第69話
「いや、でも、デジタルを嫌ってる主将を放っといて俺だけが抜け駆けなんか出来ないっすよ。それは俺の流儀じゃないっす」
「なんや流儀って? 俺が、いつデジタルが嫌いやて加農に言うたんや? そんなん誰にかて一度も言うたことなんかあれへんぞ」
「いやーそんなこと今さら言われちゃっても困っちゃいますけど、デジタルには興味ないのかって何度訊いても『フイルムが一番や』って言ってたじゃないすか。俺はことあるごとに訊いてた時期あるんすからね」
「そんなん覚えとらへんわ! それに『フイルムが一番』と『デジタルが嫌い』はおんなじやないやろう。そらお前の訊き方が悪すぎるで。俺はフイルムは一番好きやけどデジタルも積極的に取り入れて行くで。部活ではせんだけや。会長だけやないOBの手前もありおるし、俺が表立って部活でデジタルをやる訳にはいかんやろ?」
「え、主将はデジタルやってるんすか」
「当然やっとるわ。けど、まだフイルムをやり切った感が自分の中にないんで、今のところフイルムを追及したいとは思てるだけや。せやから加農がなんでデジタルやらんのか、ずっと不思議に思てたんや。俺も加農に『デジタルはやらんのか』て訊いてたやろ」
「え? そういうことだったんすか。俺は主将が俺が裏切らないかを確認してるんだと思ってたすよ」
「なんじゃそら。なんでそうなんねん」
しばらく何かを考えこんでいた樫雄がおもむろに顔を上げる。
「あほくさ! 俺が勝手な思い込みで自分の世界を狭くしてただけなんすね。気が付いてなかったっす。主将、すんません、俺・・・・・・一人で勝手に憤ってバカでした。でも、どうしてそれが今回のことに繋がるんすか。俺もバカじゃないんすから言ってくれてたら理解は出来たっすよ。時間は掛かるかもですけど」
「何よ、バカなの? バカじゃないの? どっちなのよ」
「うるせえよ、藤香。お前はちょっと黙ってろよ」
藤香が樫雄に向かってあっかんべーした。それを横目で見ながら康岳が話を始める。
「伝統ある写真部の歴史は大切に引き継いでいかないかんと思う。せやけどフイルムの先がないのんは誰が見ても明らかや。フイルムには俺かてめちゃめちゃ思い入れがあるし、おいそれとは切り捨てられん。けど写真部の将来を含めた運営を考えたら、そんなことは言うとれん。まったく別物や。OBたちの言いおることには矛盾があんねん、そうやろ」
「そら、そうは思うこともあったすけど」
声は樫雄だが、そこにいた全員が同様に頷く。
「樫雄がいちばんよう知っとると思うけど、OB会は会長を筆頭に一筋縄ではいかん人ばっかりや。デジタルの話を持ち出そうとすると、二言目には『高校生のくせに生意気や』ゆうて言われるしな。そやけど写真部を存続させていくためには運営そのものをデジタルに切り替える必要性ちゅうか必然性があるんは明らかやないか。で俺は順々と筋道を立てて計画を立てたんや」
「どういうこと? 何なのよ? その計画ってのは?」
藤香が頬っぺたを膨らませる。
「考えてもみ。俺が主将で、彼女が副将で、OB会長が親父。後にも先にもこんな好機は絶対ないやろ。文字通りの千載一遇や。この条件がひとつでも欠けてたらこの計画は成り立たへんと思うんや。何よりOB会長に対等に口訊けるんは俺しかおれへんのやからな。ここんとこできっちりケリつけとかんと後輩らがOBを説得するんはもう無理や、どう考えても。それは疑いようがない」
「そう言われたら、そうかもしれないっすけど、なんでこんな回りくどいことしなきゃならなかったんスか」
樫雄はまだ納得できない様子で不満げだった。
「OBを納得させるためには俺の立ち位置はフイルムである必要があるんや。真正面からデジタルを主張したら有無を言わさず潰されるんは火を見るより明らかやからな。フイルムは守りたいんやけどデジタルの勢いに圧されて風前の灯状態なんやということを実際に見せる必要があったんや。OBに『デジタルへの移行も止む無し』と思わせることの絶対条件や。そこで留美に無理してもろたんや。留美にしたら、しんどかったと思うけどな」
言いながら康岳が留美の方に視線を向けた。
「デジタル部門の併設を提案する俺以外の人間の存在が必要やったし、なおかつ提案したヤツを有無を言わさず放部する必要もあった。そんなん自分の彼女でもなかったらさせられんやろう」
「今まで聞いたことは理解は出来るわ。要するに敵を欺くには先ず味方からってことよね。でも不思議なのは、副将だった松下さんを、何で放部する必要があったの? 今の事情も分からずに訊いた時はやり過ぎなんじゃないかって思ったし、無慈悲な感じがすごくして、主将らしくないと思ったんだけど」
納得できないといった感じで藤香が腕を組む。
「一気に写真部員を減らす必要があるからや。そんな理不尽な主将にはついて行けんって思てもらわないかんからな」
「どうしてその大役を俺に任せてくれなかったんスか」
「加農は熱血漢やないか。お前が他の部員に対して嘘を突き通せるとは思えんし、お前にそんな役回りもさせたなかったからや」
樫雄は言葉に詰まってしまい、何も言えなかった。
「やのに一人残りやがった。ま、加農は残るんやないかとも思てたから完全に計算外って訳でもなかったんやけどな。計算外やったんはなんでか知らんけど留美のことを嫌い始めたことやな。止めさせたかってんけど、それこそ計画が台無しになるから出来へんかった。なんで加農は留美をそんなに嫌いおったんや?」
「俺は松下が主将と写真部を棄ててサッサとデジカメ同好会を立ち上げて、部員をごそっと引き抜いて写真部を潰そうとしてるんだと思ったからっすよ。主将の彼女なのに絶対許せん、って思ったっす」
「あっきれた。あんた馬っ鹿じゃないの?」
「なんで美乃里にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ」
「だって樫雄ずっと写真部だったんでしょ。松下さんともつき合い長いんでしょ。それこそ主将とどんだけ長い間つき合ってんのよ。そしたらお互い何考えてるんだかなんとなく察しがつきそうなもんじゃないの? あたしたちはぁ、まだつき合いが短いんだから思い違いもあったけど、樫雄はそうじゃないじゃない! そんなことも分からなかったなんて、おっかしいんじゃないの。はぁ、こぉんな唐変木とつき合ってたらこの先何回泣かされるか分かんないわね。やっぱり結婚するのやめよっかなぁ・・・・・・」
「お、お、お、お前、み、美乃里。な、な、なに言ってんだよ」
「加農クンたら、知らない間にそんな約束までする彼女出来たの? スゴ~イ! さすが色男だねぇ、妬けちゃうなぁ」
留美が感心した口調でからかう。
「え? いや、違うって、松下何言ってんだよ!」
樫雄は今までにないぐらい首筋まで真っ赤にして否定する。
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