隻腕の優位
牛☆大権現
第1話
3年前、注目された異種格闘技の大会があった。
俺は、そこで優勝を果たした。
それが、俺の人生を狂わせるとも知らず。
「あんた、俺の事を覚えていないか?」
ジムへ行く途中、一人の男が声をかけてきた。
「ああ、例の大会で決勝で戦った君か。
良い技だったので、ハッキリ覚えている。これからジムに行くんだが、是非交流練習でもしないか? 」
俺が、右腕を差し出した瞬間、上腕に何か熱いものを感じた。
腕から、急速に力が失われて、まるで物のように揺れ動いた。
「う、うわあぁぁ!! 」
あまりの痛みに、左腕で右腕を抑えて、叫ぶ。
「はははっ! これでお前は弱くなった!もう俺に勝てないぞ!! 」
男は、血に濡れたナイフをペロリと舐めた。
「人生をかけて培ってきた物を失った気分はどうだ? これからずうっと、死ぬより辛い人生を歩んでろ! 」
すぐに病院に駆けつけたが、巧い具合に腱が切られていたことで、もう二度と右腕を動かす事は出来ないだろう、と医師には断言された。
悔しかった。
絶望を覚えた。
だが、なによりも。
このような卑劣なやり方を、否定したかった。
だから、何年かけてでも、奴に復讐することを誓った。
既存の格闘技は、どれもが両腕があることを前提としている。
故に、今まで培ってきた技は、捨てる必要があった。
そして、それは0から新しい技術を作り上げる、という遠い道のりだった。
「1021、1022! 」
とにかく、拳を振ってみた。
片腕で出来る投げや極め等は限られている。
ならば、打撃しかない。
それも、少ない技の練度を洗練させるしかない、と考えての事だ。
けれども、これだ、と思う構えかた、攻撃の軌道は見つからなかった。
「勿体無い、実に勿体無いのう」
何もないはずの頭上から、声がする。
見上げてみると、途方もなく細い枝の上に、老人が立っていた。
老人は、音もなく地面に降り立つと、こちらにこう語りかけてきた。
「お前さん、折角素晴らしい物を持っとるのに、何故それを活かさん? 」
「何が素晴らしいものだ? 私は隻腕だ。両腕の使える者より手数は少なく、不利な要素しかない」
「バカをいうな。それはお前さんのみが持つ個性じゃ、お前さんのみの優位じゃ。極めれば、唯一無二の宝物と化そう」
老人が、地面を踏み締める。
霧が湧き、人形の影がどこからともなく現れた。
「見ておれ、お前さんにヒントを与えよう」
老人と影が、拳をかわす。
その舞うような動きに、私は天啓を得た気分だった。
「まさか、あんたが再び決勝まで来るなんてな」
驚愕の表情を、復讐相手は浮かべていた。
私が再びこの場に立つまでの3年間、この男は優勝し続けていた。
今回も決勝まで勝ち進んでくれた。
そうであってくれて、助かった。
私の腕を、鍛練の成果を奪った相手が、弱くてはたまらないからな。
「…言いたい事は色々あったが、今はこれだけ言わせてもらう。君のやり方を、私の3年間で否定させてもらう」
試合開始のゴングがなる。
私は、左真半身に構えた。
通常ならば、正面に向き合うか、半身になる程度だが、完全に左側面のみを晒す構えだ。
こうする事により、被弾面積を最小にし、なにより正中線と呼ばれる、急所群の殆どを隠す事が出来る。
「シッ! 」
攻め難そうにしていたが、まずは小手調べとばかりにジャブを打ってくる。
俺は、その拳に沿わせるように打つことで、ジャブの軌道を逸らして、男の顔面にカウンターを当てる。
こちらの晒す急所が少ない分、敵の狙ってくる箇所も限定されやすい。
だからこそ、敵の攻撃の選択肢を狭められる、これは確かに隻腕の利点だ。
このままこちらに付き合うのは利がない、と判断したのだろう。
背後に回り込もうとする動きを見せた。
だが、それも想定済みだ。
回り込む軌道を潰すように、攻撃を打ち牽制する。
「やり難ぇ…」
漏らした声が、こちらの耳にも届く。
そして、ニヤリと笑った。
何かを投げるような、動作を見せた。
私はつい、目を庇い左腕を挙げる。
だが、何も飛んでは来ない。
ハッタリである、と気付いた時には遅かった。
左肩をガッシリと掴まれる。
男の顔をみると、勝ちを確信したように、勝ち誇った表情だった。
事実、自分自身負けたと考えていた。
掴んだ瞬間には、体勢を崩すため引き込む動作に入っていた、崩されれば投げから逃れる手段はない。
けれども、身体は勝手に動いていた。
引き込みの動作に合わせて、拳が動く。
男の鳩尾に、自らが引き込む力と、私の動きで加算された拳がめり込む。
信じ難いことに、相手は数メートルほど吹き飛んで、闘技場の外に転がっていく。
場外勝ち、だった。
「ありがとう、ご老人」
私は、優勝したのち、老人の元を尋ねた。
「例を言われるような事は、何もしとりゃせん。あれは、お前さんがたどり着いた、お前さんの技じゃ」
老人は、菓子折りの受け取りを拒否した。
「ワシも見ておったよ。最後の技、至近距離からの拳打。あれはお前さんの以前からの得意技じゃったよな」
「ええ、あるアクション俳優が得意としていた技を、真似たものです」
「失った、と思っておった研鑽も。実は全てを失った訳じゃなく、お前さんを支えておったという事じゃ。これからも、その技は大切にしてやると良い」
ありがとうございます、とお辞儀をしたときには、既に老人の姿はなかった。
「おーい! 」
振り向くと、復讐対象だった男がいた。
「その…悪かった」
信じ難いことに、男は頭を下げた。
「許してくれとはいわねぇ。ただ、あんたの腕を切ってから、3年間勝ち続けても、どこか満たされなかったのに、今日あんたに負けてスッキリした……俺だけ、精神的に救われるのは違うと思ってな」
「許しはしない。でも、ありがとう。お前が腕を切ってくれたお陰で、俺は今のスタイルを身につける事ができた」
「あんたには、負けたよ……まさか、お礼を言われるとは思わなかった」
「良ければ、今度こそジムに交流に来ないか? ジムの連中は、俺が言い聞かせりゃ、あんたも危害を受けないはずだ」
「……何の罪滅ぼしにもならねぇだろうが、お言葉に甘えるぜ」
三年越しに、初めて握手をかわせた。
動かない右腕を見て、泣き崩れる夜は終わったのだ。
隻腕の優位 牛☆大権現 @gyustar1997
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます