第4話
僕は街に出るのは、決まって祖父と食料を買いに、月に大体2回行くか行かないかくらいだったし、あの倉庫だらけの麓の一番近い街でも馬車で3日かかるから、という理由で、わざわざ傭兵の護衛までつけて家まで食料を運ばせるようになってからは、もう街には行かなくなっていた。だから、こうやって、ましてや女の子となんて、街に出たことはなかった。
この街の名前はアキノというらしい。麓にあったあの街よりはるかに大きい。それに、たくさん出店があって、人もたくさんいる。人種だって様々だ。森の防人で長寿命なエルフや、獣のような耳が頭についた獣耳族に、背は低いがとても手の器用なドワーフ族、そして僕たち人族が、たくさん入り混じっている。彼らは大きな声で何やら値切っていたり、大笑いしたりなど、そんな人混みの中を、僕はかき分けて進む。なかには、僕の左腕を物珍しそうに眺めていく人もいた。どうやら僕は目立つらしい。少し進んだところで、フラメルは、果物屋の出店の主人に声をかけた。
「おっ!どうした嬢ちゃん、友達連れて…って、嬢ちゃん、その腕どうしたんだ?!」
嬢ちゃん?
僕に向けて言ったのか?んんん?
「僕、男ですけど…」
その髭面の店主は髭を全部引っこ抜かれたような顔をした。大きく目を見開いて、口をすぼめた。
「あああ?ああ、すまん…。いやぁ、三つ編みだし、線も細いしで、嬢ちゃんに見えたんだ。…、それよりも、その腕、どうしたんだ?案山子みたいに」
「えっ…ああ」
僕はそんなに女の子に見えるのか。こんなこと言われて驚くのは初めてだぞ。とりあえず、フラメルに小突かれて、真実は話すまいと、
「魔物に…」
僕は最大限に濁した。店主は納得した顔で出店の奥に引っ込んだ。
再び出てきた店主は何やら作業中だったらしく、木の支柱に布をかけた簡易的な店に、カゴいっぱいのムノの実(表皮・果実共に白く甘苦く、砂糖と煮込むと美味しい)や、ピンの尻尾(奇妙なことに、とても甘い肉。ピンというのは水棲型の魔物で、雌の尻尾以外は有毒。祖父の好物)を机の上に置いて、フラメルに応えた。
「この街の病院を探してるんだ。どこにあるんだ?」
「ああ、あの病院か、いいぜ」
店主は、小さな紙切れに地図を描いてくれた。それをフラメルさんに手渡して、
「サンキュー」
「なぁ嬢ちゃん、どうせならなんか買ってかないかい?ほら」
店主はカゴのムノの実を出した。どれも大きく美味しそうだった。
「うーん、じゃあ、これで」
彼女は、奥のピンの尻尾を指差すと、バックから少しのお金を出した。
…、まてよ、彼女はどうやってお金を?帝国から逃げているのなら、まともに就職なんてできないはず。
彼女はそれでも、銅貨を払ってピンの尻尾を受け取る。ちょうど、僕と二つ分。
「ほい」
「ありがと」
「まいどっ!」
店主は景気良く、僕たちに決まり文句を言った。そうして店を離れた。
僕はそんなことを気にしながら、とりあえず尻尾を口に入れた。みずみずしく、甘い匂いと味が、口の中にいっぱいに広がる。とっても美味しい。いつ食べても、心が安らぐ。
「ねぇ、一個、訊いてもいい?」
僕は勇気を出した。
「なんだ?」
彼女は素っ気なく言った。大きな人の波の中を、かき切って進んでいく。
「お金って、どこで手に入れたの?」
「…、盗んだ」
「あっ…」
やっぱりか。…わかってた。もう、訊く前から。心のどこかではわかってたけど。じゃなきゃ、勇気なんて出さない。
「…、幻滅したか?でもしょうがないだろ!!生きるには金がいるんだ!お前の腕だって!金を積まなきゃ治療できない!」
大きな声を出す彼女は、ハッとした表情で顔を伏せる。そうだ。僕たちは逃走者だ。目立っては、いけないのだ。
「ごめん」
僕は消え入りそうになりながら、でも何を言っていいのかわからないまま、そう言った。
「…」
それっきり、彼女が僕に笑いかけることは無くなった。彼女は病院までの道が記された小さな紙切れを追って、つかつかと歩いて行く。
こればっかりは、僕が悪い。そう思った。空は奇妙なほど、晴れ渡っていた。
☆
病院、…とされているところに到着した。人で賑わう大通りとはだいぶ離れている。ここに着く頃には、ピンの尻尾は食べ終わっていた。ここは、病院とは実際は名ばかりに見える、オンボロな石の家屋がツタまみれになりながら立っているだけだった。彼女はその建物の扉を開けて、中に入った。
中には老婆が椅子に座っていて、老婆はまるで死んだかのように動かなかったが、ゆっくりとこちらを向き、嗄れた声で言った。
「何の用だ」
「ツレの手当をしてもらいたい。腕を魔物に喰いちぎられたんだ。あたしは何ともないが」
彼女が親指で背後の僕を指して、僕も応じて中に入ると、微かな薬の匂いがして、外観からはちっとも想像できないが、ここはしっかりと病院なんだな、と思った。
「こんな感じです」
僕は腕を見せた。
「…、包帯を解きな。傷は塞がりかけだ、軽く薬を塗れば治る。とんだ災難だったろうが、お前は幸運だ、死神病に罹ってない」
「死神病…?」
何やら物騒な名前だ。死神だなんて。フラメルがナイフで、浅く包帯を切り裂いてくれた。仮初の腕を切り離す。
「傷口に死神が宿って、高熱が出て死んじまう病気だ。かなりの確率でかかるもんだが、お前は違うってことさ」
老婆は奥の木のテーブルのところまで歩いて行くと、引き出しから薬らしき何かを出した。
だがここで、封じ込めたはずのあの痛みが、振り返す。脳を再び焼き尽くさんとするそれが、迸り出る。
「んん…っ!」
突然に蹲った僕を、フラメルが慌ててさすり出す。どうして急に!?
「おやおや、どうしたんだい?傷口が痛むのかい?」
「違うんだ!こいつ、木のそれが無いと、腕が痛むんだ!どうしてかわからないけど!」
フラメルは老婆に訴えるようにして言った。
「そうか…、小僧、お前は幻肢痛だ。失った左腕を体が忘れられていないんだ。もう、こうなっちまった以上、どうしようもない。こいつをやる」
老婆は目を大きく見開いた。薬をフラメルに渡して、塗れ、と顎で促す。
「義手だ。あまり精密ではないが…。服を脱げ」
僕は言われるがままに服を脱いだ。よく見れば、白かったシャツは血と土の汚れでめちゃくちゃに汚れていた。木の台にシャツを置くと、老婆は何やら6cet(読み方は「センテエートル」。1cetは現実の約10センチ)ほどある金属でできた箱をタンスの奥の奥から出した。
「本当にお前は幸運だ。偶然立ち寄ったど田舎の病院に、試供品の義手があったこともだ…。月輪が照らしてくださっているぞ…」
月輪…。その言葉は、この老婆が『月輪信仰』をしていることを意味していた。『月輪信仰』とは、この大陸に大きく広がった宗教で、帝国が広めた宗教とされていて、僕が住んでいた森のあたりまでその地域は広がったようであるが、祖父がそう言ったことをあまり教えてくれなかったので、僕はあまり詳しくない。でもフラメルは少し、不機嫌そうな顔だった。『帝国』だからだろうか?
「はい…、ありがとうございます」
「で、どうやって着けるんだよ、これ」
「ベルトを体に巻きつけて固定する。そんな棒切れより、本物の腕に近いからな。より幻肢痛も収まるだろう。だが訓練は必要だ。ここの施設ではできないが」
僕の腕の代わりになる義手の掌は、何かをつかもうとして途中でやめた、みたいな中途半端な開き加減で、それに慣れるのに少し時間がかかりそうだ。
義手は体に着ける部分である付け根が金属でできていて、それ以外は木でできていた。
シルエットだけ遠目から見れば、しっかりと手に見える。どうやらこの義手は前腕部が少し残っていないと使えないらしく、残っている部分にはめて『ベルトで固定』するらしいな、と思った。
老婆とフラメルが、手際よく僕にベルトを巻きつけていく。僕は少し窮屈に感じたが、ベルトが人肌並みに温かくなると、もうその圧迫感を感じることは無くなった。僕はボロ切れ同然のシャツにもう一度袖を通した。痛みも、もうほぼなくなってる。
「よし…、これでいいだろう。さっきも言ったが、ここでリハビリをすることはできない。だから、儂に払うものを払って帰っていい」
「ああ…、わかってる。どれぐらいだ?」
「銀貨10枚だ。まぁ、その薬だけなら妥当だろう。その『腕』は貰い物だ、タダでいい」
老婆は嗄れた声で笑うと、フラメルはリュックから再び、金を払った。僕の薬をポシェットへと入れる。僕たちは、老婆に礼を言った後、この病院を出た。再び大通りに出るが、
「!?…?嘘だろ」
なんと、帝国兵がいるではないか。メルトランスを構え、バロール(首が長く、人が乗ることができる魔物。怒らせなければ穏やか)に乗った3人組が何やら手配書を大きく掲げて、大声でこう言っている。僕たちは様子を見るために建物の影に隠れた。
「この街に犯罪者が逃げ込んだ!この似顔絵の少女に見覚えはないか!この少女の罪状は、殺人、反逆、強盗に窃盗と重犯罪のオンパレードだ!このままではお前たちにも危害を加えかねん!」
「それが嫌ならば我々に協力しろ!」
男たちはバロールを降りずに叫んでいる。まずいぞ、このままでは…!
アイアンソーン[Isolation] 詩亜/犬職人 @OOTAWA452
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