第11話
翌日から幹本さんは来なくなった。
私は一人碁盤の前に座ってこれまでのことを考えていた。
警察と女子大生、二人が士蔵のサイコロを探している。一体どういうことか。あの二人の口調からすると士蔵の家の中は探し尽くしたようだ。
そんなことを思っていると呼び鈴が鳴った。
幹本さんが来たのか。ドアを開けると私はアッと声をあげた。正人がいたのだ。しかも一人で。
「正人、一人で来たのか?」
正人はうつむいたまま何もしゃべらない。私は腰をかがめて正人と目の高さを合わせた。
「正人、どうした?」
私の問いかけに正人が顔を上げた。涙でぐっしょり濡れている。
「おじいちゃん、助けて・・・・」
※ ※ ※
とりあえず居間にあげて落ち着くまで待つことにした。
冷蔵庫を開けるとカルピスが残っていたので氷を入れたコップに入れて正人の前に置き、私も彼の正面に座った。
しばらくしたら落ち着いてきたので改めて訊いてみた。
「正人、お母さんと何かあったのか?」
正人は首を横に振った。
「それじゃあどうしたんだ?」
正人はポケットに手を入れると、何かテーブルの上に置いた。
それはサイコロだった。どの面を見ても四五六がない。一瞬なんだか分からなかったが、すぐに記憶が繋がった。
「正人、これどこで手に入れたんだ!」
思わず声が大きくなり、正人がビクンと肩をすくめた。そして再びエッエッと泣き始めた。
「これ、士蔵さんのうちに行った時に拾った・・・」
「いつの話だ?」
「おじいちゃんが警察に連れて行かれた次の日・・・」
「お前、一人で行ったのか!?」
その時はまだ立ち入り禁止にされていて、警察が現場を見て回っていた時だ。
「ごめんなさい、茶太が心配で、裏山から庭に入っていったんだ。そしたら縁側にこれが落ちてて・・・」
どうりで松木刑事や幹本さんが探しても見つからなかったはずだ。
「正人、これおじいちゃんが預かってもいいか?」
しかし正人は首を横に振る。両頬から涙が滴り落ちる。
「たぶん駄目だよ、このサイコロ、どこに捨てても僕の元に戻ってくるんだ」
「戻ってくる!?サイコロが?」
孫はコクリと頷いた。
「これを拾ってから怖い夢を見るようになって、最初は庭の隅に埋めたんだけど・・・」
翌朝起きると手の中にサイコロがあったという。
「その後にゴミを出す日に生ゴミの中に混ぜて出したんだけど」
その日の夜も恐ろしい夢を見て目覚めると手の中に戻っていたとのこと。
とても信じられる話ではないが、どうにかしてやらなければいけない。
「とにかく、これはおじいちゃんが預かるから、お前はこのまま帰りなさい」
※ ※ ※
正人が帰った後にテーブルの上に置かれたサイコロをマジマジと見つめた。
木でつくられているそれは、子供の時に自分も紙芝居屋から買った物と同じモノなのか記憶が一致しない。
とりあえず松木刑事に連絡をすることにして藤沢警察に電話をかけた。
これまでの経緯を説明して松木刑事に取り次いでもらうようにお願いすると、彼は外に出ているので折り返し連絡させるとのことだった。
ほどなくして電話が鳴った。
「藤沢警察署の松木です」
「ああ、先日はどうも」
士蔵のサイコロは孫が拾っていて、今はうちにあることを簡潔に伝えた。黙って聞いていた松木刑事は私の話が終わった後も黙ったままだ。
「どうしました?松木刑事」
「私がそちらにお伺いした日をもう一度、正確に教えてほしいのですが」
変なことを訊くな、と思いながらカレンダーを確認する。
士蔵がいなくなって確か五日目のことだったから三月二日の土曜日だ。それを松木刑事に伝えた。
「今からそちらに伺います」
それだけ言って彼は電話を切った。様子が変だった。
一時間ほどしてから呼び鈴が鳴り、玄関のドアを開けると予想通り松木刑事が立っている。
今回は彼の隣にもう一人、松木刑事よりいくらか歳上の男性もいる。
「松木刑事、わざわざすみません、おあがりください」
しかし松木刑事は靴を脱ごうとしない。硬い表情で私を見すえている。
「どうかしましたか?」
問いかけると彼はようやく口を開いた。
「田畑さん、三月二日に来た刑事というのは、私でしたか?」
質問の意味が分からず「はぁ?」と間の抜けた声を出してしまった。
「この顔の人物が来たかと訊いてるんです」
松木刑事は自分の顔を指さして同じことを訊いてきた。真剣な表情だ。
「もちろんです」
「警察バッチは提示されましたか?」
はい、と頷くと松木刑事は自分の顎に手を当てて何やら考え始めた。そして
「では、上がらせていただきます」
と言いながら靴を脱ぎはじめた。
※ ※ ※
「短刀直入に言います。わたしがこの家に来たのは今日が初めてです」
居間でちゃぶ台を挟んでの第一声がそれだった。
「は?おっしゃってる意味が分からないのですが・・・」
「わたしも、あなたからの伝言を聞いた時は意味が分かりませんでした。その日の記憶がすっぽり抜け落ちてるのです」
「あなたがうちに来た後に、何らかの事情で記憶を失っていたということはありませんか」
ありえません、と松木刑事は即答した。
「そもそも警察官が一人で行動すること自体あり得ませんから」
それでも松木刑事はサイコロを受け取ってくれた。士蔵の事件の捜査内容は教えてくれなかったが、あまり進展はしてないようだった。
※ ※ ※
翌日、朝から呼び鈴が鳴った。また松木刑事かと思って扉を開けるとそこにいたのは正人だった。今日もうつむいていて表情はよく分からない。
「正人、どうしたんだ」
正人は訴えかけるような顔で右手のひらを出した。そこには昨日松木刑事に渡したはずのサイコロがあった。細かい傷の位置まで同じだった。
「本当だったのか・・・」
「おじいちゃん、やっぱり戻ってきた・・・明日だって。僕、明日食べられるって・・」
正人はそのまま泣き崩れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます