第70話

「・・・・・・ホンマは計算違いなことが他にも出て来てんけどな」

 樫雄をネタにしてひとしきり盛り上がった後に康岳が呟く。


「え、何よ。なんなの計算違いな他のことって」


 小さな声だったので、康岳の声に反応したのは藤香だけだったが、藤香の声に全員の視線が集まる。


「そこで仕舞いのハズやったんや、ホンマは。部員が全員デジカメ同好会に移って、デジカメ同好会が部活動に昇格するところまでが俺の計画やってん。加農が残ったとしても部員は俺と2人きりや、そうなったら廃部はほぼ確定的になるからな」


「え? それってもしかして・・・・・・」

 藤香が何かに気付いた様子だった。


「それやのに、フイルムで部活をあともうちょっとだけやりたいと思わせるようなヤツらが入ってきてしもたんや。ホンマとんだ計算違いやで」


 睨むような目で康岳が藤香と美乃里、そして麗佳と理々子を順番に追っていく。


「今やから言うけどな。藤香の写真を初めて観せてもろた時は全身にサブいぼが出てカラダが震えたで。総毛立つ言うんはこのことや、て思た。『なんじゃこら!』と思た。そしたらフイルムやりたい、言うやんか。それに応えたいて心底から思たんや。せやけど藤香、ゴメン。フイルムでの写真部はここで終わりや」


「フイルムの写真部がなくなっちゃうのはすごく残念なんだけど、伝統ある松雲学園のフイルム写真部の最後の副将に任じてもらえたのはむしろすごく名誉なことだわ。それにそんなに言ってもらえて、写真をやって来て良かったって思う」


「そんなん言うてくれたら俺も甲斐あったで。それから小西さんや」

「はい? あたしが何かしましたか」


「ちゃうんや。どう言うたらええか分からんのやけど小西さんには感じるもんがあったんや。小西さんみたいなまっすぐで無垢な感性に出会たんは初めてやったから俺がイチからしっかり教えてみたいと思たんや。小西さんは言うたこと全部飲み込んでスポンジみたいやった。どんどん吸収して膨らんで行くんで写真見してもらうんが毎回楽しかったで」

「え! ホントですか。光栄です、あたしも楽しかったです」


「そうか、そら良かった。それに栗林さんも朝比奈さんもホンマにフイルムが好きみたいなんでこんなんなって悪かったと思うけど、キミらの写真に係わることが出来たことも俺にとっては貴重やった。ありがとう、最後までキミらに応えることが出来んくて悪い」


「残念ですけど、でも私も主将に出会えてよかったです」

「わたくしもいろいろ教えていただくことが出来てうれしいです」


「そうか、俺はキミら4人が最後の写真部員でいてくれてホンマに良かったと思う。純粋に銀塩が好きで入ってくれたのにこんなことになってしもてホンマにすまん。あ、小西さんは違ごたけどな」


 でも、と理々子が何かを思いついたように口を開いた。


「そうしましても残念ですのは、やはり換気扇の故障のように思います。わたくし以前も思いましたが、主将の個展の時期と換気扇の故障の時期の偶然の一致がとても気になっておりました。わたくしたちは松下先輩には大変失礼で申し訳ないのですが、デジカメ同好会が写真部を廃部にするために新入部員が入らないような妨害工作をなさったのではないかと疑ってしまいましたことがあります。今になって、こうした一連のいきさつを窺いますと、わたくしたちはなんと愚かな疑心暗鬼を抱いてしまったのかと恥ずかしくなります。松下先輩、本当に申し訳ありません」


 理々子が留美に向かって深々と頭を下げる。留美は居心地悪そうに理々子の下げられた頭を眺めていた。


「・・・・・・あれも俺なんや」


 しばらくしてから康岳が口を開く。


「え、今なんて言ったの?」

「俺が換気扇を壊したんや、藤香」

「えぇっ! そうだったの? なんで、なんでそんなことしたのよ」


「藤香が写真部に入って、まずは部員の少なさにびっくりしたやろ。廃部寸前の状態になってることにもな。ま、そら当然やけどなぁ。そしたらちょうど俺が宣美協の新人賞に選ばれたんが分かったんで、それを新入部員の募集に使おて言うたやろ。藤香は純粋に潰れかけの写真部をどうにかせなあかんと思てくれたからのことやと思う。俺はホンマは写真部を潰す気やったのに、もうちょっとだけやってみたいとも思い始めとったんで、その話に乗ったんや。受賞記念の写真展やって、そこに部員募集のチラシも作って置くことで図らずもOBへの体裁も良おなったし、そんな意味ではグッドタイミングやったとも言えるんやけどな」


「え、そんなチラシあったの? あたし全然気が付かなかった」

「そりゃそうよ。美乃里は即効で主将の写真に心奪われちゃってるんだもの。チラシなんかに気がつくわけないし、チラシなんか関係ないじゃない?」

 藤香が笑いながら美乃里の肩をバンバン叩いた。


「そ!・・・・・・そりゃそうだけどさ」

 美乃里は顔を赤くしながら小声で同意するしかなかった。。


「せやけど、それで入部希望者ががようさん来てフイルム写真部が存続になっても困んねん。せっかくの根回しや計画が元の木阿弥や。それまで樫雄を騙しながらもやって来たことも無駄になってしまう。せやから入部したなくなるようにする必要があってん。どうしたらええのんか時間もないしまったく分からんかったんやけど苦し紛れに考えついたんがあれやねん。どこまで奏功するか分からんかったけどな。そやけど思った以上に効果あったんでホッとしたんや」


「俺はそんな主将の思いや苦労も分からずに必死こいて新入部員を集めようとしてたってワケっすね」


「樫雄、すまん!」

「違うっすよ主将。そりゃもちろんさっき初めて聞いた時は腹立ちましたけど、こうやってワケ訊いたらのほほんとしとった俺のアホさ加減が際立って思えてハズいっす。太極を見ずに目先のことばっかりで、主将の気持ち、松下の気持ち考えれんかった自分のことが情けないっす。主将、すんません」


「この計画を考えた時から、樫雄には絶対に許してもらえんやろなと覚悟しとったから、そんなん言わんとってくれ。俺こそ悪かった」

「師弟愛もここまでくると、美しいというよりもかなり気持ち悪いわね。でもまあ、これで一応は一件落着って訳なのね」


 藤香が藤香らしく一刀両断に切り捨てるように言い放ったので、康岳も樫雄も苦笑いするしかなかった。

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