第2話
それから月に一、二回は士蔵と民棋を打つようになった。
しばらくは私が士蔵の家に行っていたが、あるとき奴が私の家にも来たいと言い出したので、二階の物置部屋から碁盤を引っ張りだした。
それからは交互にお互いの家を行き来するようになった。
それにしても不可解なのは、私と士蔵以外に民棋を知っている者が誰もいないということだ。
近所に住んでいる娘が孫の
「これ難しくてよく分からない」と言われて、それでも食い下がったら「全然おもしろくない、もうやだ」とはっきり拒絶の意を示された。
正人は居間の端に座ると、家から持参してきたゲーム機で遊び始めた。一体何をしに来たのか。
仕方なく碁盤を片付けていると娘が近づいてきて
「お父さん、ちょっといいかな?話があるんだけど」と真剣な口調で言ってきた。
「なんだ」
「ここではちょっと・・・上の部屋で話せる?」
先に階段を上がる娘の背中を見ながら何の話をされるのか考えを巡らせるが、嫌な内容しか思い浮かばない。
v娘の性格を考えたかぎり、最も有力なのは離婚報告か。とりあえず心の準備だけはしておこう。
二階の和室で向かい合って座り、娘が開口一番で言ったのは
「私ね、パートをしようと思ってるの」だった。
「そんなの、勝手にすればいいじゃないか」
拍子抜けもいいとこだ。
「うん、それでお父さんにお願いなんだけど、私がパートに出てる間、正人の面倒を見てもらうことって出来るかな」
これが本題か。正人はたしか小学四年生だったか。
「ああ、別に構わんよ。小学校が終わったらうちに来るってことか」
いや、と娘は首を横に振った。
「朝から見てほしいの。朝ご飯はうちで食べさせるから」
「学校があるだろ?」
私が真っ当な質問をすると、娘の表情に影がさした気がした。
「正人ね、いま学校に行けてないの。友達といろいろあったみたいで」
「引きこもりってやつか?」
たまにニュース番組で特集されている社会問題のアレか。
「別に引きこもってるわけじゃないよ、今だってこうしてお父さんちに来てるワケだし」
眉間にシワを寄せて言い返してきた。こいつは母親になってから一段と気が強くなった気がする。
「とにかく、担任の先生とも話し合って、本人がその気になるまで待とう、てことになったの」
ムキになって反論してきたかと思ったら急に弱々しい口調になった。どうやら娘もだいぶ追い詰められているようだ。パートに出る理由も一日中子供と家にいるのがしんどいのだろう。
「わかった。勉強なんかは見てやれんが、それでもいいなら連れてきなさい」
娘の表情が安堵のものになった。
「ありがとう、お父さん」
しかし次の瞬間、すぐに厳しい顔付きに戻った。
「だけど約束して。正人には絶対に『学校へ行け』とか言わないこと。それと不登校になった理由を訊くのダメだからね!」
「わかったわかった」今の時点でかなり疲れた。
翌週から、正人はうちに来るようになった。
朝の九時頃から、娘のパートが終わる夕方までの間だ。面倒を見るといっても、正人は午前中は学校から渡されている宿題をやって、後は家から持ってきた携帯型のゲーム機をしているだけなので、昼飯を用意する以外は特に何もすることはなかった。
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