第68話

「さぁてと」

 

 気が抜けたようだった部室でまず声を発したのは藤香だった。


「今、吉野会長が言ってたのって本当、主将?」

「そーっすよ主将! あんなにデジタル嫌ってたのは嘘だっんすか」

 藤香に続いて堰を切ったように樫雄が追い打ちをかける。


「俺はなんのために頑張って来たんすか。完全に道化じゃないすか。フイルムの火を消さないように必死になってたのは俺だけだったんすね。何なんすか」

 樫雄はそこまでいうと一瞬下を向き拳を握り締めた。


「あー、やってらんねぇ。何なんだよ。そんなのありかよ。こんなことなら俺もさっさとフイルムなんかにゃ見切り付けてデジタルに鞍替えしときゃよかったぜ。あ、そうか、さては松下とつるんでたとかじゃねえの。二人して俺のことハメたんだな。俺は・・・・・・俺は・・・・・・くっそう!」

 口調が替わった樫雄は折りたたみ机の脚を勢いよく蹴飛ばした。樫雄が康岳に対してそれほどまでに怒りをぶつけたことはなかった。


 康岳は黙ったまま樫雄の顔を見つめていた。


「加農!」


 顧問の小高が思わず声をあげる。

「お前の怒りは、理解出来る。理解は出来るが、二本松にも二本松なりの考えがあってのことだったんだ。そう怒るな、加農。二本松も頑張ったんだ。本当に」


「考え? 小高先生は知ってたってことすか。北杜先生は?」

「ああ、知ってたさ」

 問われた副顧問の北杜蓮の代わりに小高が答える。

「二本松からは事情を聞いて協力した。結果的に加農たちを欺く形になってしまうことは最初から分かっていたことだった。俺もこれしか方法がなかったのかと問われれば、答えを持たないな。それに教師が生徒を騙すことになるということも問題があるとは思う。がしかし、色々な事情を総合的に判断して二本松の計画に乗ったんだ。

だから、それに関しては二本松と同罪だ。二本松だけを責めるな」


「はぁあ? なぁんすかそりゃ。教師が生徒を騙とかすって・・・・・・。校長は知ってるんスか。いいんすか、そんなことしちゃって。なんなんすか、その大層な主将様の考えってのは? 俺だけじゃねぇ、ここにいる写真部員全員を騙さなきゃならないほどの理由とやらを訊かせてもらいましょうか、え?」


「・・・・・・よし分かった」

 暫くして小高が口を開きかけた。


「先生! 俺が話します」

 それまで無言だった康岳が小高の言葉を強い口調で遮る。


「加農にはホンマに悪いと思てる。今までめっちゃ頑張ってもろたのに申し訳ない。結果的に騙すようなやり方でしかたどり着くことが出来へんかったんや。勘弁してくれ。お前にはどう言うても本当に詫びることは出来へんのやと思てる。藤香にも悪いことをしたし、小西さん、栗林さん、朝比奈さんにも謝りたい。せっかくフイルムカメラの写真部に入ってもろたのに完全に裏切ってしもた」


 康岳は名前を呼ぶときにその本人と目をしっかり合わせ最後に深々と頭を下げた。


「この中では、加農だけが知ってたことが二つある。それはここにいる松下が俺の彼女だったいうことと、吉野善三郎が俺の親父やということや。ただ、今日までの一連のことを実行するにあたっては小高先生と北杜先生にも打ち明けた。ホンマにすみませんでした」


 康岳が二人並ぶ教師に向かってもまた深々と頭を下げた。


「加農もさっき言うたよな? さっさとデジタルにすりゃよかったって。俺がいちばん気にしてたんはそのことなんや。加農は誰もが認めるスポーツカメラマンや。そやからこそ、フイルムよりもデジタルの方が絶対に有利なはずなんや。撮影出来る枚数にほぼ制限がなくなるしフットワークは軽なるし即時性は高なるし、デジタルにせんことは不利なことばっかりなんや。なにより撮り損じが皆無になるやろ。お前、なんでデジタルやらんのや、つかなんでフイルムにしがみついてるんや?」


 問われた樫雄の目が泳いだのを美乃里は見逃さなかった。


「お前、高一の時にめちゃめちゃでかいチョンボやらかしたやろう? あんなんデジタルやったらほぼ起こらんことやないか。そやのに、なんでフイルムで通すんや? その理由はなんや?」


「前から知りたかったのよ、めちゃめちゃでかいチョンボって何?」

 藤香がいつものように遠慮なく訊く。

「・・・・・・思い出したくもねぇ。松雲に入って初めて任してもらった大仕事さ。野球部春季県大会の時にフイルム一本ダメにしちまった。ファウルボールがスタンドに飛び込んで来てな。俺のカメラはその時は無事だったんだけど、隣の奴のカメラに当たってそのカメラが三脚ごと俺のカメラの方に倒れて来やがったんだ。その時の当たり所が悪くて俺のカメラも三脚ごと倒れた時に裏ブタが開いちまったんだよ。で、倒れた奴のカメラはデジカメだったからデータは無事だったんだぜ。ま、デジタルだから当然だけどな」


「え、カメラが壊れちゃったの?」


「壊れたわけじゃねえし、その日は予備カメラで撮影は続けたけどな。結構その日のベストショットが撮れてたハズのフイルムがパーになっちまった。初めてなんで俺もテンパッちまってな、なんでか一瞬カメラから目を離したのがいけねぇんだけどな、あん時ゃ相当落ち込んだぜ。ってか、主将、よく覚えてるっすね。俺の黒歴史」

「忘れられる訳ないやろう。俺がフイルムのカメラに引き込んだのに義理立てしてデジタルにはまったく興味ないフリしてたろ? 俺はアホやなぁとずっと思てたんや」


「なんすかそれ。別に主将に義理立てしてたわけじゃないっすよ」

「ウソ言うな。大体がタメやのに俺に対して変な言葉遣いすんのがそもそも変やんけ。そんな大層なことないのに俺のこと師匠みたいに思てるからやろ? お前がデジタルをやらへんのは俺がデジタルやらんからなんやろ」


「い、いや、別にデジタルに魅力を感じないっつーか、フイルムが好きなんすよ」

「あ、それ嘘だよね。さっき自分がデジタルにすりゃよかったって言ってたし、それを主将にも突っ込まれてたし前に話したときに『俺は主将を裏切れない!』っていきなり怒ったように言われちゃったことがあったのを私は覚えてるんだからね、樫雄」


「けっ! つっまんねぇこと覚えてやがんなぁ、藤香。あ~そうですよ、言いましたよ。だってよぉ、俺の今があるのは二本松康岳がいたからなんだぜ。そんなの裏切れっこねぇだろ」


「それがちゃうっちゅねん。何でデジタルにすることが俺を裏切るとか裏切れないとかっちゅうハナシにすり替わってしまいおんねん。それこそ本末転倒やないか。お前にとって大事なんは何やねん?」

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