋みたいなとこだったからよく見えなかったんだけど、白い毛が生えてた」
「白い毛?」そんなの、思い当たることは一つしかない。正人も分かっているようだ。
「言っておくけど、チャタじゃないからね!」
布団から体を起こして私を見つめた。睨んでいるつもりなのか。
「分かっているよ。私だって茶太が士蔵を殺したなんて思っていないよ」
そう言うと正人は布団の中に体を戻した。
「チャタ、どこに行ったんだろ・・・」
茶太のことよりも自分の心配をしろ、思いながら最近の出来事を思い返した。
私と会った記憶を無くしている刑事と正体不明の女子大生、この二人に共通していることは民棋のサイコロを探していたことだ。
あのサイコロに何があるのだろうか。
明日は満月だ。以前月の光を浴びた茶太の姿を想像したことがある。
正人の夢に出て来た化け物は全身に白い毛を生やしていた。正人には悪いが、嫌な想像がどんどん膨らんでいく。
顔を横に向けると正人はいつの間にか寝息をたてている。体を起こして孫の寝顔を見つめた。
悪夢は見ていないようで、気持ちよさそうな寝顔だ。
どうか朝までこの寝顔のままでいてほしい、そう願いながら部屋の電気を消して私も寝る準備をした。
※ ※ ※
庭の方から何か聞こえた気がした。目を開けたが暗闇なのでここが現実なのか夢の中なのか判断がつかない。
ドジャリッ
先ほどよりハッキリと聞こえた。
体を起こして辺りを見回す。闇に目が慣れてきたおかげでボンヤリと部屋の様子が見える。正人はまだ眠っているようだ。布団から這い出すと部屋の隅に置いていた木刀を手にして立ち上がる。
ドジャリッ
すぐ近くから聞こえた。雨どいを隔てたすぐそこに何かがいる。慌てて正人を起こした。
「正人、起きなさい、早く!」
正人が目をこすり始めた。
「あれ、お母さんは?」寝ぼけている孫の腕を引いて強引に立ち上がらせた。
「いいか、正人。今すぐ玄関から外に出て、近くのコンビニにいきな――」
直後、窓がこちらに向かって吹き飛んできた。もの凄い音とガラスの破片が後から舞い散らかる。反射的に正人を抱きしめて背中を向けた。背中に細かい衝撃と痛みが突き刺さった。胸の中で正人が悲鳴を上げた。どういうことだ、来るのは明日ではなかったのか。顔だけ動かして見るとガラスのなくなった窓枠から白い毛に覆われた昆虫のような顔の化け物が覗いている。
―――あれは、蜘蛛か!?
体の部分は見えないが車くらいはありそうだ。化け物はそのまま入ってこようとしたが窓枠に体がつかえて止まる。私の姿を確認した化け物は一度窓枠から顔を抜いて体当たりを始めた。二度、三度、体当たりを繰り返す。家全体が揺れて思わず尻餅をついた。足にまったく力が入らない。かろうじて力が入るのは孫を抱きしめている腕だけだ。壁を壊されるのは時間の問題だ。孫を引っ張って奥の部屋に逃げ込んだ。この部屋にも窓がついている。化け物がいる場所と真逆の位置だ。
「正人、窓から外に逃げろ!」
孫の背中を押したがその場でへたり込んだ。腰が抜けたらしい。正人を抱えて外に出ようとしたが私も腰が抜けてしまっている。背後では壁を壊す音が続いている。
―――もう駄目だ
手を合わせて祈った。神様お願いします、私は死んでもかまわないから正人だけは助けてください。士蔵を襲ったのはあの化け物だったか。あれは茶太なのか?隣の部屋から重い音がした。とうとう壁が破壊されたようだ。正人は這いつくばりながら窓の淵まで進んでいる。私が奴の足止めをすれば正人は助かるかもしれない。先ほど手にしていた木刀はどこへやったか。そうだ、正人を抱きしめた際に落としていたんだ。今まさに化け物がいる部屋にだ。この部屋には武器になるようなものは何もない。
部屋に戻る覚悟をして一度だけ大きく息を吸い込んだ。拾った木刀を化け物の目に突き刺せれば殺せないまでも時間稼ぎにはなるだろう。扉に手をかけた瞬間、体が後ろに吹き飛ばされた。すぐ横で正人の悲鳴が聞こえた。化け物が体当たりで扉まわりの壁ごと壊したらしい。
ノソリ、と化け物がゆっくり部屋に入ってきた。その全身を初めて見たが、やはり車ほどの大きさがある。横を見ると正人が化け物を見ながらヒッヒッとおかしな声を出している。過呼吸になったようだ。
―――間に合わなかったか。幸恵、すまない。
娘に詫びながら正人を抱き寄せた。化け物はもう目の前に来ている。諦めて目を閉じた。
・・・何かを重いもの引きずるような音がした。
目を開けると化け物が後ずさりしている。
いや、引きずられているのか!?
化け物の後ろにもう一匹、巨大な何かがいる。それが化け物の体を引っ張っているようだ。
二匹の化け物はそのまま外に出たようだ。訳も分からず呆然としていると外から化け物のうなり声と激しくぶつかり合うような音が聞こえてきた。
私は立ち上がると、ふらつきながら部屋の穴を通り抜けて外に出た。恐怖心が麻痺している。先ほど死を覚悟したからか。
庭では二匹の化け物がお互いの首もとを噛みつき合ったまま転げまわっていた。
片方は蜘蛛の化け物で、もう片方は巨大な四本足の虎のような姿の化け物だ。
真っ白い毛に包まれていて月の光を浴びて銀色に輝いている。
おぞましい姿の蜘蛛とは対照的に美しい姿だ。虎が蜘蛛の首を喰い千切ろうと激しく振り回した。その勢いで虎の首から蜘蛛の顎が離れた。しかし蜘蛛はすぐに虎の前足に噛みついた。
バリバリメキメキとどちらから出ているか分からない恐ろしい音が辺りに響き渡る。限界がきて私は失神した。
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