第12話

 

 正人の夢の中に出て来た化け物は同じ事を語り続けたという。


『もうすぐじゃ、もうすぐ主を喰ろうてやるからな』と。


 しかし昨夜は『明後日じゃ、やっと月が満ちるわ。やっと主を喰えるわ』と言われたらしい。


「助けて、おじいちゃん・・・」


 正人を抱きしめた。今回の事件の真相を知っていそうな人間は、あと一人いる。


 ※ ※ ※


 私は電車を乗り継いで湘京大学に向かった。幹本小百合と会うためだ。


 彼女の連絡先を聞いてなかったので直接出向くしかなかった。正人も一人になりたくないと言って着いてきた。


 大学はすぐに見つかったが、事務受付の場所が分からない。


 散々迷いながらもなんとか見つけて幹本小百合について訊いてみた。


 しかし事務の受付にいた女性は「個人情報なので」と拒否した。


「頼む、教えてくれ」


 必死に頼んだが頑として教えてくれない。業を煮やして怒鳴りつけたら守衛を呼ばれた。


 こうなったら彼女のことを知ってる人間を捜すしかない。


 その辺を歩いている優しそうな学生に片っ端から話しかけた。かなりの人数に訊いて分かったことは、


・民芸同好会は数年前になくなっている。

・誰も幹本小百合のことを知らない。


 ということだった。

 

 たいした収穫もなく肩を落として帰宅すると、玄関前で正人の母親が待っていた。


 気にしていなかったが時間は午後七時を過ぎていた。娘は怒りを全面に出している。


「お父さん、こんな時間まで正人をどこに連れ回していたの?」


「いや、その、たまには外に出して息抜きを・・・」


「誰もそんなこと頼んでないでしょ!!」


私の言い訳を遮って怒鳴ると、正人の腕を掴んだ。


「正人、帰るよ!今日の分のドリルも全然やってないでしょう!」


 娘が腕を引っ張ると、正人が踏ん張って抵抗した。


「正人!?どうしたの?」


「お母さん、今日はおじいちゃんちに泊まりたい」


 なっ!と娘は分かり易く狼狽した。


「なに言ってるの!そんなの、おじいちゃんにも迷惑でしょうが!」


「私はかまわないよ」


 すかさず言ってやった。娘は私を睨みつけてきた。


「ちょっとお父さん、いい加減にしてよ!」


「いい加減にするのはお前の方だ!」


 娘を怒鳴ったのは何年振りだろうか。


「おまえはいつも自分の感情で物事を進めて、少しは正人の考えを尊重したらどうなんだ!」


 これでも私は昔は近所で名の知れた雷オヤジだった。


 そんな私の一喝を受けて娘は黙り込んだ。昔の父親の姿を思い出しているのかもしれない。


「正人、今日だけだからね」


 そう言って娘は一人で帰っていった。


 正人と顔を見合わせてニヤリと笑いあった。正人の笑顔は久しぶりに見た気がした。

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